38 第一王子、本性を発揮する
アルテミシアは自分を神に愛された人物だと信じて疑わなかったので、己が何をしても許され、また、どんな過酷な状況に陥っても、必ず打開策があって、正しくそれをつかみ取るために行動できると頭から思い込んでいた。
「ねえ、殿下、わたくしはあなたの理想の王妃になれるわ! 礼法はもう身に付いたのだもの、これからは魔道具だって学習すればいいだけだわ! 数年で妹よりも優れた魔道具師になってみせる! わたくしには気概と、誰よりも努力する才能があるわ!」
「ああ、そうだね」
アルベルトは虚しそうに相槌を打った。
「なりふり構わず、人を利用してまでのし上がろうとする才能は、確かにあったよ。もしかしたらそれは、権力者に必要な要素なのかもしれない。でも」
アルベルトは最後まで、ほんの少しの笑顔も見せなかった。
「……ずさんな計画しか立てられない無能な王妃は、必要ないかな」
アルテミシアはぞわりと総毛立った。
いつも甘く、優しかった彼女の婚約者。
しかし彼は、いつも為政者の視線からアルテミシアを見下ろし、冷徹に評価していたのだということを、今更になって思い出す。
優れた魔道具づくりの才能と、周囲を納得させられる血筋。それに、何だっただろう?
アルベルトは常にアルテミシアを、競走馬でも選ぶかのようなまなざしで見ていた。
優しく微笑んでくれていたときは、それほど気にならなかったささいな無礼。人を上から評価する癖。
それが、今はこんなにも、怖い。
彼がアルテミシアを評価するときは、美しく整えた髪や、過酷なダイエットで完璧に整えたプロポーションなど、少しも見ていなかったのだということに気づき、アルテミシアはなりふり構わず――それが彼女の特技だったので――絶叫した。
「お願い、ここから出して……! お願いよ……! 何でもするわ、どんな嫌な仕事だってする、あなたのために仕えるから、ここから出して……!」
アルベルトは月のモチーフが入ったタイピンを取り出した。
それは、アルテミシアが自分で作り、彼に手渡した作品。
アルベルトに乞われて渡した魔道具は、ほとんどがリゼに作らせたものだったが、そのタイピンだけは、アルテミシアがひとりで手掛けたものだった。
学園で一番人気の王子に、月の女神のシンボルが入ったタイピンをつけさせることで、周囲に交際を匂わせたかったのだ。嫉妬に狂う女たちから、たっぷりと優越感を得て、アルテミシアはこの世の春を謳歌した。
アルベルトが牢越しに、そのタイピンを差し出してくる。
「君に、返すよ」
まるで、もう必要ない、とでもいうように。
アルテミシアは受け取らなかった。
受け取りたくなかった。
「……脱獄するには、役に立つんじゃない?」
アルベルトに声をひそめて言われて、ばっと顔を上げる。
「殿下……!」
てっきり決別のためかと早合点してしまったが、どうやら違ったらしい。
やはり彼は、アルテミシアのことが好きなのだ。
愛した女だから、最後に逃がそうとしてくれているのだと、アルテミシアは希望で胸をいっぱいにしながら、そのタイピンを受け取った。
手のひらに落とされたタイピンを見て、息を呑む。
ピンは、装飾部分を残し、根元から折られていた。
目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚え、アルテミシアは叫ぶ。
「わっ、わたくしを、馬鹿にしたわね!? あなたなんか、どうせおしまいよ! 玉座からはすでに転落しているのよ、わたくしと一緒にね! ざまぁみろだわ! 地獄に落ちろ!」
アルテミシアの罵声を背にして、アルベルトは監獄から悠々と立ち去った。
***
後日、リヴィエール魔道具店。
わたしはさっそくもらった書状とマントをお店に展示した。
新聞に書いてもらって、授賞式でも何人かの貴族と新しく知り合ったせいか、ぽつぽつと依頼も来るようになっていた。
本当にぽつぽつとしか仕事をしていないんだけど、儲けはすごく出ている。
昔ディオール様の言ってた通り。
わたしは両親に騙されてたんだろうなぁ……
うちにはお金がないってずっと言われてたから、そうなんだと思い込んでた。
でも、違った。
無知って怖いなぁ。
ディオール様に教えてもらえなかったら、きっとわたしはずっと両親にこき使われてたんだろうな。
お店でぼんやりしていたある日のこと、アルベルト王子がまたお忍びでやってきた。
金髪碧眼の高貴で上品そうな男の人って、そう何人もいないから、変装してても丸わかり。
彼はわざわざわたしの前で帽子を脱ぎ――帽子を取るのは、目上の人への礼儀作法らしい――ぺこりとした。
「授賞式での不祥事のお詫びをしに来たんだ。重ね重ね、本当に申し訳ない」
わたしは飛び上がった。
「ああああ頭を上げてください!」
王子様に謝罪されると、こう、みぞおちがキュッとするんだよ……
一国の王子様なのに、ずっとわたしのような庶民に恐縮のし通しで、こっちのほうが申し訳なくなってくる。
「言い訳になってしまうけど、あのとき、アルテには事情を伏せていたし、おかしな真似をする様子もなかったから、油断していたんだ。本当にすまなかった。何もしでかさないように、もっと対策するべきだった」
アルベルト王子のしょんぼり顔は、なぜだかフェリルスさんを少し思い出させた。
「『魔道具なんか作れなくても君を王妃にしたい気持ちは変わりない』と、何度も念押ししたんだけどね……どこかで本心ではないことが滲み出てしまったのかな」
王子は眉を寄せてとても悩んでいる風だった。
わたしは耐えられなくなって、進言することにした。
「あの、生意気を言うようですが……気にしないのが一番だと……思います。お姉様の考えは普通の人には分からないと……わたしはいつも思ってましたから」
わたしは姉にろくな思い出がない。
「アルベルト殿下が魔道具好きだと知って、振り向いてもらいたいと思ったとき、自分で作ろうと努力するのが普通の人の考えですよね。でもお姉様は、わたしに『作れ』って言ってきたんです。人から盗んだものも平気で自分のものにできる人の考えなんて、分からなくて当然だと思います」
当時はすぐ叩く姉が怖かったのと、それが家のためになるからという説得に納得していたけれど、ディオール様がわたしを大事にしてくれたので、わたしの考え方も少し変わった。
わたしが作ったものなんだから、姉であろうと父であろうと、成果を渡していいはずがなかったんだ。
わたしは励ましたかっただけなのに――
アルベルト王子はますます意気消沈した。
「……見抜けなくて、君に迷惑をかけて、本当にごめん」
「いいいええええそういう意味ではなく!! 本当に殿下は悪くないと思いますんで!! 気にしないでください! わたしはもう全然平気なので!」
王子はわたしをちらりと上目遣いに見た。
「……君はもう、私のことなんて顔も見たくないだろうけど……」
「いいえそんな滅相もない!」
「本当に? お言葉に甘えて、また来てもいいかな?」
「いつでもいらしてください!」




