32 リゼ、王子と王女に詫びを入れられる
「あなたがアルテミシア様のゴースト魔道具クリエイターだった方?」
「は、はい……」
マルグリット様は目をきらきらさせてわたしの手をがしっとつかんだ。
「そうだったのね! わたくしずっとアルテミシア様のドレスの大ファンだったの!」
「あ……それは姉のデザインで」
「軽くて、暖かくて、肌触りがよくて、最高だったわ!」
魔糸には軽微な魔術が練り込める。
たいていは重量の軽減だったり、保温性、あるいは夏なら冷却性を高めたりする術式だ。
高位貴族には、魔織のドレスでなければ不快でとても着ていられない、という方々も存在するくらい、重要な技術だった。
魔糸や魔織などの素材だけを洋裁店に卸すこともあるけれど、デザインも含めてトータルで設計をした方がより高機能化しやすいので、魔織のドレスはうちの主力商品なのだった。
「しかも、なんでしたっけ? ゴムやファスナー? で、ひとりでも着られるではありませんの! あんな素晴らしい発明、埋もれさせるのはもったいなくってよ!」
「ありがとうございます……」
姉のドレスのデザインセンスは抜群で、わたしでも敵わないくらいだった。
でも、実物のディテールは確かにわたしの発想と技術だ。
ちゃんと認めてくれる人がいたんだと思うと、わたしはなんだかじーんとしてしまった。
「あの素敵なドレスをお作りになる方が姉上になってくださるものとばかり思っていたのですけれど……」
マルグリット様がしゅんとうつむいた。
隣のアルベルト王子も、そっと口を挟む。
「今日は君にお詫びを言いに来たんだ。私もずっと君が真の製作者だと見抜けなかった。そのせいで、あんな事件も起こしてしまって……」
「いいいいえ! 恐れ多いです!!」
「わたくしもお詫びしたい気持ちでいっぱいですわ。あなたが得るべき栄誉を、別の方に間違えてあげてしまっていたんですもの……」
王子様と王女様がそろってわたしに頭を下げている。
いったいどういうことなの。
「あの……結局、あのあと、姉はどうなったんですか?」
アルベルト王子はお付きの人に合図をして、盗聴防止用らしき風の魔術を作動させた。
外界から隔絶された空間で、アルベルト王子が声をひそめて言う。
「アルテは監獄に収容されることが決まっている」
あちゃー、と思ったけど、そりゃそうだよね。
貴族の皆さんに怪我させちゃったんだし、無罪で済むわけはない。
「でも、国王と一部しか知らない措置だから、口外無用でお願いしたい」
「もちろんですが、すると、殿下との婚約は……」
「近々解消になるよ。まだ発表はできないけどね」
王族は大変なんだなぁ。
「その前に、わたくしたちにはやらなければならないことがありますの」
マルグリット様がきりっとしたお顔で言う。
「先日の火だるま舞踏会のせいで王宮への信用はガタ落ちで、すっかり人がいなくなってしまったのですわ」
「そんな……」
姉のしたこととはいえ、わたしにも責任の一端があるので、胸が痛い。
「こんな騒ぎを起こして、君まで巻き込んでしまって、申し訳ないと思っている。しかし、この国を守るために、もうひと肌君に脱いでほしいんだ」
アルベルト王子まで、深刻な顔をしていた。
「君がアルテやウラカの火傷あとを治してくれたのは本当にありがたかった。すばらしい技術で、表彰したいのは山々なんだけど、あの舞踏会のことを広めるわけにもいかない。そこで、新たなパーティを開いて、アルテの顔が元通りであることを周囲に示したいんだ。進んで協力させるために、まだ婚約を破棄することや、有罪が決まっていることなんかは伏せてある」
「なるほど……」
姉は異様にポジティブだから、自分のことは許されたのだと思って、ウキウキで協力するに違いない。
騙し打ちみたいでちょっと可哀想だけど、姉自身が王子を騙していたんだから、しょうがないよね。
「同時に、あの革新的なドレスの数々の、本当の製作者があなたであることを大々的に公表したいと思っておりますの!」
キラキラした瞳で、マルグリット様。
でも、わたしは瞬時に母親や、姉の仕打ちを思い出して、げっそりした。
ふたりとも、わたしがちょっとでも珍しいものを作ると、すぐに機嫌が悪くなってたんだよね。
「わたし、そういうのはちょっと……」
「まあ、なぜですの? ご自身の功績はきちんとお示しにならねばなりませんわ!」
「でも、そうすると、変な恨みも買いますし……」
「もちろん私たちが守るよ。どうかこれも国のためだと思って、引き受けてほしい」
アルベルト王子は真剣だった。
「あれ以来、魔道具の危険性が話題に上るようになってね。魔道具の利用を禁止にすべきだという意見まで出ている状態なんだ」
禁止は困る!
わたしのお仕事も廃業になっちゃう。
「この国の魔道具開発を守るためにも、わが国には優れた魔道具師がいるのだと宣伝したい。そのためには、君の力が必要なんだ」
「リゼ様のお作りになった魔道具がすばらしいことは議論の余地がありませんわ。大々的に紹介すれば、きっと宮廷の皆さんも気に入ってくださるはず」
「アルテが作ったと嘘をついていたものを、すべて君の作品だと発表し直したい」
そうすると、姉はまず間違いなく怒るだろうなぁ。
「君のためにもなると思う。魔道具師としての名前を一気に売るチャンスだ。それに、おそらく君の姉か両親が持っているであろう、発明者特権も君の手元に戻せる」
「そしてまたあの素敵なドレスをわたくしに作ってくださいまし!」
ふたりが熱心に言ってくれたので、真剣なのだということが伝わってきた。
「……分かりました」
正直、姉のことはまだちょっと怖いけど、これは克服するにもいい機会なのかもしれない。
わたしは姉に煩わされる人生を終わらせて、楽しい人生を歩みたい。
自分の手柄を取り戻すんだ。
「わたしは何をすればいいんですか?」
「君には、新設する王立の魔道具師協会の幹部になってもらう」
「えっ……わたし、そういうの、苦手で」
「細かなことはすべてこちらでやるから大丈夫。君は籍を置いていてくれるだけでいい。そして、君を幹部として迎えるに当たって、魔道具師の十等級を授与したいと思う」
この国には魔術師の十等級というのがあって、ディオール様が第二級の『竜級』だという話は以前にも聞いたことがあった。
「それで、十等級の振り分けについても君のアドバイスをもらいたくてね。これでどうだろう?」
彼はおいてあったメモ用紙に、さらさらと等級を並べた。
魔道具師の十等級
十級 見習い級
九級 革細工級
八級 彫金級
七級 護符級
六級 魔杖級
五級 骨董級
四級 魔獣素材級
三級 魔剣級
二級 魔石級
一級 伝説素材級
「大雑把に、七級で一人前、六級で達人、五級以上は特別な功績を挙げた者に、とした」




