48 リゼ、魔狼と相談する
わたしはおそるおそる聞いてみる。
「あのー……ディオール様の、お好きな食べ物ってなんですか?」
「何でも食べる」
「あ、はい……」
会話終わっちゃったよ!
困っていたら、にこにこ顔のピエールくんがまた口を開いた。
「リゼ様、ディオール様は『何でも食べるから、気兼ねなく差し入れなり食事に誘うなりしてくれ』と仰せでございます」
ディオール様はちょっとばつが悪そうにしつつ、否定はしなかった。
でもディオール様、『そっかーなんでもいいんだー!』 って思ってわたしの好きなものを持っていくと、『そんなに好きじゃない』って言うんだ……
何でも食べるとはいっても、比較的『リピートしたいもの』『あんまり食べたくないもの』ってあると思うんだよね。
これは質問の仕方が悪いのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、今までに食べた中で、一番おいしかった食べ物……とかは?」
ディオール様は少し考えたあと、
「……コーヒー」
とだけ言った。
「こ、コーヒー、ですか?」
「昔、フェリルスと出会った土地で、淹れたての熱湯のようなコーヒーを飲んだんだ」
「それはそれは寒い、北の果ての大地のことでございます」
ピエールくんがそっと情報を足してくれる。
ディオール様は興が乗ったのか、ちょっとだけ微笑んで、うなずいた。
「とにかく寒い土地だった。吐く息も、涙も、すべてが凍る。私は甘いものは好かないが、身体が熱を必要としていたのだろう。砂糖と卵黄を何杯も入れて甘くしたコーヒーがうまくてたまらなかった」
卵黄かぁ、地元のレシピというやつなのかな?
「あれよりうまいコーヒーは飲んだことがない」
ディオール様が珍しく優しい顔をしてる。
本当においしかったんだろうなぁって思ったら、わたしもつられて笑顔になった。
「素敵な思い出ですね!」
「コーヒーなら、どこでも飲めるのでいいですね。ぜひ誘ってあげてくださいませ、リゼ様」
ピエールくんが教えてくれたので、わたしは元気よく「はい!」と返事した。
コーヒーだったらわたしでもすぐ奢ってあげられそう!
と一瞬思ったものの、はたと違うことに気が付いた。
あれ……でも、甘いものは好きじゃないから、普段は別に甘いコーヒーは飲まないんだよね。
寒かったから特別においしく感じたってことで……つまり……
ディオール様に好きなものを奢るには、極寒の地のコーヒーショップに誘わないといけないって……こと?
わたし、北の方には行ったことないんだよね。
どうしよう?
***
わたしは寝る前になってもまだ悩んでいた。
ディオール様、どこのカフェに連れてったらいいんだろう?
キャメリア王国は比較的温暖なので、冬でも『涙が凍る』ほど寒くはならない。
最果ての地ならなんとか……?
でも、移動に何か月かかるんだろう?
わたしも、ディオール様も、何か月も旅行してはいられないよね。
寒いところまで行かなくても、冬に、それらしい体験をできれば、なんとか……
そこでわたしの脳裏に閃くものがあった。
……あ!
じゃあ、お部屋に、冷気の魔道具をたくさん置いて、極寒の地を再現する……っていうのはどう!?
それで、わたしがコーヒーを淹れてあげる……とか!?
わたしはいてもたってもいられなくなって、そばにいたクルミさんに声をかけた。
思いつきを喋りまくるわたしに、クルミさんが相槌を打ってくれる。
「そうですか……寒いブースを作ってコーヒーを……」
「はい! ディオール様の好きな食べ物なんだそうです!」
クルミさんは言いにくそうに、ちょっとだけ間を取った。
「……ですが、ご主人様は、わざわざ寒くしなくとも、リゼ様がブラックのコーヒーを淹れて深夜に差し入れをしてくださるだけで、とてもお喜びになると思うのですが……」
「深夜にブラックコーヒー飲んだら眠れなくなっちゃいますよ?」
「……では、夜明けに一緒にコーヒーを飲むのはいかがでしょう?」
うーん、とわたしはうなった。
「朝いちばんのコーヒーは胃が痛くなるから、あんまりよくないかなぁって……」
クルミさんは慈愛の表情になった。
「ええ、ええ。わたくしが間違っておりました。リゼ様が自由な発想でのびのびとおもてなしをしてくださる、その心が一番ご主人様の喜びになると存じます」
「えっ……えへへ……」
「どうぞリゼ様のお心のままに、望む通りのものをお作りになってくださいませ。ご主人様はきっと大笑いなさるはずですので」
「分かりました! がんばります!」
クルミさんにも激励してもらったので、わたしは次の日から早速やることにした。
冷気が発生する魔道具はあることはあるけど、一個あたりの値段が高いので、自作することにする。間に合わせの機能だけのものなら、たぶん問題ない。
水属性の魔力を固定化するのに必要な魔素材――今回は別に小型化とか考えなくていいので、安くていっぱい手に入る干した魔獣の海綿体を砕いて、魔力を注ぎ込み、再構成。
樽くらいの大きさの、水属性の粗悪な魔石を適当に量産。
突貫工事で作った冷気発生装置の回路につなげて、動作確認。
ぶわぁぁぁぁっと水と煙が出て、急にあたりの空気が冷えた。
おー。ちょっと涼しくするくらいならこんなもんでオッケーかな。
気温を測り、外との温度差で、三つくらい積んだら、お部屋を丸ごと食品の冷凍保存庫くらいの気温まで下げられそうだとアタリをつけた。
でもこれ、そんなに寒くないかも?
何もかも凍るってほどの気温を、わたしはまだ体験したことがない。
どこまで温度を下げればいいのか分からなかったので、わたしはフェリルスさんに聞いてみることにした。
その日の夜のお散歩で、フェリルスさんに故郷のことを聞くと、フェリルスさんは盛大に遠吠えをした。
「俺の故郷か? ああ、まっっっっしろな国だった! 見渡す限り雪・雪・雪だ! 屋根の上にも雪! 道にも山にも雪! どこいっても雪だ!」
「そんなに……」
「ご主人はいつも三倍ぐらい着ぶくれていたな! 指も真っ赤に腫れあがっていた!」
「ひえええ痛そう……」
指が腫れあがるほどの寒さってやっぱり想像つかないや。
ここはやっぱり、本場の空気を知っているフェリルスさんにわたしの自作ブースを体験してもらって、それで評価してもらうのはどうだろう?
「フェリルスさん、実はわたし、北の大地を再現したお部屋を試作してるんですが……かくかくしかじかで……」
ディオール様にコーヒーを楽しんでもらいたいと思っていることまで説明しきると、フェリルスさんは鼻の頭にしわを寄せた。
「こっ……小娘えぇぇっ! 俺とご主人の思い出にまで割って入ろうというのか? 貴様あぁッ!!」
「ええっ!?」
「ご主人に一番可愛がられているペットな俺を羨んで、まんまとその地位を奪い取ろうって魂胆だな!? そうはさせんぞ!!」
「ちっ、違いますよ! 違います! ただわたしは――」
「知らん、知らんぞっ! なんで俺がご主人とお前の仲を取り持ってやらねばならんのだ!? 協力などするものか!」
フェリルスさん、すっかり威嚇モードになっちゃった。
し、仕方ない。ここは奥の手を――




