60 リゼ、小人さんの魔法説を発表する
と言いながら、わたしはつい、できそうだなぁ、と思ってしまった。
マルグリット様のドレスはもう完成している。
そこに錯視効果の布を一枚被せるだけでいい。
靴も、革の頑丈なブーツに錯視効果を仕込んで、あたかも華奢なハイヒールをはいているかのような幻影を投影したら、たぶんいける。
わたしの服は手直しがかなり必要だけど、こっちは別におしゃれ目的でもないし、作り直しも適当でいい。
「ね、ね、やりましょう!? 革命が起きるわ!」
「楽しそうですね!」
「決まりね! ねえ、何かお手伝いすることはあるかしら?」
「試着をお願いします!」
わたしは微調整を繰り返したけれど、その日はマルグリット様が帰るまで完成せず、次の日に持ち越すことになった。
ほどなくして幻影魔術の部分は完成。
『アリアドネの魔織』は、新たに【物質化】で作った改良版と入れ替える作業を二度繰り返した。
そしてある日――
わたしは布に魔法でつけたマーキングの位置に合わせて、レースを巻きつけ、魔法でスパパッと縫い付けた。
作業はこれで全部おしまい。
「マルグリット様のドレスができた!」
わたしが叫ぶと、そばにいたアニエスさんが拍手してくれた。
イメージは妖精姫だ。
ピンクを基調とした裾の長ーい服に、透明のちょうちょの羽。
額にはサークレットも載せて、古代のお姫様風に。
マルグリット様のちょうちょの羽は特別品で、今回は魔獣素材のおかげでピカピカ光ります!
わーきれい! 七色に光って、ステンドグラスみたい!
「えへへ、かわいくできた!」
「あら、いいわね。仮装大会なの?」
「そうみたいです! ドレスコードは『羊飼いのアストレイ』だって言ってました」
『羊飼いのアストレイ』は、人気の長編小説だ。
舞台は古代の妖精の国。
王子様のアストレイは、身分違いの恋人と駆け落ちして、羊飼いに身をやつし、不老不滅の国である妖精国にやってくる。
妖精姫はアストレイの、羊飼いになっても失われない魂の高潔さにひと目惚れして、手を替え品を替え誘惑するけれど、アストレイの愛は決して揺らぐことがなかった――みたいなお話だったと思う。
妖精姫はお互いを思い合う二人の純愛に心を打たれて、祝福の魔法をかけてくれるのだ。
これは、そのときのイメージで作った服。
「わたしも招待されてるので、『花咲か小人さん』になる予定です!」
愛し合うふたりの周りにピンク色のお花をたくさん咲かせてくれる『花咲か小人さん』のお洋服を見せたら、アニエスさんが優しい顔つきになった。
「とても似合いそうだわ」
「われながらよくできたと思うんです!」
えへへ、と照れ笑いしつつ、ハッとなる。
「――あ! アニエスさんの分も作らないと!」
「私は招待されていないのに?」
「うちの社長さんなので!」
わたしはウキウキしながら小説を持ってきた。
「どれがいいですか?」
「そうねえ……」
アニエスさんが選んだのは、『顔無しの召使い』だった。妖精姫の付き人として、わらわらとたくさん出てくる。
「頭には仮面を乗せて、召使いの服を着せて……色は王家の赤で、妖精姫のピンクをアクセントカラーに!」
「ふふ、いいわね」
わたしは楽しくなってきたので、その場で作ることにした。
「アニエスさん! 採寸させていただいてもいいですか!」
わたしはメジャーで腕や胴体のサイズを測らせてもらった。
あ、前にも似た体型のお客様がいた気がする。
魔術で記録してある型紙から近い体型のものを選び出して、微調整。
魔糸のストックから目の細かいウールを選び、魔織を織る。
アニエスさんが目を見開いた。
「……速い……!」
「職人なので!」
仕上がった布に印をつけて、カッティングした。
「そ、それにしたって限度が……」
「従者の服って型が決まってて、装飾も少ないので、細部に凝らなければ結構すぐできるんですよねぇ」
「そういうことじゃないわ! 魔織を織るのって、もっと時間と手間暇が――」
できた布地を手に、わたしはアニエスさんに迫った。
「ちょっと脱いでもらってもいいですか? 仮縫いするので!」
下着姿のアニエスさんに布を当てて、待ち針とマーキングを済ませたら、あとは縫うだけ。
わたしはレース模様の見本帳を持ってきて、アニエスさんの前に広げてみた。
「どれが好きですか? ここにあるパターンのなら、すぐできますよ! それ以外は応相談で……」
アニエスさんはあっけに取られている。
「……いまいちですか? まあこれはうちの商品の中でもかなり安価なラインナップ……」
「そうじゃないの。そうじゃないのよ……!」
アニエスさんは眉間にしわを寄せている。
「私も家庭教師に刺繍やレース編み、【魔糸紡ぎ】に【魔織織り】は習ったわ」
「わあ……お嬢様って何でもするんですね」
「習ったけれど、こんな一瞬でできるものではなかったはずよ!? あなた、何をしたの!?」
「時短魔術ですか? これは企業秘密なので教えられません!」
アニエスさんが蒼白になった。
「時短……? 時の神クロノスの秘法を……時間を操っているの……!?」
わたしはちょっと首をかしげた。
「あー……ちょっと違うと思います。これはどっちかというと、小人さんの魔法だと思います」
「こ……小人の……?」
「夜寝ている間に靴を仕上げてくれる小人さんの魔法です!」
かわいい絵本みたいな魔法だと思ってた。
でも、アニエスさんは真っ青な顔でブルブル首を振った。
「絶対違うわ……これは小人の魔法なんて可愛らしいものじゃない……!」
「そうですか? でも、ディオール様は何も言ってなかったので、そんなにすごいものじゃないと思いますよ。ディオール様、竜級の魔術師さんだそうなので!」
アニエスさんはヒッと息を呑んだ。
「あ……あの人が二級魔術師ですって……!? 嘘でしょう……?」
「『氷の公爵さま』のお名前で有名なんだそうですよ」
アニエスさんは固まってしまった。
「英雄じゃないの……! あの失礼男が……!?」
ディオール様いい人なんだけどなぁ。
出会いの印象が悪かったみたいだから、たぶん言っても分かってもらえないよねぇ。
わたしは奥から、作るのにちょっと時間かかる見本帳も持ってきた。
「ここにない柄は手作業になるので時間がかかります。どうしましょう?」
アニエスさんは頭を抑えた。
「……任せるわ。ちょっとショックが大きくて」
「じゃあ、これとこれで!」
わたしはアニエスさんのイメージで大柄のレース図版を選び、以前に組んでおいた魔術式を呼び出して、必要量だけ編んだ。
要所に飾りつけて、完成。
「できたぁ!」
わたしは裏の在庫から男性用のシンプルなシャツを持ってきて、アニエスさんに着てもらい、その上から従者服を羽織ってもらった。
凛としたアニエスさんのイメージにぴったり!
「素敵です! そしたらシャツのお直しをして、仮面はキラキラの魔石もあしらって、華美な感じで――!」
わたしはすっかり夢中になって、一日で仕上げてしまった。
マルグリット様への納品も無事に終わる。
当日が楽しみ!




