53 リゼ、お小遣いの使い道に悩む
リゼがくれた仕事は、アニエスの希望していた通りのものだった。
――変わった子よね。
リゼのことを思い出すと、アニエスはつい笑顔になってしまう。
魔道具師としての腕は確かなようだが、どこか頼りない子で、そこがなんだかかわいらしい。
アニエスは人づきあいがいい方ではない。
だから、学園でもそれほど親しい友達は作らずに来た。
でも、リゼには他の少女たちと違う、特別な何かを感じていた。
まず第一に、笑ったときの顔がかわいい。顔のつくりが幼いせいもあってか、実年齢以上に小さい子のように見える。
――妹がいたらこんな感じなのかしら?
年齢的にもちょうどそのくらいだと感じる。
リゼが、懐に飛び込んでくる小さい犬のような懐き方をするので、アニエスは彼女のことをすっかり可愛く思うようになっていた。
彼女には、アニエスができる限りのことをしてあげたいと思ってしまう。
アニエスはその次の出社で、リゼをつかまえて、自分の構想を話した。
「とりあえず違法コピー品を片っ端から商事裁判所に訴えていこうと思うのだけれど、少しまとまった金額を引き出していいかしら? 代訴人への依頼料が一件あたりこのくらいで、私が把握しているだけでもすでに十八件あるの」
「どうぞどうぞ! 好きなだけ使ってください!」
「任せてちょうだい。十倍にして取り返すわ」
アニエスは十八件を訴え、即決が基本の商事裁判所は短期間で一気に処理した。もちろんすべて違法品として認められ、使用料を徴収した。
――あっけないわね。
『こちらが先だ』『偶然似ただけだ』と言い逃れようとする人たちも後を絶たなかったが、彼らはリゼが訴えないのをいいことに少し油断していたらしく、ちょっとつつけばすぐにボロを出した。
まとまった金額の使用料と慰謝料を手にして、アニエスはにっこりした。
リゼに会って、この話をするのが楽しみだった。
きっと喜んでくれるだろう。
***
次にアニエスさんがお店に顔を出したとき、彼女は小さな紙を片手に持っていた。
「取り返したわ。まとめて為替にしておいたから」
「うわあ……!」
為替がなんなのかはよく分かんないけど、書いてある金額は分かる。
ディオール様のお屋敷の人たち全員にステーキを奢ってもお釣りが来そうな、すごい額が書かれていた。
「うちって、お、お金持ち……なのでは……!?」
「そうね、私もちょっと驚いているわ。魔道具店って儲かるのね。それとも、リゼが特異なのかしら?」
「? 魔道具づくりは得意ですよ」
「そうね。あなたって不思議な子だわ」
なぜかアニエスさんはわたしのことをとってもほほえましそうに見た。
「どうせお金が余っているのなら、使い道を考えた方がいいかもしれないわ。何かしたいこととか、買いたいものってあるかしら?」
わたしの目下の目標といえば、やっぱりディオール様にお食事を奢ることだ。
「わ、わたしは、この国のレストランを全部制覇したいです……!」
「そんなものでいいの? それなら……」
アニエスさんは首をひねりつつ、わたしの意を汲んでくれる。
「とりあえず金貨百枚くらい現金に替えて持ってくるわ」
「いっ、ひ、百ですか!?」
「足りなければもっと持ってくるけれど」
「じゅっ、十分です、ありがとうございます!」
いきなりすごいお金持ちになっちゃったなぁ……
泥棒に入られないように、戸締り気をつけないと。
結界つきの防衛装置を増やした方がいいのかもね。
あとでやろう。
「残りはどうするの? まだまだあるわよ。開発資金が必要とかいうことはないの?」
「それは今のところ大丈夫なんですが……」
そこでふとわたしは大事なことを思い出した。
そういえば、ディオール様に綺麗にしてもらった借金とか、何にも返せてないなぁ。
「わたし、実は借金がいっぱいあるんです」
アニエスさんは驚いたようだった。
「そういうことは早く言ってちょうだい。確認するわ。契約書はどこかしら? 全部ちょうだい」
「いえ、書面は交わしてないですし、借りてる人も返さなくていいって言ってくれてるんですけど、たぶんすごい金額なので……もし今うちに余裕があって、返せるなら、いくらかずつでも返したいなぁ、って……」
自分で言っててもいい加減すぎると感じる金銭管理に、わたしの声はだんだん小さくなっていった。
こういうとこ、わたしってホントだめ。
でも、アニエスさんはわたしを叱ったりしなかった。
「そう、ならまずは、相手とコンタクトを取るところからね。本当に受け取る意思がないのかも知れないし。相手は?」
「ディオール様です」
アニエスさんは、嫌悪感を丸出しにした。
「ああ、そう、そういうこと。……借金のかたにリゼと婚約したわけね。卑怯な男」
ものすごい誤解を生んでしまった。
わたしは焦って首を振った。
「ち、違うんです! 本当にとってもいい人なんです! 婚約だって、ディオール様には何のメリットもなかったのに、わたしを助けるためだけに結んでくれて……えっと、そのへんは説明するとちょっと長くなっちゃうんですけど……」
そのうちちゃんとアニエスさんにも話さないとダメだなぁ。
「とにかく、もしも今うちにお金に余裕があるのなら、返したいなぁって思ってるんです。それがダメでも、せめていくらくらい使ってもらってるのかだけでも知れたら、ディオール様に恩返ししやすくなるのですが、知る方法ってないんでしょうか……」
アニエスさんは何か言いたそうにしていたけれど、結局はうなずいてくれた。
「分かったわ。調べてみる」
アニエスさんはすぐに旧リヴィエール商会が破産宣告を受けたときの記録から、金額を引っ張ってきてくれた。
「……とんでもない金額ね」
アニエスさんがメモ書きにどんどんお金を書き足しながら言う。
わたしはそばではらはらしながら見守っていた。
ま、まだ増えるの? まだ? そ、そんなに……?
「どうもアルテミシアさんの不祥事が決定打だったみたいね。ある時期から急に納品が滞るようになって、契約不履行の違約金がかさんでいたところに、『火だるま舞踏会』の悪い噂が流れて、協同投資の相手から一気に資金を引きあげられて、破綻した」
……ある時期って、わたしが抜けたあたりからかな?
そうだとしたら何割かはわたしのせいかも……
ちょっと落ち込む。
「リゼなら返せないこともないでしょうけど、このペースだと二十年はかかるわよ」
あちゃー。
最近遊んでばっかりいたからなぁ。
「もっとがんばってお仕事受けますね」
わたしはやる気を出すことにした。
「アニエスさん、ありがとうございます。具体的な金額が知れてよかったです。また一つ目標が増えました」
アニエスさんが戸惑ったような視線をわたしに向ける。
「いいけど……そもそも、返さなくていいと言われてるんでしょう?」
「気持ちの問題なんです」
「つまり、どうしても婚約を解消したいとか?」
「ええっ!? い、いえ、別に、そういうわけでも……」
アニエスさんは誤解してるけど、ディオール様はとってもいい人なんだよね。
やっぱりここで分かってもらわないとダメかも。
「アニエスさん、ちょっと長くなるんですけど、なんで婚約しているのかって話、聞いてもらってもいいですか?」
わたしは一生懸命喋った。
両親のこと。姉のこと。
ディオール様が助けてくれたこと。
「そう……色々あったのね」
「いっぱいご恩があるんです」
「それならまずは、二人で話し合いをするべきね。返したいと言ってみてはどう?」
「はい! 今度聞いてみます」
金額が分かっただけでも前進なので、アニエスさんには感謝しかない。
わたしが浮かれているのを見てか、アニエスさんはまた遠慮がちに口を開いた。
「ねえ、リゼ。あなたの側に色々と事情があったのは分かったけれど、やっぱり私はあの男のことを疑わしいと思っているの。見てちょうだい」
と言って、アニエスさんは競売時の目録を広げてみせた。




