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7 お散歩係になりました


 ピエールが夕食の最終確認で厨房と食堂を行き来していると、ちょうどディオールに捕まった。


「リゼはどうだった? 食堂には出てこれそうか?」

「平気そうです。しかし、しきりと恐縮なさっていました。野菜の皮むきくらいは手伝えるとおっしゃっておりましたが」


 生真面目なディオールは、なんだそれは、と言って眉間にしわを寄せた。


「どうもご商売の感覚が身に染みついているようで、働きもしないのに食事を食べさせてもらっているという状況に罪悪感があるようでした」


 ディオールは、なるほど、とつぶやく。


「仕事が必要か」

「はい」


 ピエールのご主人様は、人を喜ばせるようなことはあまりしたがらないが、察しは悪くないのだった。


「ありがとう。下がっていい」


 ピエールは軽く頭を下げて、急ぎの用事に戻った。


***


 一時間後、わたしはピエールくんに連れられて、食堂に来た。


 公爵さまが着席して待っていたので、わたしはビクッとしてしまった。


 ……会話しても死刑とか言われないよね?


「リゼ。昨日はよく眠れたか」


 わたしはビクビクしながら、うなずいた。


「それでいい。いずれ家族が君に帰ってこいと言うかもしれないが、すべて無視して、私の指示を待て。分かったな?」


 わたしは父母のことをいまさら思い出して、青くなった。


 そういえば、何にも言わずに来ちゃったけど、わたしがここで仕事をサボって美味しいもの食べてるって知ったら、怒られるかも。


「返事は?」

「は、はい」


 公爵さまは少し不機嫌そうに目を細めた。


「これからは私の言うことが絶対だ。君の家族といえども、勝手に私の言うことより優先してはならない」

「そ、そんな」


 暴君みたいなこと言ってる!


 わたしの、小さな小さな反発心が伝わってしまったのか、公爵さまはさらに怖い顔になった。


「口答えも許さない。私の言うことが聞けなければ、重い処分を下す」

「は、はははいっ!」

「分かったら、それを食べていい」


 わたしの席に、大きなステーキ肉が運ばれてきた。


 うぅっ……公爵さまは怖いけど、お肉は食べたい。


 わたしは肉の欲に負けて、すかさず一口放り込んだ。


「~~~~~~っ!」


 なにこれ、こんなに柔らかい牛肉初めて!


 夢中で食べるわたしを、正面から公爵さまがじっと見てる。


「うまいか?」

「すっごくっ!」

「そうか。満腹になるまで食え」


 思わず視線を合わせて、公爵さまをじっと見つめ返してしまった。


 この人、すっごくつまらなさそうな態度だけど、いい人なのでは……?


 だって、こんなにおいしいものを食べさせてくれる人、わたしの周りにはいなかった。


「あ……ありがとうございます……」


 自分から話しかけたりして、噛みつかれたらどうしよう。


 野生生物に手を伸ばすような気持ちでおどおどとお礼を言うと、公爵さまはつまらなさそうな顔で「気にするな」と返事をし、自分の食事に戻った。


 公爵さまは怖い顔だけど、とりあえず噛みつくタイプではなさそう。


 変なことを考えていたせいか、公爵さまが唐突に、


「犬は嫌いか?」


 と言い出したときは、またビクリとしてしまった。


「え……?」

「大型の犬に苦手意識はないかと聞いている」

「い、いえ、動物はだいたいどれも好きです……か、噛まれなければ、ですけど」

「噛みはしないが、少々やんちゃなのが一匹いる」

「ほ、本当ですか!?」


 うわあ、超見たい! 大きいわんこ、実家じゃ飼えなかったけど、実は好きなんだよね。


「ふむ。では、君に仕事を与えよう。食べた分の費用分ぐらいは働いてもらわないとな」

「は、はい。もちろんです」


 おいしいおまんまが食いたきゃ働きな、というのが母の口癖だったから、わたしは一にも二もなくうなずいた。


「明日からうちのフェリルスの散歩係に任命する。これがかなりの暴れん坊でな。散歩させるのも一苦労なんだ。毎日の散歩と遊びをしっかりしてやってくれ」

「は……はい!」


 よかった、とわたしは胸をなでおろした。ちょうど、何かお礼をしたいと思っていたところだったんだよね。


 仕事をもらえると決まってからは、むしろいい気分で食事も進んだ。


***


 一方そのころ、リヴィエール魔道具店。


 リゼの両親は、公爵から送られてきた書状に、頭を抱えていた。


『診察した結果、リゼには命にかかわる重大な魔力ヤケが観測されたため、一時預かりとする』とあった。


 困ったのは彼らの父母である。


 今日中に用意してもらうはずだった素材が、未加工のまま、大量に残されていた。


「おい、どうするんだ? アルテミシアのおかげで注文数もうなぎ登りの大事なこの時期に……」


 リヴィエール魔道具店の売上は過去最高を記録していた。


 これだけあれば、彼らは今すぐセミリタイアして、一生遊んで暮らせるというほどの資産が溜まっている。


 アルテミシアのコネを使ってもうひと稼ぎしたら、商売は廃業して、リゼを適当に修道院にやって片づけ、二人は貴族として悠々自適の暮らしをする予定だった。


 残念ながらリゼは雑用しか能のない娘だから、欲しがる貴族はいないだろう。それに、嫁入り支度などして持参金を持たせたら、莫大な損失になる。せっかく稼いだお金がもったいないではないか!


 ならば適当に修道院へやってしまえばいい、ということで、両親の意見は一致していた。


 その矢先のリゼ脱落だった。


 彼らの予定は大きく狂ってしまった。


「仕方がないだろう、素材から作るんだよ」


 慌てて魔素材加工用の魔術を起動する。


 もうずっとリゼにすべて任せていたため、起動の方法すらあやふやだった。


 しばらく二人がかりで進めていたが、もうそろそろ終わっただろう、と思い、昼休憩前に揃った数を数えると、まったく足りていなかった。


「おかしいわね……グズのリゼだって、どんなに時間がかかっても午前中には全部終えていたのに」

「手を抜いていたんじゃないか? これからもっと品質に注意させなければな」

「まったくね」


 そして午後も半ばもすぎるころには、事態の深刻さが浮き彫りになってきた。


 このペースでは納期に間に合わない。


「お、おい、さすがにまずいぞ。魔糸紡ぎって、こんなに進まないものだったか?」

「慣れだよ、慣れ。半人前のリゼにだってできていたんだから、そのうち速度も上がるさ」

「そうだな……」


 彼らはその日一日、雑用で潰れた。


「おかしい……全然進まない」

「どうなっているの?」


 焦りつつ、まだ時間はあると自分たちに言い聞かせることにした。


 三日後――


「ダメだ、全然進まない!」

「雑用ばかりしていられないぞ……」


 最初の納期はすぐそこまで迫っている。その次も、次の次も、どんどん迫ってきているのだ。


「仕方がない、今回は素材だけでも買って間に合わせよう」


 彼らは慌てて買い付けに走ったが、なかなか必要な量が揃わず、赤字が出るほどの高値となった。


「ま……まあいい。今回は仕方がない。さあ、加工して、仕上げを……」


 リヴィエール魔道具店は夫婦の魔道具づくりで支えられてきた。


 彼らの腕が商品の出来を左右していると言っても過言ではない。


 しかし彼らは、半分以上の加工に失敗してしまった。


「くっそ! また失敗だ! もう材料もないってのに!」

「おかしいねえ……なぜこんなにうまくいかないんだろう」

「とにかく使いにくいんだよ! 粗悪品ばっかりつかませやがって!」


 ひとしきり素材の悪さをあげつらい、溜飲を下げたあと。


 二人の憎悪は、リゼへと向かった。


「ええい、リゼはまだ帰ってこないのかい? 三日間も店に穴を開けて! 信じられない怠け者だよ!」

「魔力ヤケぐらいで甘えやがって。職人なら誰でも通る道さ」

「そうさ。雑用が魔力ヤケなんかで休んでたら即クビだよ! 甘えているんだよ、あの子は!」

「連れ戻してこないと!」


 こうして、二人は公爵家に苦情を言いに行くことにした。

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