62 赤とピンクとリヴァリーカラー
「まあ……! このマントを頭からかぶると、変身できるのね?」
「背を高くすることもできるの!?」
「見て、わたくしの足がこんなに長くなったわ!」
きゃっきゃっと喜んでくれている声があちこちから聞こえる。
「どうぞ」
土妖精ノームと魔物の少女たちに手渡すと、その中でも頭一つ分高い少女ががハッとしてわたしを見た。
みるみるうちに頬が赤く染まり、瞳にかたくなな色が宿る。
「……い、いらないわ」
「皆さんにお配りしてるので……」
わたしが渡そうとすると、隣にいた土妖精がさっと手を前に出した。
「ひどいのね、あなた」
「えっ……?」
「気にしなくていいわよ、ヴィクトワール」
「……そ、そうね、ドリアーヌ」
ヴィクトワールと呼ばれた女の子は、わたしをにらみつけた。
「私の背が高いからってバカにしないでちょうだい」
あっ、そういうつもりじゃ……
わたしはとっさに何も言えなくて、その集団に渡すのは諦めた。
「マルグリット様もひどいわ」
「わざわざ私たちの方を見ながら言ったでしょ?」
「あてつけているのよ」
「ご自分が美人だからって!」
エ、エキサイトしてるぅ……
わたしはどうしたらいいのか分からなくなって、そそくさと距離を取った。
マントは全員分は用意できなかったので、順番に回して使ってもらって、ヴィクトワールさんたちを除く全員に体験してもらってから、またマルグリット様がみんなに注目するよう言った。
「わたくし、前々から窮屈なドレスにはうんざりしておりましたの。これからは最先端の魔道具技術も取り入れて、もっと手軽におしゃれを楽しんでまいります」
マルグリット様がわたしの両肩に手を置いた。
「どうか皆さんもぜひリヴィエール魔道具店でドレスをお作りになってみてくださいましね。おしゃれをするのに我慢と苦痛を強いられるなんて、時代遅れなのですわ。これからはラクしてかわいくなれる時代ですのよ!」
マルグリット様に猛烈プッシュしてもらえたので、わたしはその日だけでドレスの注文を二十着ももらったのだった。
わたしはうれしい反面、ちょっと困っていた。
お、思ったより殺到したなぁ……?
従来品より手間がかかってるから、いったん全部の注文を締め切ろう。
数をこなせばそのうち【複製】で作れる範囲も広がっていくから、最初のうちだけ慎重に行こうっと。
おおむね好評だったけど、一角だけ、怨念を放っている人たちがいた。
ヴィクトワールさんたちだ。
「ま~素敵! ラクしてかわいく、ですって」
さっきより大きめの声で、ひそひそ話をしている。
「そりゃモトが美少女なら、パーツをいじるだけで可愛くなれるんですからいいですわよねぇ」
「わたくしたちなんて、全身をいじらないといけませんからねえ」
「ほんと、ほんと」
さっき、わたしがマントを渡そうとしたら、『酷い』って怒りだしちゃったけど……
まだ怒りが冷めてないのかな?
わたしは青くなった。
「全身ピンクで妖精姫コスとか」
「ま~、美少女はお洋服も素敵ですこと」
聞こえよがしのイヤミは、たぶん、マルグリット様にも届いてる。
「仕方ありませんでしょ、美少女ですもの」
「ブスが真似したら痛い目を見る服装ですわよねぇ」
「お美しい方は選択肢の幅からして違うのですわ、はー羨ましい」
だんだん、みんなの会話がなくなってきて、イヤミに聞こえていないふりをしながら耳をそばだてる流れになった。
「マルグリット様はお美しい方ですし、ご身分も申し分ないからいいですけれど……」
「そうよねえ。マルグリット様はいいのですわ、マルグリット様は」
「選ばれしお方ですものね」
でも、とささやきあいながら、ヴィクトワール様たちはわたしを見た。
「でも、普通の感性をしていたら、マルグリット様の後追いなんて、恥ずかしくてやりませんわよねえ」
「ピンク色のマントとか……どういうセンスしてるのかしら」
こ、これは王様からもらったものなんですう!
と言いたかったけれど、かわいいマントだと思って大はしゃぎしていた自分を思い出して、わたしは小さくなった。
えっ、えっ、ピンク色で喜ぶのは子どもっぽかった?
は、恥ずかしい……
わたしは不安になって、あたりを見渡してみた。
でも、ピンクは王家の色なんだし、きっと着てきてる人もいっぱいいるはず……
わたしはあることに気がついて、愕然とした。
ピンク色の服を着てる子、ほとんどいない……!
な、なんで? 王家の色だよね?
うちでもよくピンクの宮中服作ってたけど、ダメなの? よく分かんない……!
マルグリット様は扇子を取り出して、余裕の表情で扇いでいる。
アニエスさんも顔色一つ変えない。
ふ、二人みたいにしてれば大丈夫なのかな?
わたしも一生懸命きりっとした顔を保とうとしたけれど、どうしても会話が気になって、嫌でも耳に入ってしまう。
「似合うと思っているんじゃないかしら?」
「そんなわけないでしょ、さすがにそれは痛々しすぎるわ」
「平凡な顔の娘だったらもっと色味を抑えるとか……ねえ。ああもどかしい。見てると落ち着かない気分になってきますわ」
「余計なおせっかいというものよ、人は人、自分は自分」
「誰しも全身ピンクを着たい年頃ってありますものねえ」
わたしは恥ずかしくなってうつむいた。
わたし、すごく痛い子みたいに思われちゃってる……
すると、隣にいたアニエスさんが、わたしの手にこつんと手の甲を当てた。
わたしと目が合うと、すばやくウインク。
そしてアニエスさんは――
声高らかに、おーっほっほっほ、と笑い出した。
「あらごめんあそばせ、あなたがたのお話がとっても面白くてつい笑ってしまいましたわ」
突然話しかけてきた気の強そうな美少女に、聞こえよがしの嫌味を言っていたヴィクトワールさんたちはギクリとした。
「こちらの可愛らしいピンクのマント、なんと国王からの下賜品なの! あなたがた、国王陛下のセンスにケチをつけるなんて、なかなか勇気がおありでいらっしゃるわねえ!」
全員の顔色が変わった。
ひとりだけ、ドリアーヌさんが余裕の表情で、困ったように首をかしげる。
「マントはそうでも、全身ピンクにする必要はないのでは……?」
「そ……そうですわそうですわ。ドレスとアクセサリーまで、すべてピンクではありませんの。そんなコーディネイト、いくらなんでも非常識すぎますわ」
「あら、今度は王女殿下のセンスにもケチをつけるおつもりですの?」
「王女殿下はお似合いだからいいのですわ!」
「そうよ。わたくしたちは、平凡な人間はそれなりの服装をすべきだと申し上げたいだけ!」
「平凡な者ほど外見を磨く努力をすべき――というのがわたくしどものモットーなのです! ちょうど教材によさそうな方がいらっしゃったから――」
「それなりの服装! おほほほほ、あーおかしい」
アニエスさんはまだ笑っている。
「王女殿下とリゼが全身ピンクなのは、それが王家の色だからですわ。あなたがた、いったい何様なの? 王家の色はダサいから着たくない、もっと美人に見える色がいい、だなんて贅沢、王妃様でもおっしゃらないわよ?」
ドリアーヌさんたちは、露骨な嘲笑にだいぶ腹を立てたようだった。
「王家の色は赤でしょう?」
「そうですわ。ピンクと赤は違います」
「あなたの方こそおかしなことをおっしゃってるわ!」
口々に反論してくる。




