41 リゼ、クッキーにハマる
開発するのは大変だけど、一度【複製】の魔術を身に着ければ量産が簡単なのが魔道具のいいところ。
わたしが式典で身に着けていた、宣伝用の『妖精の羽』は、マルグリット様が勧めてくださったことも手伝って、上流階級のお嬢様方を中心に百枚売れた。
結果、わたしはちょっと絶句するような大金を手に入れた。
す……すごい……!
こんなにあったら……ステーキ何回食べられるんだろう!?
百回ではきかないと思う。
大金持ちに、なってしまった……!!
「こんなにあるなら……お茶菓子を毎日買ってもいいよね!」
わたしはウキウキでパティスリーに行って、悩みに悩んだ末、とってもおいしい焼き菓子をゲットした。
先日いただいたチョコレートボンボンもおいしかったけど、あれはお高いので、もっと稼いだら買ってもいいことにする!
今はこのクッキーでも十分!
んー、この薄くてパリッとした香ばしい生地!
これなら日持ちするし、おいしいし、おいしいし、最高!
そう思って買ってきたのに、気づいたら一日でなくなってしまった。
だ……だめだ!
おいしすぎるお茶菓子はダメだ! だって食べちゃうから!!
そう思って買ってきた、もう少しグレードの低そうな、ふすま入り庶民向けクッキーも、その次の日にすぐなくなった。
だ、だって、すごい、食べたことないくらいおいしいんだよ! なにこれ!? クッキーって誰が作っても一緒じゃないの!?
こんなのはおかしいと思って、自分で作ってみたクッキーも、やっぱり次の日にはなくなった。
自作のクッキーもそれなりにおいしかったけど、やっぱりお店のに比べると味が落ちるんだよねえ。もっさりしてるっていうか……何が違うんだろ。
毎日交互にクッキーを買っては自分で焼いてを繰り返し、味の研究をした。
「最近のリゼは走行距離の伸びが著しいな! ワオォォーンッ!」
魔狼のフェリルスさんが、朝晩の散歩のときにわたしを褒めてくれた。
「一枚で百メートルって決めているので!」
「なんの話だ!? ハッ、もしやお前、俺に隠れてうまいものを食っているんじゃないだろうな!?」
「あっ、あれは、お客様用の大事なもので……!」
「何をそんなにうろたえている!? 嘘をついているときの人間の匂いがするぞ!?」
ああっ、フェリルスさんの鼻は誤魔化せない。
フェリルスさんがわたしにどーんとタックルをかまし、芝生の上に転がしてくる。
「さあ言え! 何を食べていた!?」
「な、ななな何も……っ!」
フェリルスさんはスンスンと真っ黒なお鼻を動かして、ぴくっとまぶたをひくつかせた。
「この匂いは……さては、クッキーか!?」
「バレたぁぁぁ!」
「やはりそうか! おかしいと思っていたのだ! 最近のリゼは妙~~~にいい匂いがするからな! 魔狼の鼻は誤魔化せんのだ!!」
フェリルスさんは何でも匂いで当てちゃうからすごい。
「いいかリゼ、このことをシェフにバラされてデザートを減らされたくなかったら、俺にも買ってこい!! いいな!?」
「分かりましたぁ……!」
うう、フェリルスさん、すっごく食べるからなぁ。
キロ単位で買っていかないとダメなんだろうなぁと、わたしは観念しながら思った。
そんなこんなで平和に過ぎていった毎日。
締め切りは突然やってきた。
その男性は、すごく整ったイケメン顔を、不機嫌そうな目つきで台無しにしていた。
魔力でほのかに紫色にそまった黒髪に、薄青の氷みたいな瞳をしたこの人が、氷の公爵さまこと、ディオール様。
「で、特許の申請はできたのか?」
ディオール様に言われて、わたしはビクッとした。
「……その様子だとまだそうだな」
ディオール様が淡々とわたしを責める。
「なぜだ? 最初に言ってから十分な猶予期間をやっただろう」
「や、やろうとは思ったんですけど……」
「なら、今すぐにやれ」
「え、い、今すぐですか?」
「そうだ。最優先だ」
わたしは作業中の机を未練がましく見る。
「で、でも今日は、開発中の道具がいいところまでできていて……続きがしたいなって」
「ダメだ。書類の方がはるかに大切だ」
「こ、この魔道具もそろそろ締め切りが迫ってて」
「今日は諦めろ」
ディオール様はわたしを冷たく見下ろした。
「この書類がなんのためにあるのか、説明しただろう?」
「はい……わたしが発明者ですって、みんなにお知らせする書類ですよね?」
ディオール様は一瞬眉をひそめたけれど、最終的にはうなずいた。
「……ものすごく簡単に言うとそうだ。これまでは専売特許権の管理は各ギルドに任せていたが、国が王立協会に委託して一元管理することにより、魔道具師の地位向上を目指す」
「ほー……?」
国が管理すると地位が上がるのかぁ。
よく分かんないなぁ。
わたしが呆けていたら、ディオール様はただでさえ怖いお顔をさらに怖くした。
「そもそも君は特許がなんなのか分かってないのか?」
「そういうのは全部両親がやっていたので……何も分かんないです」
「何もか。どこから説明すればいいのか……いいか、そもそも発明・商標・意匠は個人の財産で……」
わたしはペラペラしゃべるディオール様の説明が、さやわかに吹き抜ける秋風のように、さーっと耳に入って、さーっと抜けていった。
魔道具の管理って難しいんだなぁ。
わたしが何にも分かってない様子なのを途中で察したのか、ディオール様はおしゃべりをやめた。
ディオール様は少し考えると、また口を開いた。
「……まあいい。今私が言ったことは忘れろ。とにかく、本当に大事な書類なんだ。これがなければ、リゼがこないだ作ったあの服、ほら……なんだったか? トンボの羽」
「ちょうちょです」
「蝶の羽も、他人が勝手にコピーして作って儲け放題だ」
「はぁ……」
でも、似たような商品が出てくるのはよくあることだよねえ、と思っていると、ディオール様はわたしの困惑を見抜いたように、「だが」と言った。
「リゼが権利者として書類を作って提出すれば、他人がコピーして売るときに、儲けの何%かを君に還元させることができる」
「えっ、そうなんですか!?」
「そのレベルから知らなかったのか……?」
「知らなかったです! ってことは、つまり、つまりですよ……わたしが発明したやつも……これまで全部……何%かがもらえてたって……こと!?」
「そうだよ、いいところに気づいたな」
ディオール様がヤケクソみたいに褒めてくれた。
「じゃあ……じゃあ、うちの店って、実はすごく儲かってたのでは……!?」
「君は知らなかったかもしれないが、実はそうなんだ。若いうちに気づけてよかったな」
「だ、騙されてたぁ……!!」
そうと知ってたら、両親にももっとお肉をいっぱい出すように強く言えてたのに!!
悔しい……!
ディオール様は呆れた目つきでわたしを見ている。
「この書類の重要性が分かったろう? 分かったら、今すぐやるんだ」
大事なのは分かったけど、やっぱりやだなぁ……と思っていたら、ディオール様がすべてを見透かしたようにため息をついた。
「……分かった。今回は私が手伝おう」




