63 好きな色を着ましょう
「王家の色は赤――ですって? ああおかしい、失礼ですけど、あなたがた、本当に貴族? なぁんにも知らないのね」
アニエスさんの高笑い、すっごく上手で、周りに響くなぁ。
オペラに出てくる悪い魔女みたい。
アニエスさんは男の人みたいに、斜めに立って腕を組んだ。
「緋褪色――というのよ。大貴族の方々はもちろんご存じでしょうけれど?」
ドリアーヌさんたちは顔を見合わせている。
「赤い色は数度も雨に降られたら色が落ちて、ピンク色になってしまうの。皆様も一度くらいご覧になったことがあるでしょう? ピンク色の狩猟服で狐狩りに出かける王子様たちを」
そう、実は、昔ながらの赤系の染料ってすっごく落ちやすいんだよね。
最近の染料は進歩してて、そうでもないから、知らない人がいても不思議じゃないんだけど。
伝統的な色で、『この配合で作ってください』って決まってるようなのは特に色落ちしやすい。そこから転じて、ピンク色も王家の赤の一種、と思われてる感じはあるかな。年少の王子様王女様とか、王妃様なんかは、わざと最初からピンク色で服を作ることもある。
わたしはときどき王宮の宮中服も作ってたから、なんとなくその辺の事情は知ってた。細かな儀典作法にまで目配りした魔道具づくりは、おばあさまの得意分野でもあったからね。
ドリアーヌさんたちは、すっかり大人しくなった。
でもアニエスさんは追撃の手をゆるめない。
「あら、狩り中の王子もご覧になったことがない? 滑稽だこと! これだけの無知ぶりをさらけ出してもファッションの御意見番気取りが許されるのだから、ご実家に力のある貴族の皆様は恵まれてらっしゃるわよねえ!」
「アニエスさん――」
そろそろいいんじゃないかな? と思ってわたしが袖を引っ張ると、すっと前に出た人物がいた。
マルグリット様だ。
「わたくしは皆さまに王家の色を着ろと強制するようなことはしたくありません。誰が何色を着ようと、自由だと考えております」
なるほど、だから参加者の中にもピンクの子が少ないんだね。
「どなたがどんなお色のお衣装をお召しになっても、『素敵ね』と言い合える。それこそが真のおしゃれなのですわ。何色を着ると幼稚で恥ずかしい――不美人は服装も慎むべき――などと、ありもしない規範を創作して、マナー講師のごとく振る舞う行為は、美しくありませんわ」
そ、そうだよね。別にわたし、ピンク色着てきてもよかったんだよね?
改めて言ってもらえて、わたしは胸を撫で下ろした。もしかしたら、とんでもないマナー違反をしたのかと思ってひやひやしちゃった。
「も――申し訳ありませんでした!」
「か、考えが至らず……」
「傷つけるつもりなど毛頭ございませんでしたのよ、ただわたくしたちはよかれと思って――!」
ドリアーヌさんたちが口々に謝罪してくれたので、その場はなんとなくいい感じに収まった。
マルグリット様がセンスをぱちんと閉じて、にっこりする。
「リゼ様、アニエス様、お疲れではございません? この場は少々失礼して、少しわたくしの部屋にいらっしゃいまし」
「そうですね!」
ちょっと落ち着く時間が必要かも。
わたしたちはマルグリット様の粋な計らいで、お部屋で休ませてもらうことになった。
アニエスさんの怒りはその後も止まらなかった。
「どうせあの子たち、今ごろ『美人には私の気持ちなんて分からない!』とか愚痴りあって自分のしたことを正当化しているに違いありませんわ」
マルグリット様は苦笑しながら聞いていた。
「でも、あの方々には悪いけれど、アニエス様に笑い飛ばしていただけて、わたくしもちょっとすっきりいたしましたわ」
マルグリット様がピンク色のかわいらしいドレスを引っ張る。
「わたくしも全身ピンクのドレスを着る機会が多いのですけれど、あの方たち、趣味で着ているのだと思い込んでいるような口ぶりでチクチクと嫌味をおっしゃるんですもの。もちろん、悪くおっしゃってる風ではなかったのだけれど……」
「美人だからいいんだ、とかは言ってましたね」
「そうなの! でも、それだと、わたくしが自分の美人を鼻にかけてピンクを着ているようではなくて?」
「なるほど……」
ひとつ何かを言うと、いろんな見方が生まれるものなんだなぁ。
わたしもピンク色に浮かれるアホの子みたいなニュアンスで言われてちょっと悲しかったけど、あの子たちもマントを渡されて真っ赤になってたから、差別的なものを感じて腹を立てていたのかもしれないね。
「わたくしも、『ピンクは王家の色なのよ』って、それとなく教えてさしあげたかったのだけれど、王女のわたくしが直接注意などしたら、あの方たち、二度と王宮に来られないくらい落ち込んでしまうか、さもなければ不貞腐れて全身ピンクの服しか着てこなくなるか、どちらかになりそうだと思って……」
「わ、わたしは不貞腐れてはいないですよ!」
「存じておりますわ、マエストロはあの子たちと違って、危険物の製造者という責任も感じていたのでしょう?」
マルグリット様は慰めてくれたけれど、わたしはちょっと反省した。
つ、次からは、全身ピンクはやめよう……
宮廷は難しいなあ……
およーふくひとつでこんなにけんかが起きるとは。
「それとなく言う機会をうかがっていたのですけれど、あの方たち、なかなかわたくしには胸襟を開いてくださらなくて……何を言っても『美少女が無自覚に傲慢なことを言っているわ』という感じで……斜に構えた受け取り方をされるものだから、わたくしもちょっと嫌になってしまって……それで、わたくしのお友達たちにも放置するよう申しつけておりましたの」
マルグリット様やさしい……
アニエスさんは売られた喧嘩は真っ向から買うもんね……
「あのノームさんたち、周囲から注意されないのをいいことに、『不美人は控えめのドレスを着るべき』だとか、『派手な色を着るのは幼稚な証拠』などと周囲に偏見をばらまくものですから、宮廷のモードもすっかり暗くなってしまって……」
「人間、自分が我慢していることほど他人がやっていたら許せないものなのですわ」
アニエスさんの発言に、マルグリット様が笑って何度もうなずく。
「おそらくはそうなのだと思いますわ。あの方たち、口ぶりとは裏腹に、可愛らしいものが好きなのだと前から感じておりました。『似合わないから』『みっともないから』と、ご自分を律してしまっているようですので、解放してさしあげるきっかけになればいいと思ったのですけれど……」
視線とかで、イヤミを言われたみたいに感じちゃったんだね。
「今日は少し波風を立ててしまいましたけれど、あの方たちにはまたわたくしの方からフォローを入れておきますわ。ですからお二人とも、あの方々を恨まないでさしあげてね」
「わたしは全然気にしてないですんで!」
「私も、リゼが気にしないのなら、それで」
マルグリット様も大変だなぁ。
人がいっぱいいれば、いろんな意見が出てくるもんね。
全員が快適に過ごせるように目配りする気苦労、計り知れないだろうなぁ。
「では戻りましょうか。あの方たち、周囲から非難の視線にさらされながら放置されて、今ごろ泣きそうになっているでしょうから」
ひええ。
マルグリット様、ほんと大変だなぁ……
わたしは貴族じゃなくてよかったなって、しみじみと思った。




