64 リゼ、お悩み解消ドレスを作る
マルグリット様のお誕生仮装パーティからしばらく後。
わたしは大忙しだった。
ドレス、作っても作っても終わらない……!
新規の図案をもとに、複雑なドレスを作る辛さを、久しぶりに味わっている。
わたし【複製】は得意だけど、新規作成には時間かかるんだよねぇ……
でも、新しいデザイン考えるの楽しいや……えへへへ。
順番に依頼をこなしていたある日のこと、意外なお客様がやってきた。
男性と肩を並べるくらい背の高い、貴族の少女。
わたしにマントを渡されて真っ赤になっていた。
ヴィクトワール様だ。
「先日は本当に申し訳ありませんでした」
丁寧にお詫びを言われて、わたしは飛び上がった。
「い、いえそんな、わたしのほうこそなんだか失礼をしてしまって……!」
「いえ、お詫びしなければならないのはわたくしの方でございます。あれは八つ当たりでした。リゼ様にはいわれのないことで責められる辛さを味わわせてしまって合わせる顔もございませんで、お詫びが遅くなってしまいました」
ヴィクトワール様の落ち込んだ様子に、心から言ってくれてることが伝わってきた。
「あの……なんて言ったらいいのか分かんないですけど、わたし、困ってる人を助けてあげられたらいいなって……、でも、必要じゃない人に押しつけてしまって悪かったなって……」
ヴィクトワール様はふるふると首を振った。
「ご相談があるのです、マエストロ・リゼ」
わたしはちょっと脱力した。
マエストロって、マエストロって……
今後、宮廷ではこれで定着しちゃうのかなぁ?
ちょっと恥ずかしいな。
ヴィクトワール様はわたしのためらいなど知らん顔で、大真面目に言う。
「わたくし、今度のお祭りで、初めて婚約者の男性とダンスをする予定ですの。でも……」
ヴィクトワール様がこぶしを膝の上で握る。
「この背の高さではきっとうまく行かない、と皆様がおっしゃるのでございます」
「皆様……ですか?」
「はい。両親、友人、仲人の叔母さま方……皆様が、口を揃えて、女性の方が背の高いカップルはうまく行かないものだから、フラれる覚悟をしておきなさい、と。でも、わたくし、そんなのイヤなのでございます」
ヴィクトワール様は思い詰めた顔でお財布のきんちゃく袋をテーブルの上に置いた。
「だから、背が低く見えるドレス、あれをぜひ作ってくださいまし!」
わたしはちょっとぎくりとした。
ダンスパーティって、激しく動き回るよねぇ……
激しく動いてもブレない幻影魔術って、大変かも?
晩餐会とかお茶会くらいならなんとかなりそうだけど、ダンスパーティはちょっと無理かもなぁ。
「あー、実は今、注文がいっぱいで……」
「お願いいたします! わたくし、どうしても背が低くなりたいのです……!」
ヴィクトワール様は両手で顔を覆って、泣き出してしまった。
あらららら。
彼女は泣きながら話してくれる。
人から背が高いことでどれほど虐められてきたか。
何の気なしに投げかけられる心無いひと言に、どれほど傷ついてきたのかを。
「お前は巨人だ、巨人族の嫁だ、ヨートゥンヘイムに帰れ、って……! 帽子なんか被るとシャッフル塔みたいだって……!」
しまいにわたしも泣いてしまった。
「うっ、うっ、ひどいよぉ……みんなどうしてそんな意地悪を言うのぉ……」
「だからどうしてもドレスが必要なんです……!」
わたしはズルズルに泣きながら、ヴィクトワール様の手を握った。
「うぅっ……わ、わたしもいじめられっ子なので、お気持ちとってもよく分かりましたぁぁぁ……! ぜひともドレスで見返してやりましょう……!」
スケジュールはちょっと厳しいけど、つめにつめたらシンプルなドレスくらいはなんとかなる。
わたしはずびずび泣きながら、手帳に無理やり予定をねじこんで、その日のうちにヴィクトワール様の採寸とデザイン確認を終えた。
――そしてその日から、地獄の製作現場が始まった。
ダンスを前提にしたドレス、控えめに言ってとっても挑戦しがいがある。
当然お相手の男性がくっついたり離れたり……それで空間が歪んでたら、一発で幻影魔術ってバレちゃう……!
わたしは幻影魔術が本人以外には影響しないよう、全面的に魔術式を書き直す羽目になった。
来る日も来る日も計算しては手直しして、全体を十分の一ミリ単位で微調整。
何度も試着に来てもらって、理想の背丈のヴィクトワール様の再現に努めた。
こ、これ、難しいなぁ。
頭の位置が変わると、視線とか顔の角度も全部変わっちゃうじゃん……!
おもちゃなら、目線が合わなくてもジョークグッズだからごめんなさい、で済むけど、婚約者を騙すための本気ドレスだったら怪しまれるのはまずい。
相手の瞳孔の大きさを検知して、距離を測って、自然に見上げたり見下げたりするように調整する?
いや、それだと何パターン書かないといけないの? 無理無理、間に合わない。
むしろ着用者に低い位置からの風景を見せるようにした方が……
ええ、でもそうすると幻影魔術の範囲超えるなぁ……?
安易にできるなんて言わなきゃよかった……!
後悔してももう遅い。
わたしは手直しして手直しして、なんとか前日までに仕上げたのだった。
ハイヒールに見える靴と、被っても背が高く見えない帽子もセットにして、完成!
んー、すごく大変だった!!
二度と作りたくない!!
無事にヴィクトワール様に納品したあと、わたしは寝不足で頭痛がする頭を抑えながら、へろへろとベッドに倒れ込んだ。
***
お祭り当日、魔道具店の周囲もすっかりお祭りモードに。
わたしはクルミさんと一緒に、そっとヴィクトワール様の様子をうかがいに、広場にやってきた。
引き渡しはしたものの、今回のやつはものすごく難しかったからなぁ……
故障してもその場で対応できるように、そっと側に控えることにしたのだ。
わたしはヴィクトワール様を捜し歩いて、とうとうたき火のそばに男性とペアでいるのを発見した。
両家とも家族ぐるみで来ているらしく、ヴィクトワール様たちを遠巻きに見守っている。
さらにそれを遠巻きに見守るわたし。
ヴィクトワール様は、とても自然に笑っていた。
お相手の男性と、楽しそうに語らいをしている。
「あらあら、いい雰囲気のようでございますねえ」
クルミさんの感想に、わたしもうんうんとうなずいた。
時折、火の周囲を囲んで、手を取り合い、フォークダンスをしている。
わたしは目をこらしてドレスの出来を確認した。
遠目にはチラつきとかもないし、変には見えないけど……もう少し近寄ってみたいな。
わたしはクルミさんと一緒にフォークダンスをしながら、それとなくヴィクトワール様の横に立ってみた。
ヴィクトワール様はたき火に照らされて、うるんだ目でお相手の男性を見上げていた。
お相手の男性も、ヴィクトワール様と見つめあっている。
ふたりのダンスはいつまでも続き、夜十時を知らせる鐘まで止まらなかった。




