70 リゼ、妖精姫とお茶会する
「皆さん、お疲れさまでした!」
小法廷での裁判が終わった後、わたしは三人を自分のお店に招待した。
「好きなだけ食べていってください!」
最近新しくできたパティスリーから買ってきたばかりのお菓子を並べる。
ペドノンヌ、クイニーアマン……食べ応えのある焼き菓子をずらり!
マカロン、金平糖……かわいい見た目のお菓子もどーん!
輸入の素敵な紅茶もガラスのポットに入れて、テーブルに置く。
「わあ、おいしそうですねぇ!」
三人よりも、むしろわたしがそわそわしていた。
自分が食べたくて買ってきたからね! 当然だよね!
「砂糖は何杯入れます?」
「一杯お願いできるかしら?」
と、マルグリット様。
「二杯ちょうだい」
とはウラカ様。
「スプーン半分でいいわ」
というのがアニエスさんだった。
温めたミルクをポーションに分けて配り、慌ただしく全員分のお茶を淹れ終わる。
自分の席で、わたしはさっそく手を伸ばした。
ん~、このしっとりどっしりした焼き菓子の生地! 主食にしたい!
おいしいなぁおいしいなぁ!
アニエスさんは可愛いピンク色のマカロンをつまんで、ぽつりとつぶやく。
「最近、色付きのお菓子が増えたわね」
「そういえばそうですねぇ」
「ケーキも青かったりするのよね」
「あれびっくりしますよね」
わたしもピンク色のマカロンを一個つまんだ。
「このきれいなピンク色――コチニールって言うんですけど、これ、昔はお洋服の高級染料だったんですよね。クリムゾン、スカーレットっていうと、昔の偉い人の色じゃないですか?」
「キャメリア王家は全部その色だものね」
ふふっと笑いながら、マルグリット様。
もう少し言うと、キャメリア王家の赤は、コチニールとはまた違う色だ。
コチニールが輸入されるよりもずっと前から「この色」と決まっている染料がある。
でも、染料の細かなお話をしてもきっと面白いとは思われないだろうから、飛ばすことにする。
「最近はきれいな色の魔法染料が増えたから、天然染料の値段が下がってるんですよね。それで、食べ物にも使われ始めてるんだと思います」
「ああ……道理で最近ピンク色の口紅が流行ってると思ったわ」
マルグリット様の笑顔が曇る。
そういえば、今日のマルグリット様の唇も、つやつやのピンク色に塗られている。
「それもコチニールでしょうね。さすがに、最近開発されたばかりの染料は口に入れたくないでしょうから。どんな毒があるかも分かりませんし」
「服だけでも辟易なのに、化粧品までピンク。うふふ。どうして王女の色はピンクなのかしら。頭がおかしくなっちゃいそう」
マルグリット様が、焦点の定まらない目で水色の金平糖を見つめている。
「……たまには藍染めのズボンに革のジャケットで戦争ごっことかしたいわ」
「ワイルドですねぇ」
マルグリット様が不吉な笑みを浮かべる。
「――それで下々の者をばぁん、ばぁん」
「マルグリット様!?」
「分からず屋さんたちを的にして、泥団子で染め上げてやるのよ。うふふ、楽しそうだわ」
「マズイですよぉ……!」
「『妖精姫』の名前が泣きましてよ、殿下」
アニエスさんの呆れたようなつぶやきに、マルグリット様がうふっと可愛らしい笑みを見せる。
「ビジネスよ?」
「そうだったの……?」
ウラカ様もちょっと引いていた。
マルグリット様はお美しい唇をへの字に曲げて、愚痴ともつかない口調になる。
「それにしても、『妖精姫』ってそんなにいいものなのかしら? ドリアーヌさんたちもずいぶんお悩みが深そうだとは思っておりましたけれど、まさか直接的な妨害工作までなさるなんて。お可哀想ですけれど、あそこまでされてはもう黙って見過ごせませんわ」
「排除してしまえばよろしいのでは?」
アニエスさんがほの暗い笑みで、話題に食いついた。
「宮廷の主役はマルグリット様ですわ。『妖精姫』に選ばれなかった少女たちの悲劇を演じるところではございません」
「そうね、悲劇よね。その子の視点ではね」
マルグリット様のお美しいお顔から表情が抜け落ちて、うつろになる。
「――でもあなたがたにも分かるはずだわ。『そんなに羨ましければ代わってさしあげるわ』っていう、わたくしのこの気持ち。そうでしょう、ウラカ様?」
「そうかしら?」
ウラカ様はきらきらクルクルの髪の毛をかきあげた。
「わたくしは人から褒められるのは好きよ?」
「褒められるだけの生活ではなかったでしょう? その数十倍以上の面倒ごとがあったでしょう? わたくしは望んでいないのに、数多くの人から勝手に期待を押しつけられて、わたくしがその方の思い通りに動かなければ失望したと文句を言われるの」
「それは……まあ」
「マルグリット様もウラカ様もお綺麗ですからねぇ」
わたしの適当なあいづちに、ウラカ様はちょっと嬉しそうにして、マルグリット様はちょっと嫌そうな顔になった。
マルグリット様のつまみあげたマカロンが、ぱきっと音を立てて、崩れる。
「二十四時間付き人がいて全部に指導が入る生活を、あの方たちもしてみればいいのだわ。話し方、歩き方、食べ方、人との接し方、わたくしのすべては教育係の夫人から『理想の王女はこれ』といちいち指図されて作られたものなの。アニエスさんだって教育は厳しかったでしょう?」
「それはまあ……」
お嬢様あるあるだよねぇ、と思いながら、わたしはバターの香り高いクイニーアマンをもぐもぐ。
「わたくしが何を感じて、何をしたかったのか、本当はどんな子だったのか、知ってる人なんて誰もいないわ。発揮する前に押しつぶされてきたのだもの。つまらないわ、本当につまらない。人からすべて押し付けられて自分の意思を黙殺される生活がどれだけつまらないか、やってみればいいのよ! わたくしは少し前まで絶望で真っ暗な世界にいるようだったわ!」
おあー……
マルグリット様は鬱屈してたんだなぁ。
「妖精姫になれない人の悲劇はさぞ演じがいがあるのでしょうけれど、それはその人だけのものだわ。わたくしの悲劇がわたくしだけのものであるようにね」
マルグリット様はパラパラと粉が舞うマカロンを、一口に押し込んで、食べきった。
指先をきれいにナプキンでぬぐって、汚れ一つない美しい唇で、おしゃべりの続きをする。
「だからわたくしは自分の悲劇に人を巻き込まないように、慎重に押し隠してきたの。それなのにあのノームさんたちは何? ご自分の心の持ちようの問題を、遠慮なくわたくしのせいにしてぶつけてくるじゃない? わたくしが我慢してるのにあの方たちは自由にしていいなんて、不公平じゃない! そんなのズルいわ!」
マルグリット様は珍しく感情的だった。
「わたくしは『妖精姫』じゃないの、人間なのよ! あなたの人生劇場のやられ役に勝手に設定しないでちょうだい!」
ウラカ様がアニエスさんに話しかける。
「ノームさんたちって?」
「マルグリット様にファッションチェックでチクチク嫌味を言っていた集団がいたのよ。ドリアーヌさんとヴィクトワールさんだったかしら?」
「ああ……」
ウラカ様が嫌そうな顔になる。
「わたくしも言われたわ。ひどい文句をつけて『そんな服装で女嫌いの公爵が落とせると思っているならもう夜会に来ない方がマシ』とまで」
ウラカ様がわたしを見ながら言ってくるので、わたしは両手で口元を押さえた。
「わ、わあ……ひどい」
「すごく頭に来たけれど、それでうまく行くのなら……と、藁にもすがる思いで控えめな服装にして行ってみたのよ。でも全然気に入られなかったわ」
わたしがコメントに困っていると、ウラカ様はにぱっとした。
「あの男の目玉が腐っていたんじゃ、どんな服にしようが効果なんてないわよねぇ」
「そ、そうですねぇ! ディオール様の美的感覚は変わってるみたいなので!」
「リゼ様はあどけなくてお可愛らしいけれど、わたくしだって可愛い感じに仕上げようと思えば仕上げられるし?」
「そ、そうですそうです。ウラカ様には可能性があります。可愛い系でも綺麗系でもいけます!」
「たぶん、精神的なものなのよね」
ウラカ様がわたしに優しい目を向けてくれる。
「リゼ様と一緒だと気持ちが安らぐもの」
「そうそう」
「貴重な人材よね」
何だろう。
うれしくないわけじゃないんだけど、美少女たちからこぞって性格を褒められると、まあ……外見は……と余計な自虐を挟みたくなってくるよね。
「あーあ。どっかにいい男いないかしら」
ウラカ様がぼやく。
「顔がよくて、さわやかで、公爵よりも身分が高くて」
「お兄様ね」
「確かに。アルベルト殿下ぐらいしかいませんね」
ウラカ様はしおしおのしわくちゃな顔になった。
「五歳の頃から縁談を申し込み続けて、一度も面会を許されたことがないわ」
「えぇ……」
「わたくしの父が勝手にやっていることよ? でも、わたくしのプライドはずたぼろだわ。夜会でも一度も話しかけられたことはないの」
「そこまでも……」
ウラカ様は、くすん、とかわいらしく泣き真似をしてみせた。
「分かっているわ、わたくしの父は騎士爵ですものね? 身分で言ったら男爵よりも下、王族と縁組などとんでもないわ。でも、色々な意味で釣り合っていると思うのだけど……」
マルグリット様が紅茶のカップの底を覗き込む。何か深い考え事をしているみたいだった。
「この国でもっとも公爵位の授与に相応しい功績を残しているのは、きっとわたくしの父だったはずなのよ」
ウラカ様の発言は意味深すぎたのか、誰にも拾われることはなかった。
「でも、わたくしは気にしてないわ。わたくしは美人だし、そのうち王子様が見つかるはずよ」
ふふーん、と無邪気に自慢しているウラカ様は、女のわたしから見てもとても可愛らしかった。
マルグリット様のふんわりした見た目に反した自由奔放なおしゃべりを中心に、その日のお茶会は盛り上がったのだった。




