59 マエストロ、新作を思いつく
「これは研究しがいのある素材ですね! 面白いものを持ってきてくれてありがとうございます!」
研究は錬金術師が得意だから、きっとディオール様の方が上手なんだろうなぁ。
とりあえずまた夜にでも質問してみるとして、一般的な加工法を調べてみて、構造式の分析器にかけて……
わたしはやりたいことを一覧にまとめつつ、アルベルト王子の存在も忘れて一日中研究に明け暮れたのだった。
閉店の時間になってしまい、アルベルト王子を馬車まで見送る。
「――すみません! 何のお構いもできませんで!」
「ううん、すごく面白かったよ。君は魔道具を作るのが好きなんだね」
「はい!」
「見ているこっちが楽しくなったから、いいものを見せてくれてありがとう」
アルベルト王子はさわやかだなぁ。
まぶしい笑顔に目をしぱしぱさせていると、彼は貴族式にわたしの手を取った。
手の甲にくちづけられて、わたしはヒッと声が出た。
「で、殿下……! わたしの手……」
「嫌だった?」
「魔道具を作ってるときはどんな危険な薬品が飛んでるか分からないので、キスはまずいですよぉ……!」
「そっち?」
アルベルト王子は苦笑した。
「殿下が毒を食らって倒れたりしたら、わたしが八つ裂きにされちゃいますんで……」
「分かった。これからは君がおやつで手を洗ったタイミングですることにするね」
そ、そこまで気を遣ってもらってまですることでもないような……?
と、疑問に思っているわたしを残して、アルベルト王子は帰って行った。
そろそろフェリルスさんの散歩の時間だったので、わたしも作業を切り上げて、その日は帰宅した。
***
できちゃった。
わたしは完全に透明化した魔織を前に、虚脱症状を起こしていた。
アルベルト王子がほしがっていた【姿隠しのマント】、その完全版だ。
こんなに簡単にできると思わなかった。
その日の夜にディオール様から魔獣蜘蛛の糸の一般的な加工方法を聞いて、分かっている範囲の性質を教えてもらった。
なんでも魔獣蜘蛛の糸は不思議素材らしく、外気に触れる外側は硬化・鏡面化し、また外気に触れなくなるとやわらかくなるという、スライムもびっくりな流動的性質を持つのだということだった。
矛盾する性質が同居するのは、途方もなく複雑な構造をしているから、らしい。
鏡をやわらかい布にすることはできないように、本来なら『ピカピカ』と『ふわふわ』って矛盾する性質なんだよね。で、幻影魔術が乗りやすいのは、『ピカピカ』の方。
そして蜘蛛の糸はなんでかこの二つの性質を両方矛盾なく抱えている。
うーん、不思議!
液体ダイヤモンドみたいな矛盾!
夢のような繊維だけど、構造の全体像は、すぐには見極められそうにない。
なので、範囲を限定することにした。
全部は分からなくても、一部分なら必死に解読すれば理解できるかもしれないと期待して。
どこを切り取るのかもちょっと悩んだけど、一日中眺めているうちに、急に閃いた。
「……これだ!」
なんとなくだけど、この部分に秘密が隠されている気がする。何百万回も魔糸を紡いできた職人としてのカンが、わたしを突き動かした。
わたしは取り出した構造式を、【物質化】するのに、さらに数日かかった。
魔糸はわたしの愛情という名の【祝福魔法】を一心に受けて、すくすくと成長。
長さ一センチを超えたところで、繊維の表面が鏡のように光っているのが確認できた。
おお……!
できちゃったじゃん……!
魔獣蜘蛛の糸の超劣化版がこうしてできあがった。
仮に、『アリアドネの糸』とでも命名しておこうかな?
わたしはさっそく『アリアドネの糸』を量産して、魔織を服一着分生み出した。
ん~、ごわごわ! これは改良の余地がある!
あと、これ、チクチクするから危ないかも! 割れた破片が皮膚にささりまくりそう!
服としての品質は期待できないけど、ひとつだけ魔獣蜘蛛の糸よりも優れた点がある。
これが、魔力だけで構成した、純度百パーセントの魔糸だってこと。
幻影魔術の【風景同化】も、問題なく載った。
「これ、直接肌に当たらないように注意すれば、コルセットなしでもくびれて見える錯視の服としては使えるかも……?」
わたしは急いで何着か仕立てて、それぞれにちょっとずつ違うコーティング剤を付与した。
表面が鏡みたいにつるっつるだから乗るかどうか心配だったけど、一応なじませることに成功した。
もしもこれがちゃんと定着するのなら、安全面ではひとまず問題ないことになる。
火属性のときはコーティング剤ごと燃えて、水属性のときは塗った端からみるみるうちに溶けた。水分なんて入ってないのに不思議……
土属性はコーティング剤でくまなく覆うと、カッチカチの土器みたいになった。
今度のは布の形を保ってるから、いけるのかもしれない……
試作品についてずーっと考えていたせいで、マルグリット様がお店に来ても、わたしは気づかずにぼーっとしていた。
「マエストロ、今日はお忙しかったの? お邪魔してしまったかしら?」
心配そうに顔を覗き込まれて、わたしはビビリ散らしてしまった。
「マママ、マルグリット様!? いつからそちらに!?」
「お願いしていたドレスの試着に参りましたのよ。でも、出直した方がいいかしら?」
「誕生パーティのですよね、できてますよ!」
わたしはアトリエで試着してもらっているうちに、ふと閃いたことがあった。
「……マルグリット様、ご注文のドレスは裾がさばきやすい例のドレスで、ということでしたが……」
「ええ、そうね。ほら、ご覧になって! こんなにステップを踏んでもドレスが絡まないの! 素敵よ!」
大喜びのマルグリット様に、わたしはいてもたってもいられなくて、試作品のドレスを持ってきた。
「これ、つい昨日完成したばかりの、コルセットなしのドレスなんですが、着てみていただいてもいいでしょうか?」
「まあ……! もちろんよ、喜んで!」
「あ、刺さるかもしれないので、念のため素手では触れないようにしてください」
コーティング剤を塗った『アリアドネの魔織』は一回洗濯して、はがれてないのを確認したので、たぶん定着したのだとは思う。
けど、突貫作業だから何があるかは分からない。
どうかうまく行きますように。
機能をオン。
ウェストの部分に描かれた革のコルセット風のマーク部分がしゅっと引き締まり、見事なくびれを作り出す。
マルグリット様は感動して涙さえ浮かべていた。
「まあ、まあ、まあ……! ついこの間お話しになっていたことを、もう実現なさったのね!? なんてこと……! なんて才能なのかしら……!」
「えへへ……アルベルト殿下がレアな魔獣素材を持ってきてくれたんですよ。これがもう研究しがいのある素材で、わたしもう楽しくて」
「どんな可能性があるの? 聞かせてちょうだい!」
「まず幻影魔術がきれいに乗るようになったので、錯視の服はかなり作れると思います! ちょっとまだ実用段階には遠いですけど、改良していければ解決できそうで……」
わたしは思いつきをしゃべりまくった。
もうわたし誰かとこのことについて話したくて、聞いてくれる相手を探してたんだよね。
マルグリット様はふいに手を打ち合わせた。
「ねえ、マエストロ・リゼ、その試作品、今度のパーティで発表できないかしら!?」
「こ、今度のですかぁ!? もうあと一週間しか……」




