36 リゼ、首席魔道具師になる
「しかし、君は変わった技術を持ってるな」
ディオール様が首元のネックレスを持ち上げる。
「これも、初めはダイヤかと思ったが、よく見るとアイスキューブに似せてある」
「氷の公爵さまにちなんで、ちょっと大きめの直径で作らせていただきました。お洋服が制限されるとお困りかと思って、色もなるべく無彩色に仕上げたんです」
「いろいろと考えてあるのだな……さすがは人気店の職人だ。透明度の高い魔道具は他であまり見かけないから、すごい技なのだろう」
「あっ、あのですね、これはわたしが自分で発見したんですけど、透明な素材を作る方法はいくつかあってっ、スライム系の魔素材を使う方法と、ガラスに魔力を混ぜて成型したものと、素材から色素を抜いて透明に近づけるものと……」
わたしは褒められてちょっと調子に乗ってしまい、行きの馬車で延々と解説をし続けた。
姉だったら『うるさい、興味ないわよオタク』とぶっ叩いて終わらせそうな話題を、ディオール様はちゃんと聞いてくれた。
技術的な話は興味のない分野だとわたしでも退屈だって分かってたのに、止まらなくなっちゃったんだよね。ディオール様は優しいなぁ。
***
式典会場について早々、ウラカ様に出くわした。
若い男の人と同伴で、胸元には大きな黄色のブローチ。
わたしの作ったやつだ!
自分の作品を人がつけてる姿ってそんなに見られるものじゃないから、ちょっと感動してしまった。
ディオール様はウラカ様の顔を見るなり、急にわたしの肩を抱いた。
「それで、今日の君が最高に可愛いという話は何回くらいしたのだったか? 覚えていないな」
恋人のふりが下手!
そんなに振り切らなくてもいいって。
ウラカ様はお美しい顔をゆがめてブスッとした。
ディオール様を無視して、わたしに丁寧にお辞儀をしてくれる。
「まあ、リゼ様、ごきげんよう。今日はおひとり?」
「い、いえ……」
横にディオール様がいるの、見えてるよね?
「今日のドレスとっても素敵ね! ひと目で分かるくらい高度技術の結晶だわ! まあ、なあに? 素晴らしいドレスを見ずに、リゼ様のあどけないお顔ばかり見てる、このイヤらしい男は誰かしら?」
「イヤらしさでは君も負けていないと思うが」
「人前でベタベタ触って見苦しいこと」
「こうでもしないと理解できない女性も多くてね。誰とは言わないが」
なんかの戦いが始まってしまった。
ディオール様がわたしを抱き寄せて、前髪にキスをしてくれる。
「リゼのドレスがすばらしいことは道中でもさんざん褒めた。やはり比較対象がいるとリゼの愛らしい顔立ちもよりいっそう際立つと思ってな」
わたしはひぇってなった。
まさか、この美人のウラカ様と比べて可愛いとか言ってるのなら、いくらなんでもお世辞が過ぎる。
「まあ、この男、目玉も氷でできているのではなくって? わたくしを前にしてまだそんな妄言が吐けるのなら、病院で診ていただいたほうがよろしいわ」
「君こそリゼの無垢な愛らしさにあやかれるように少しは神に祈ったほうがいいんじゃないか?」
やめてくださいディオール様、いくらなんでもウラカ様と比べられたらつらいです。ウラカ様が宝石ならわたしは豆です。
と、声に出すことができたらどんなにかよかったろう。
「なんですってぇぇ?」
「理解できなかったか? 君の理解力にはいつも不安にさせられるな」
オロオロしながらウラカ様の横に立っている男の人を見ると、その人がひそひそ声で話しかけてきた。
「あの……お嬢様とロスピタリエ公爵の間に何かあったんですか?」
「色々ありましたね」
「マジすか……俺サントラール騎士団の者なんですけど、お嬢様ついこないだまで公爵に夢中だったような……」
「見切りをつけたみたいです。ほらあの黄色いブローチ。あれの花言葉、再出発とか新しい出会いとか、そんな意味です。そしてわたしが製作者です」
「そういうことだったんすね……分かりやすくありがとうございます」
わたしは公爵とウラカ様をちらりと見た。
「無神経な男って本当に――」
「君に神経があるようにも見えないが――」
……喧嘩がしばらく終わらなさそうなので、わたしと騎士団の人は隅っこの方でおとなしくしていた。
やがて新設の王立魔道具師連盟の会長が現れ、新しく魔道具師の等級を得る人が発表される。
七級・護符級――百人。
六級・魔杖級――十二人。
わー。そんなにいるんだ。
目立たなくてよかったかも。
次いで、全員の魔道具が大広間いっぱいに並べられる。
きれいなアクセサリーや一見何に使うのか分からないブラックボックスが一堂に会し、わたしのテンションは一気にあがった。
珍しい魔道具ばかり!
解説文も面白くて、わたしはガラスケースにへばりついた。
す、すごい、あれも、これも、全部すごい!
時間を忘れて見入っていたら、やがて国王陛下がお出ましになった。
そばにはアルベルト王子と、姉のアルテミシアも。
姉の登場で、周囲は少しざわめいた。
姉の皮膚は丁寧な彩色と縫合のおかげで、どこが継ぎ目なのかまったく見分けがつかない。
姉と目が合い、ドキリとする。
「それでは六級授与者、最後のひとりのご紹介です。リゼルイーズ・リヴィエール嬢」
不安になってすぐそばのディオール様を見上げると、彼はわたしの背中をポンと叩いた。
「胸を張っていろ。今日の主役はリゼだ」
「はい」
司会の説明が続く。
「彼女はアルベルト殿下の婚約者、アルテミシア嬢の魔道具づくりを支え、よきアドバイザーとして多大な貢献をし、いくつもの偉大な発明を生み出しました。よって、その功績を称え――」
司会の人はやりすぎなくらい間を取った。
「――このたび新設される王立魔道具師協会の六級、および、初代首席魔道具師に認定します」
えっ、首席って……一番って……こと?
確かに、幹部にするとは言ってたけど……一番だなんて、そんなの聞いてない。
どういうことだろうと思っているうちに、わっと拍手が鳴り響き、王女のマルグリット様が優雅な微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「僭越ながら偉大なる魔道具師さまの裳裾をお運びするお役目を務めさせていただきます」
「えっ、えっ」
何にも聞いてないんですけど!
マルグリット様はわたしのスカートの裾を留めているリボンを外し、引き裾を長く伸ばした。
作業のついでに、わたしにそっと耳打ちしてくれる。
「ロスピタリエ公爵閣下の横に立って、歩幅を合わせて、まっすぐ国王陛下のところまで歩いてくださいまし」




