69 リゼ、お嬢様たちと親交を深める
おじさんたちはちょっと涙目だった。
たぶん、おじさんたちは、王国の検閲官が相手だったら、けっちょんけっちょんに言い負かしてやろう! ってつもりで来てたんだと思う。
でも、女の子ばっかりで、しかも相手がとんでもなく高い身分で、形勢不利なら下品な冗談でけむに巻くってわけにもいかないのは、完全に予想外だったんだろうね。
おじさんたちは美少女三人に詰め寄られて、甲高い声でぎゃんぎゃんと責めたてられて、すっかり意気消沈していた。
思い思いに署名を眺めて、ひそひそと小声で打ち合わせしている。
「……賠償金の金額もさほど大きなものではないようだし」
「謝罪だけなら載せてしまった方がいいのでは?」
「放置しておいたら明らかにデメリットの方が多い」
「割に合わないだろう、あれだけの――で」
頃合いを見て、アニエスさんが言う。
「……それで? 本当のところはどうなんですの? この脇の甘い記事、おそらくあなたがたが書こうと思って書いたものではございませんわね?」
……え?
突然何を言い出すんだろうと思っているわたしたちに、アニエスさんが続ける。
「あなたがたの過去の出版物も読ませていただきました。ほとんど男性貴族の政治的な不手際や醜聞ばかりがネタにされておりましたわ。それもそのはずで、あなたがたは、政敵のネガティヴキャンペーンをメインに行っているのですものね? 『奥方様のクローゼットの問題』なんて、『くだらない』という先入観があったから、あれほどずさんな内容で済ませてしまった――違うかしら?」
アニエスさんは、これが今回の核心なのだというように、おじさんたちに近寄って、間近で詰問した。
「この記事、どちらのパトロンから、書くように命じられたの?」
わたしはふと思い出した。
……そういえば、ヴィクトワール様が、何か言ってたなぁ。
匿名の手紙が来たって言ってたけど、確か犯人は――
「ドリアーヌさん……?」
わたしが独り言をつぶやいても、誰も反応しない。
それでわたしは、自分の思いつきをよく考え直してみることになった。
そういえば、ドリアーヌさんって、こないだの仮装大会で土妖精ノームのコスプレしてたよね。
わたしがあの大長編小説に出てくる無数の妖精から、はっきりノームだと見分けられたのは、ドリアーヌさんが工芸用の道具をモチーフにしたアクセサリーを身に着けていたからだった。
コスプレ以外には用途がなさそうなアクセサリーなのに、細工はすばらしくて、おしゃれさんなんだなーと思ったのを覚えている。
そう、ドリアーヌさん、服は平凡でも、センスはよかった。
特に、懐中時計の細工には、北西の工芸都市デルランしか使っちゃいけない意匠が入ってて、マルグリット様と同じだすごいなぁ、宮廷御用達の業者に作ってもらったのかぁ、すっごい高かったろうなぁ、とびっくりした。
……あれ?
それなのに彼女、服のことはあんまり知らなかったよね。
知識が偏っているのは――
彼女が、工芸都市と関係があるから?
いや、まさかねぇ。
わたしは念のため、すぐそばにいたウラカ様にこそこそと聞いてみた。
「……ドリアーヌさんって人、知ってます?」
「ああ、あのご立派なアクセサリーの方?」
おおー、やっぱりあれ、おしゃれなウラカ様も立派だと思うくらいの品物なんだなぁ。
「あの人、実家が工芸都市と何か関係ありますか?」
「デルラン伯爵領のご令嬢よ、あの方」
おわ、当たっちゃった。
デルラン伯爵って、王都では意匠の権利保護の鬼で有名。
わたしも両親から『デルランの図柄だけは真似するな』『丸を三つ並べただけでもう危ない』って言われてたんだよねぇ。
「アニエスさん」
おじさんたちとああでもないこうでもないと言い合っていたアニエスさんが、わたしを振り返る。
「わたし、あんまり弁護士のことは詳しくないんですが……デルラン伯爵って、王都に事務所があって、凄腕の弁護士さんたちがいっぱいいるんですよね?」
「ええ、有名ね」
「法律関係のお仕事の人って、副業で文筆業してることありますよね?」
「そうね。流暢な文章を書ける人間って限られるから」
「そしたらもうひとつ。デルラン伯爵令嬢のドリアーヌさん、こないだうちのお客様とトラブルになったそうなんです。ほら、泣きながら駆け込んできた人いましたよね? ヴィクトワール様です」
アニエスさんはふと黙り込んで――
急にニタリとした。
わあ、とっても悪い顔。
おじさんたちはデルラン伯爵の名前が出たあたりから、とても後ろめたそうに眼を剥き、視線をさまよわせている。
「ああ、そう、そういうことなのね? デルラン伯爵の事務所は地下出版界とつながりがあるってうわさ、聞いたことあるわ。あそことトラブルになると、なぜか匿名の誹謗中傷文が山ほど出回るというので、怖れられていたはずよ」
アニエスさんはニヤニヤしている。アニエスさんって、誰かを責めてるときが一番輝いてる気がする。
「あなたがたの名前と顔は覚えたわ。詳しく身辺を洗えばいずれはっきりするでしょうね?」
おじさんたちはお互いに顔を見合わせると、責任者っぽい人が、急に両手を挙げた。
降参の合図だ。
「まずは私たちの書いた記事に調査不足の点があったことをお詫びします。大変申し訳ありませんでした。売上ほしさに、ネタに飛びついてしまいまして……」
「訂正と謝罪の記事は載せていただけて?」
「はい、それはお約束します」
「わたくしどもリヴィエール魔道具店が困っているのは、根拠のない誹謗中傷をされたことでございます。できれば何回かに分けて、ネガティヴイメージを払拭する宣伝もしてほしいわ。当然、無償で」
「……それは……」
「それ以外のことは知ったことではないわよ? どちらの伯爵家のお嬢様が、お友達に婚約者ができたことを妬んで邪魔してやろうと企んだとしても、関係のないことだわ」
「……」
「わたくしの父も法曹関係者のはしくれ。出版にも多少の伝手というものがございますから、応じていただけない場合は――伯爵家のお嬢様がちょっとお困りになるかもしれないわね?」
アニエスさん、それは脅しですよぉ……
仲裁人の人たちに怒られるんじゃないかと思ってハラハラしていると、マルグリット様が挙手した。
「リヴィエール魔道具店はそれでいいかもしれないけれど、わたくしとしては不満が残るわ。魔道具業界を振興しようと思ってせっかく流行りの店を盛り立ててきたのに、あなたがたに台無しにされたんですもの。このままだったらわたくしきっと一生お恨み申し上げますわ。いっそお父様に言いつけてしまおうかしら?」
王女様に国王の名前を使って脅されることある?
少なくともわたしはない。普通の人は一生ないよね。
明らかな脅しなのに、仲裁人の人すらも怯えてしまって、注意はしてこなかった。
「わたくしとしては、リヴィエール魔道具店の記事とはまた別に、魔道具の特集記事を、定期的に書いてほしいの。わたくしは忘れっぽい娘ですから、よい記事を書いていただければ気分がよくなって、褒賞についても考えるようになるでしょう」
アニエスさんとマルグリット様が思い思いに喋る中――
ウラカ様は裏社会の総元締めみたいな重々しい立ち方でわたしのそばに立っていた。
……そういえばウラカ様、なんで来たんだろ。
ともあれ、責任者のおじさんは観念したようで、軽く帽子を脱いでお辞儀した。
「すべて仰せのままに、王女殿下」
キャメリアでは、王女様は未婚でも『奥方様』と呼ばれる。
『王女殿下のクローゼットの問題』とあれば、そう答えるしかないよねぇ。
仲裁人が今回のことを書面に残してくれて、裁判はお開きになった。
わたしは帰ろうとしているウラカ様のところに近寄っていって、聞いてみた。
「ウラカ様、どうして今日は来てくれたんですか?」
「社長さんから署名のお願いのお手紙が来ていたから。でも、わたくし手紙って好きじゃなくて。直接お小言を申し上げたかったの」
ウラカ様はくるんくるんの金髪を指で弄びながら言う。
「べ、別に、あなたのためなんかじゃないんですからね!」
本当はわたしのために来てくれたんだってことは、照れたような表情から伝わってきた。
「リゼのお店を守ろうと協力してくれたお嬢様が、たくさんいらしたのよ」
アニエスさんがそっと教えてくれた。
「皆様、マエストロ・リゼの魔道具が大好きなのですわ!」
マルグリット様に満面の笑顔でそう言ってもらえて、わたしはうれしくてうれしくて、ちょっと泣きそうになったのだった。




