39 リゼ、ロスピタリエ家の一員となる
アルベルト王子はにこりと微笑んだ。
「よかった……私はアルテの――というより、君の作る魔道具が好きだったから、また注文を受けてもらいたかったんだ。それじゃあ、また近いうちに来るね」
「はい!」
アルベルト王子はにこやかに帰っていった。
緊張から解放されて、ぐったりしながら、わたしは「あれ?」と思う。
姉のことでお詫びにきて……それで……今回でもう終わりかと思ってたけど、また逢いに来るって……言ってた?
わたしはさーっと青くなった。
どうしよう。不意打ちで王子様に来られたら絶対緊張するよ。
ちゃんといい茶葉とか買っておかないと!
それにお茶菓子も!
わたしは王都の人気パティスリーに、今度勇気を出して入ってみようと思った。
高級だからなかなか手が出なかったんだけど、王子様に食べてもらうお茶菓子なら、やっぱりそのくらいじゃないとダメだよね。うんうん。
わたしも食べた……ううん、王子様のために。あくまで王子様のためにね。
そしてわたしは、さっそくその日の帰りに、ケーキを買って帰った。
ディオール様と、フェリルスさんと、ピエールくんと、クルミさん、そしてわたし。
全部で五つのケーキを手土産にして、わたしは自分のおうちに――
ロスピタリエ公爵邸に、帰っていった。
***
ディオール様はケーキの入った布包みを見て、なぜか笑い崩れた。
「そうかそうか、わが家のティータイムでは量が足りなかったか」
「そういうことじゃないです! お世話になってるから、皆さんに……と思って……まあ……それはそれとして、わたしもケーキ食べたかったんですけど……」
ごにょごにょと付け足すと、ディオール様はもっと笑った。
「全員で食べるか。ピエール」
「かしこまりました」
ピエールくんがてきぱきと準備してくれて、十分後にはお庭のテラスに全員で集まってお茶会が始まった。
「……カシスのスフレか」
ピエールくんがお皿に取り分けてくれたケーキを見て、ディオール様が面白くもなさそうに言う。
「お、お嫌いでした……?」
「いや。甘いものは基本好かないが、酸味が強いから比較的食べられる」
「そっ、そうだったんですね……お肉のパイとかにすべきでしたね」
「飯時でもないのにそんなものはいらん」
「えぇ……じゃあ何だったら」
「君の好きなものを買ってくればいい」
「あ、はい」
わたしは困ってしまった。
ディオール様っていつもこう。
あれも嫌いこれも嫌いって言うから、じゃあ何が好きなのって聞いても『何でもいい』。
会話の糸口を見つけ出せずにいたら、ピエールくんがそっと手を挙げた。
「ディオール様の貴族的なお言葉遣いは、まだリゼ様には難しいと思いますので、僕が解説させていただきますね」
「えっ……」
「『リゼ様が選んで、一緒に食べようと誘ってくれるのが嬉しいので、何でもいい。なんだったら自分の分もお召し上がりになってもいい』との仰せでございます」
ピエールくんの平和語変換すっごい……
ディオール様はピエールくんに迷惑そうな目を向けつつ、わたしにお皿を差し出してきた。
「食べるか?」
「い、いいんですか!?」
でも、ディオール様に買ってきたのになぁ……
ケーキは食べたいけどディオール様にも食べてほしい、と思って困っていたら、ディオール様はナイフを取り上げて、ケーキを半分こにした。
「次からは私と君とで違う種類のものを買ってくるといい」
「『ケーキは好きじゃないけど、リゼ様のお茶会には呼んでほしいから、分け合って食べたい』だそうでございます」
「! ……はい!」
わたしはディオール様から半分このケーキを自分のお皿に移してもらった。
気を取り直すように、クルミさんが歓声を上げる。
「素敵……これがあの人気パティスリーのケーキなのでございますね。 色合いもとても美しくございます」
「女性に贈ったらとても喜ばれそうですね。お可愛らしいリゼ様らしいケーキと存じます」
ピエールくんもテーブルについて、おいしそうに食べてくれた。
「リゼ! 俺の分はこの三倍ぐらい買ってきてもいいぞ!」
テーブルの横でフェリルスさんが吠える。
わたしはふと思いついて、ポケットからギュゲースの指輪を取り出した。
指に嵌め、スイッチを押す。
わたしの姿がフッとかき消えた。
「なぁぁぁぁ!? リゼが消えたあぁぁぁぁっ!?」
フェリルスさんががばっと立ち上がり、「どこだ!?」「どこにいった!?」と、真っ黒なお鼻を右に左に向ける。
わたしはフェリルスさんの真後ろに回って、透明化解除。
「ここです!」
フェリルスさんは振り向いて、尻尾がちぎれるくらいブンブンブンブン振りまくった。
「俺の後ろを取っただとうっ!? 生意気なっ!」
どーんとタックルするフェリルスさんに、わたしはテラスのウッドデッキの上に転がされた。
「いきなりいなくなったらびっくりするだろうが! もう勝手にどこかに行くんじゃないぞ!」
わたしは前にディオール様から教えられた『リゼを追い出さないようにとフェリルスから大泣きで頼まれた』という情報を思い出し、思わず笑みがこぼれた。
「……はい!」
――こうして、わたしはロスピタリエ公爵家の一員になったのだった。
一章・終
◆書籍化のお知らせ◆
『魔道具師リゼ』は書籍化が決定いたしました
連載中に応援してくださった皆様には重ねて深くお礼申し上げます
沢山の方のご閲覧、ブックマーク、ご感想、評価ありがとうございました!
引き続きブックマーク&☆ポイント評価での応援
どうぞよろしくお願いします
◆二章予告◆
ハルモニアのペプロス編
明日18時ごろスタートです




