68 美少女も三人集えばかしましく
事情を知ったアニエスさんも、ヴィクトワール様の工作に手を貸してくれた。
「近くの洋裁店と話をつけたわ。一度そちらに納品して、そこから買ってもらうことにしましょう。店主も、いつでも魔力紋のパターン採取に来てくれって言っていたわ」
「ありがたい……!」
完全に一致させるのは難しいけど、九割越えならすぐできる。
普通はここまですれば、まず疑われない。王子だって疑わなかった。だから大丈夫のはず。大丈夫……きっと大丈夫……!
「……バレたら訴訟沙汰になるかなぁ?」
わたしがブルブル震えながら言うと、アニエスさんは笑ってくれた。
「心配しなくても、弁護するわ」
「アニエスさんかっこいい……!」
「……私の父が、だけれどね!」
そういえばアニエスさん無資格だった……!
世の中はままならないね。
「それより、ゴシップ誌の訴訟手続きが終わったわ。王立魔道具師協会が主催する小法廷で、仲裁人を立ててやることになったの」
「おおー……! 本格的ですね!」
「マルグリット様は高等法院を抑えたかったらしいのだけど、無理だったそうよ。今、狐の魔獣の対策問題で国王と大法官が大喧嘩の真っ最中だから、それどころじゃないって却下されたみたい」
「ひゃあ……」
よく分かんないけどすごそう。
わたしのようなしがない者のお店の問題を高等法院なんかに持ち込まれるのはちょっと恥ずかしいから、かえってよかったかも。
裁判所はいつも忙しくて満員だから、庶民のもめごとは小法廷でやるのが普通なんだよね。
小とはついているけれど、仲裁人の決定は裁判官の判決と同じとみなすって法律があるから、ほとんど商事裁判所と変わりないのだという話だった。
「あの……それって、わたしも何かした方がいいんでしょうか……?」
「いいえ、大丈夫よ。私とマルグリット様でうまくやるわ」
「わぁ……じゃあ見学してますね!」
よかった、わたしも何か喋らないといけないのかと思ってドキドキしてたんだ。
そしてわたしはアニエスさんと一緒に、手ぶらで魔道具師協会の本部に行った。
すると、思わぬ人物がそこで待っていた。
「……ウラカ様!?」
わたしの呼びかけで振り返ったのは、金髪でくるんくるんの、ものすごい美少女。
胸には黄色いブローチがついている。
「お久しぶり、リゼ様……と、マルグリット様」
「ど、どうしてここに?」
「もちろん、わたくしもひと言申し上げるために」
ウラカ様が? ちょっと意外……
彼女はマルグリット様に向かって微笑みかける。
「別に構いませんでしょう? 何人が話し合いに参加しても問題ないはずですわ」
「よくってよ」
マルグリット様が許可してくれたので、ウラカ様もうちの陣営の席につくことになった。
大きな部屋に移動して、魔道具師協会の会長さんや、出版社さんが選んだ偉い人たちが仲裁人を宣言し、話し合いは始まった。
出版社の人たちは、どの人も立派な身なりのおじさんだった。
たぶん、王家の言論統制には屈しないぞ――みたいな、それなりの意気込みがあって来たんだろうっていうのは、万全の身なりからうかがえた。
でも、女の子がワラワラと四人も来たのは予想外だったらしく、お互いに顔を見合わせている。
なんだなんだ? ってのが態度に出ていた。
そして開幕にぶちかましたのは、ウラカ様だった。
「よくもまああんなデタラメを書いてくださいましたわね?」
ウラカ様が大きな音を立てて、机を叩く。
「おかげでわたくしがどんな嫌味を言われたか、お分かりですの? リヴィエール魔道具店のジュエリーを使っているなんて、きっと元が悪いに違いない――と、そう言われたのですわ!」
ウラカ様は大きなキツめの瞳で、きっとおじさんたちを真っ向から睨み上げた。
「目を開けてよぉく御覧なさいッ! わたくしたちのどこに、実物以上に美しく見せかける必要があるというの!?」
ウラカ様は――さすがに自称は憚られたのか――マルグリット様やアニエスさんを指し示しながら、自信満々に言い切った。
次に、アニエスさんがウラカ様を手振りで制して、立ちあがる。
別に座ってていいのに、みんな前のめりだなぁ。
「わたくしも、悪意のある報道だと感じましたわ。わたくしどもの魔道具店の主力製品がどんなものかご存じだったら、きっとあんなことはお書きにならなかったはずですもの」
アニエスさんが鞄から取り出したのは、女性用のコルセット。
その時点で、おじさんたちはかなりぎょっとしていた。
コルセットは下着なので、男性はちょっといやらしいものだと思ってるところがあるらしい。
一体何が始まるんだ? っていうのが、顔や態度に出ていた。
「うちで一番売れているのは、コルセットなしでもくびれを作るための商品。コルセットがいかに健康を害し、ひ弱な少女たちを作り上げるか、ご存じないとは言わせませんわ。悪しき拘束具から解放されたいと願う心が、醜悪な自己顕示欲によるものだと? 皆様方はそうお考えなのでしょうか?」
「わたくしもまことに遺憾でございます」
マルグリット様が口を開くと、出版社のおじさんのひとりがハッとした。
「あ……あなた様はもしや、王女殿下……?」
「あら失礼。わたくしの顔をご存じない方がいらっしゃるとは思わず、名乗るのが遅れてしまいましたわ。キャメリア王国第一王女、マルグリットでございます」
おじさんたちは呆然としている。
さすがに王女が直接出てくるとは思っていなかったのかもね。
そしてさらに別の男性が、ウラカ様に向かって震える声を張り上げた。
「そちらのお嬢様は、もしや、サントラール騎士団の――」
「あら、騎士団長ル・シッドはわたくしの父よ? よく知っていたわね」
おじさんたちの誰かが「……『副王』だ」とつぶやいた。
顔が真っ青で、もう戦意なんか完全喪失しているように見える。
マルグリット様は注意を集めるように、閉じた扇子をぱしりと手のひらに当てた。
「さて。この中に、正装のドレスをお召しになったことがある方は何人いらっしゃいますの?」
もちろんひとりもいない。
質問自体が、一方的に話を聞かせるための前振り。
「『着てから言って』、これがわたくしの、本日どうしても申し上げたかった異議申し立てでございます。着心地の悪いドレスで具合を悪くしたことがない殿方たちが、想像だけでリヴィエール魔道具店をくさすなんて、いささかやりすぎなのではなくて? あなたがたに良心というものはおありでないのかしら?」
アニエスさんも後をついで畳みかける。
「過激な文言を使った方が売れるのでしょうから、そこは多少分からないでもないですけれど、あなたがた、単純に取材も甘かったのではなくて? わたくしどもの商品の中に、顔の形を変えるようなものはひとつもございませんわ。美女から醜女に早変わり――なんて、いったいどこで起きたことなのかしら? 直近で二番目に売れたのは妖精の羽をイメージした商品でございますし、対象はほとんど十代の少女でしたわ。お分かりになります? 全員が、名家のお嬢様方だったのでございます。――王女殿下を筆頭に」
アニエスさんは何かの紙の束を取り出した。
「わたくしどもから商品を買ってくださったお嬢様方から、こたびの抗議活動について、署名とお手紙を集めてまいりました。どうぞご覧くださいませ。あなたがたの書いた無責任かつ取材の甘い記事で、これだけの数のお嬢様が悲しい思いをしたという事実から、どうぞ目を逸らさずに向き合ってくださいませね。あなたがたが想定していたような、男を騙す悪辣な醜女などひとりもおりませんのよ。素敵なお洋服を買って喜んでいた少女たちの、夢や憧れといったものをおもちゃになさったのですわ。いい大人の、紳士の皆様方が!」
おじさんたちも、小さなお嬢さん方を泣かせたっていうのはやっぱり心にくるみたいで、それぞれの顔に、後ろめたそうなのが出ている。
アニエスさんは「ですので」と話をまとめにかかる。
「間違いを認めて、お詫びの文章を掲載していただき、今後一切同様の行為はしないと誓っていただきとう存じます」
「そうよそうよ! 謝ってくださいまし!」
ダメ押しにウラカ様が憤慨の声を上げる。




