44 リゼ、モップを自慢する
フェリルスさんと一緒にお散歩して、ちょっと汗を流したら、朝ごはんを食べて、わたしはお店まで移動開始。
二人乗りの小さい馬車で、道行く人とかを見ながら構想を練る。
今日はクルミさんも来てくれるというので、一緒に乗ってもらっていた。
「いつも手伝ってもらっちゃってすみません」
「何をおっしゃるのですか、わたくしの仕事なのでございますよ」
「でも、お店番って絶対クルミさんのお仕事の範囲じゃないと思います」
「わたくしはリゼ様のお望みになることを全部するのが仕事でございますので、どうかお気になさらず」
クルミさんは優しいなぁ。
「新しいお手伝いさんも探そうとは思ってるんです。今ポスター作ってるんですよ!」
「わたくしはあまり読み書き計算はできませんので、どなたかいらしてくださるといいのですが……」
「ねー。でも女の人で読み書きできる人って、絶対身分が高い人ですよねぇ……うちなんかで働いてくれるかなぁ?」
身分の高い奥さんはあんまり働きに出ないし、かといって仕事を必要としている女の子たちに読み書きの技能がある子たちはあんまりいないしで、難しいね。
「ごく簡単なアルバイト程度なら、どなたかの奥さまが手伝ってくださる可能性もありますわ。リゼ様もディオール様のご婚約者様なのですから、決して素性の怪しい仕事でもございませんし、きっと気に入ってくださる方もいらっしゃるはず」
「とりあえず、今日来てくれたお客様にそれとなく聞いてみます」
マルグリット様も近々いらっしゃるはずだし、期待しておこう。
意気込んで挑んだお店に、最初に来たのは――
アルベルト王子だった。
クルミさんがそそとお茶を出してくれる間、わたしは脂汗を浮かべてアルベルト王子と向き合っていた。
「ギュゲースの指輪の特許申請がまだ来てないそうなんだけど」
「もももも申し訳ありません……っ!」
特許申請はこないだディオール様があらかた片づけてくれた。
でも、ギュゲースの指輪だけは仕様が複雑すぎて、一週間では明細が書ききれなかったんだよね。
「大事なものだというのは……」
「はい、ディオール様からもみっちり言われてます……っ!」
王子様にまで言ってほしくない。
「なるべく早く提出するようにします! ……新しい人を雇ったら!!」
自分で書類を作るのはどうしても嫌なのだった。
なんとかこの話題、終わらせたい……!
困っていたら、ナイスタイミングで、クルミさんがそっとクッキーも出してくれた。
「あ、これ、人からいただいたものなんですけど、とってもおいしいですよ! ウーブリ修道院ってとこで作ってるそうなんです!」
「おいしそうだね。いただくよ」
アルベルト王子がきらめく笑顔をサービスしてくれる。
「バターの分量がどーんとすごいらしくて、すごく濃厚でリッチな味わいなんです! こんな高級なクッキーわたしは初めて食べ……まし……た……」
途中でとんでもないことに気づいて、語尾が小さくなる。
しまった、王子相手に高級品の自慢をしてしまった……!
致命的なミス……!
王子様はもっといいもの食べてるに決まってるじゃん……!
わたしは目に見えてうろたえだした。
「あ、あの……王宮って、ティータイムにはいつも何を召し上がってるんですか?」
「サンドイッチ……とか? 一度君も招待したことあるじゃないか」
「あ、割と普通のものをお召し上がりなんですね。マルグリット様なんて、妖精の鱗粉とか召しあがってそうじゃないですか」
「ふふ、なにそれ。悪口?」
「いっ、いいえめっそうもない! なんかその……王子様にクッキーなんかお出ししてよかったのかなって、いまさら思いまして……! 王宮といったら庶民がとても口にできないような……幻想種のお花の砂糖漬けとかを召し上がってそうなイメージだったもので!」
「やっぱり悪口だね」
「ええええ、違いますよ! ふっ……不敬だったらすみません!」
「そんなことないよ。ちょっとからかっただけだから、気にしないで」
アルベルト王子がおかしそうに笑う。
笑って済ませてもらえたので、ヒヤヒヤしていたわたしもほっと胸を撫で下ろした。
「うん。クッキーもよく出るし、好きだけど……王宮ならではのものが食べてみたいということなら、今度何か持ってこようか?」
「いっ、いえいえ、そんな! 決して催促したかったわけでは……!!」
「分かっているよ。これは私の気持ちだから。リゼルイーズ嬢にはとても迷惑をかけたからね」
おいしいものをくれる人に悪い人はいない。
王子様もいい人なのかもしれない……!
わたしは浮かれて、アルベルト王子に聞かれるまま、次はマルグリット様の依頼で裾が浮くドレスを作るつもりだとか、魔織の研究はもうちょっと進めて、まったく新しい種類の魔糸は作ってみたいだとかいったようなお話をした。
「いいね、それ。私もぜひ見てみたいよ。いつごろできあがりそう?」
「えっと……まだいつとは……」
「また再来週くらいに来るから、そのときにどのくらい進んだか聞かせてよ」
「さ、再来週ですかぁ……うーん」
「さっき約束したお茶菓子を持ってくるから」
「! ありがとうございます……!」
王宮で食べるロイヤルなお茶菓子、待ち遠しすぎる……!
わたしは『早く来てほしいな』と思いながらお帰りになる王子を見送った。
「リゼ様、よろしかったのですか?」
クルミさんが心配そうに聞いてくれる。
「少しずつお仕事も増えてきていらっしゃるようですが……二週間後とは、またずいぶん急な」
「大丈夫だと思います。今もらってる案件は全部片付いたので」
クルミさんが目を丸くした。
「わたし、手抜きのスキルだけはけっこう高いんですよ……ふへへ。大量生産系の時短魔術はものすごくいっぱい知ってます」
「便利そうでございますね」
クルミさんがおうちをきょろきょろと見回す。
「こちらのお店も、リゼ様がおひとりでやっていらっしゃるというわりに、すっきりと片付いて、台所も整頓されてらして……」
「いやぁ……わたし、丁寧な仕上げとかは全然できないですけど、なんとなく乱雑にそれっぽくするのは得意で!」
わたしが取り出したのはモップ。
「たとえばこの【自動モップ】! 開店と閉店のときに自動で動いて戻るように設定してあります! 新しい布に変えて、水でぬらすのも自動化してあります!」
「あらまあ、素敵な」
クルミさんはおっとりと首をかしげてみせた。
「リゼ様は天才でございますね……錬金術の名家で長くお勤めいたしましたわたくしですが、このようなものは見たことがありません」
「貴族の方はあんまり生活小物に興味ないですからねぇ」
「それもあると思いますが、リゼ様はやはり新しいものを作る才能がおありかと。こちらのモップなど、やはりお値段が張るのでしょうか? わたくしもぜひ体験してみたいのですが」
「どうぞどうぞ! 欲しかったらあげますよ!」
「よろしいのですか?」
「わたし、【複製】の魔術相当使い込んでるので、似たものをコピーするだけならすぐできるんです。うちにあるものでよければ差し上げますよ。なんでも持ってってください」
クルミさんが両手で口をふさいだ。
ちょっと目がうるんでいる。
「なんと太っ腹な……王が宝物庫から下々の者に褒美を賜わすがごとき鷹揚さ……!」
「そんな大げさな……ただのモップですよ」
「わたくしの仕事が一変するという意味では、宝石よりも価値のあるお品物でございます」
えへへ、そんなに褒められると照れちゃう。




