4 魔術師、笑顔になる
わたしは両親をチラリと見た。
ふたりは口にこそ出さないけれど、せっかくのパーティをわたしに台無しにされたことをきっと怒っているに違いない。
いつもいつも『迷惑をかけるな』と言って殴られていたことを思い出し、わたしは怖くてたまらなくなって、口を開いた。
「ご……ごめんなさい、お父様、お母様……わたしは大丈夫だから、パーティに戻って、楽しんでください……」
「本当に?」
母親がちょっとだけ嬉しそうにしたのを、わたしは見逃さなかった。
「はい……ご迷惑をおかけしました。今日は本当に、本当にごめんなさい……」
「……帰るときは気をつけるんだよ」
姉も怖いけれど、両親も怖い。
いなくなってくれたとき、わたしはまたホッとして、涙が出そうになった。
「さあ、お嬢様、手をお貸しいたします」
わたしは泣くのを必死にこらえて、衛兵の人に付き添われながら、また違う部屋に移った。
***
医師の診察が受けられると聞いていたけれど、やってきたのは魔術師のマントを身に着けた男の人だった。
すごい魔術師はなんとなく気配で分かる。周りの空気が魔力でキラキラして見えるから。
その人は、髪の毛も紫色に染まってしまうほどの、強い魔術師のオーラを出していた。
でも、その人は、わたしの顔を見るなり、険しい顔つきになった。
うっ、すごく睨んでる。
怖い人なのかなぁ。嫌だなぁ。
彼はわたしのベッドサイドに座るなり、わたしの腕を取った。
勝手に長手袋をずるりと引き下げ、手首を露わにする。
それから犯人を詰問するように、言った。
「……この魔力ヤケはなんだ?」
おっかない顔つきにビクつきつつ、わたしはおそるおそる聞き返す。
「魔力……ヤケ……?」
「知らんのか? 手のひらの付け根に魔力紋のヤケがある。これは長時間魔道具作製のツールに触れていないとできない、剣だこやペンだこのようなものだ」
確かに、わたしの手首、ちょっと変色してるんだよね。日焼けかなって思ってた。
「こんな無茶をしていると君、いずれ死ぬぞ」
ええっ!?
わたしはびくつきつつ、手を握ったり閉じたりしてみた。
特に痛みはないし、手も自由に動く。
「でもこれ、小さいころからずっとあります……」
「なんだと!?」
魔術師は呆れたとでもいうように、自分の髪をくしゃりと握りつぶした。
「……よく生きてるな」
「そ……そんなにまずいんですか? 魔力ヤケがあると」
魔術師は不機嫌そうなしかめっ面で、重々しくうなずいた。
「忠告する。今すぐ魔道具づくりをやめて、一か月は療養しろ」
かなり威圧的に言われて、わたしは心臓がどきどきしてきた。
怖くて反論できない。でも、そんなに休んでいたら、お店が大変なことになって、わたしは父母にひどく折檻される。
初めて会ったばかりの魔術師にそんなことを言うのも気が引けて、わたしは口ごもることになった。
「君はリヴィエール魔道具店の娘さんだと聞いた」
「は……はい。リゼです」
「リゼ」
彼は、覚えたぞ、とでも言うように、わたしの名前をつぶやいて、ぎろりと怖い顔でわたしをにらんだ。
指名手配犯になった気分。
「リゼ。君の店はいい仕事をする。君も焦らずに長く続けていればきっと将来いい職人になるだろう。つまらないことで才能を無駄にするな。命を大事にしろ」
「は、はい」
無表情の圧力に押されて、わたしは反射的にそう返事をした。わたしは昔から、命令してくる人に弱い。父母や姉がよく叩く人だったからか、逆らったら何をされるか分からないと身構えてしまうのだ。
この人いったい何なんだろう……怖い。はやくどっかに行ってほしい。お医者様はまだなのかな。
ぎゅっと身を縮めているわたしに、魔術師はペンダントのようなものを見せてきた。
先端に大きめの平たい魔石がついている。
「これは私の宝物だ。八年前、魔術を習いたてのころに、君の店で作ってもらった」
触れたときの感触からいって、純度百パーセントの魔力から生み出された、純魔石のようだった。
魔術師はイメージで魔術を使う。
どれだけ明確なヴィジョンを思い浮かべるかが、成功の秘訣になる。
純度の高い魔石に触れると魔術の使いやすさが格段に上がるのはそのためだ。
だから、集中の核として、魔石の入った杖やアクセサリーが使われる。
でもこれ、どこかで見たことあるような……?
「ここまでの品質のものが作れる職人は、うちの国だと君の店にしかいないらしい。本当にすばらしい――」
「あっ……これ、わたしが作ったもの……ですね」
魔石の丸カンの装飾に隠れている、小さなサインを見つけ出して、ほら見て、と魔術師に差し出す。
「ここにサインが……父のサインの最後に、リゼの頭文字を付け足したものがわたしの作ったものなんです。魔力紋とサインを父に似せて作っているので、わたしの痕跡はこの頭文字にしかないんですが……」
うれしくなって、つい早口で説明するわたし。だって、魔道具を面と向かって褒めてもらえることって、あんまりない。しかも、宝物だなんて言われて、うれしくならない職人はいない。
魔石は大分使い込まれているようで、表面が曇ってきている。
「今度、お店に持ってきてください。綺麗に磨いて、新品同様にしてお返ししますよ」
若干の営業トークも交える。お客様は神様だ。
魔術師は驚いたような顔をしていた。
「証拠はあるのか? 君が作ったという」
「同一品でよければ、すぐに作れますよ」
「このクオリティのものを、すぐに? 冗談はよせ」
純魔石は、周囲から魔力を汲み出して固めるだけなので、特に専用の道具や設備は必要ない。
わたしの呪文ひとつで取り出せる。
【結晶化】
次の瞬間には、麦の粒くらいの魔石がわたしの手のひらに載っていた。
色は、目の前の魔術師の影響を受けたせいで紫に染まってしまったけれど、これもれっきとした純魔石だった。
男の人は目を限界まで見開いている。
「年に一万個くらいは作っているので、そこまですごいものでは……」
「はあ!? 一万個!?」
「国内だけじゃなくて、よその国にも出しているみたいですよ」
「そんなにもか……」
これから魔術を習う人に贈る品物として、魔石は大人気だ。純度が高いものから、別の素材とまぜておしゃれにしたもの、色や形、アクセサリーの装飾で、選択肢は無限にある。
魔術師は改めて、不躾にわたしをじろじろと上から下まで見つめた。
「……凄腕の魔道具師には見えないが」
「大した腕ではないです。でも、祖母から直々に教わったので、珍しい技をいくつか使えます。ご存じないかもしれませんが、わたしの祖母はとても有名な魔道具師だったんです」
「いや……知っている。伝説的な方だからな」
祖母の名前を出したことで、いよいよ彼もわたしが製作者だと納得してくれたみたいだった。
「この石にはどれだけ助けられたか分からない」
いつの間にか、魔術師は怖い顔じゃなくなっていた。
微笑むと、地顔のよさが出て、あ、カッコいい人だったんだな、と分かる。
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