31 公爵さま、バカップルのお遊びを所望する
最終的には、しないとならない。
でも、今したいとは思えない。
自分の気持ちをなんと言い表したらいいのか分からなくて、わたしは黙ってしまうことになった。
ディオール様が何も言わないわたしに焦れてか、自分から口を開く。
「……フェリルスには、リゼを追い出さないように大泣きで頼まれた」
「フェリルスさん……」
「『誇り高い魔狼』が聞いて呆れる駄犬ぶりだった」
ふふっと笑ってしまったわたしに、ディオール様が淡々と続ける。
「君がどうしてもあの駄犬には付き合いきれないというのなら、解消も視野に入るが」
「そんなことないです! フェリルスさんはとっても可愛いですし、お散歩係も楽しく務めてました……」
きゅーんきゅーんと悲しい鳴き声をあげていたフェリルスさんを思い出したら、わたしも泣けてきた。
「……なぜ泣く?」
「だって……」
ディオールさまが手を伸ばして、わたしの涙をぬぐってくれた。
「泣くほど嫌なら、無理に解消することもないだろう」
「……はい」
わたしはまだ、この家から離れたくない。
「わたし、やっぱり、もうちょっとだけ、ディオール様の婚約者でいさせてください」
「ああ」
みんなと一緒にいられる。
こんなに幸せなことはないと思った。
「私からも、君の店にひとつ注文したい」
ディオール様がわたしに向ける瞳も、以前よりずっと優しくなった。
「私が身に着ける用のネックレスをひとつ」
「ディオール様が……ですか?」
この国で、男性がネックレスをすることはほとんどない。
「石は任せる。魔石でも宝石でも構わない」
「いいですけど、どの石にしても、かなり人に注目されると思いますよ?」
「それでいいんだ」
ディオール様はわたしの手を取った。
「一連ネックレスを私にくれないか」
あ、なるほど。
メッセージジュエリーってことですね、と、わたしは納得した。
わたしの苗字――たぶん由来は一列の宝石で、おばあさまが魔道具店にちなんでつけた名前――を、身に着けることにより、婚約者のわたしを匂わせるっていう、バカップルの遊び。
女避けのお守りにしたいって意味なんだと思う。
……でも、言い方が紛らわしいよね!
「分かりました! 女性から忌避されるように、派手派手な感じでお作りしておきますね」
ちょっとドキッとした自分を誤魔化したくて、わたしはわざと明るい声を出した。
「約束したからな」
ディオール様がわたしの手にキスをする。
この人わたしの手好きだよなぁ、と、過去にちゅっちゅちゅっちゅされまくったことをつい振り返ってしまった。
ちなみにわたしの育った下町だと、手の甲にキスするようなお上品な文化はない。
だからわたしも、ほっぺにちゅーはそんなに恥ずかしくないんだけど、手の甲ちゅーは少しくすぐったい。
お貴族様なんだなぁって思うから。
「では、これは君に」
ディオール様がわたしの左手の薬指に、金の指輪をはめてくれた。
女性が身に着けるには少し幅広で、おそらく年代物。もしかしたら男性用だったのかもしれない。
これは金の指輪です! と思いっきり自己主張するかのような、ちょっと成金っぽいデザインだ。
眺めていて、ようやく思い出す。
ディオール様のお名前は、『黄金の』といったような意味の由来を持つ。
つまりこの指輪もまた、恋人関係を匂わせる、バカップルの遊びだ。
「これでもうちの実家に伝わる由緒正しいものだ。しばらくは身に着けているように」
「は、はい……」
女もののネックレスのディオール様に、男ものの黄金指輪のわたし。
絶対に人からからかわれることは間違いない。
『ラブラブねー』
などと言って冷やかされる光景が目に浮かぶ。
うわあ、と思いつつ――
そんなに嫌じゃないなと思ってしまうわたしがいた。
それにしてもちょっと野暮ったいなあと思っていたら、ディオール様がくすりと笑った。
「時間のあるときに、金の髪飾りでもブローチでも、好きなものを作るといい。いくらかかっても構わないから、君の好きなデザインで」
「そんなの、別にいいですよ……」
「君がいいなら、実家から年代物をどんどん持ってくるが。古くさいアクセサリーで埋め尽くされたいか?」
「い、いえ……」
「君が金のアクセサリーをつけるのは義務だ。拒否は許さない」
「ですよねー……」
「せめてデザインぐらいは好きなようにするといい」
結局わたしはディオール様に押し切られて、金のアクセサリーを作って身に着けることになったのだった。
細工と彫金は好きだから、いいんだけどね。
でも、自分で身に着ける品なんて、考えたこともなかった。
どうしようかなぁ。
***
「以前と品質が変わらないね。これからもよろしく頼むよ」
「ありがとうございました!」
わたしは笑顔でお客様を送り出して、一気に緊張が解け、はーっとため息をついた。
――わたしはお店を再開するにあたって、お得意さんたちに手紙を送ることにした。
代替わりして新装開店すること。
あと、お父様とお母様が迷惑をかけた分のお詫びも添えて。
以前から取引があった洋裁店の人なんかからお返事が来て、いくつか商品を卸したら、おおむね好評をもらったのだった。
わたし、これまでずっと裏方で雑用ばっかりしてたから、お得意さんたちと顔を合わせたことがなくて、どうなるか不安だったけど、今のところは問題ないみたい。
「お店って思ったより儲かるんだなぁ」
受けた依頼分だけでも、ステーキが十回は食べられそうな金額になった。
これだけあったら、ディオール様にもお食事をおごってあげられるかも!
ディオール様って何が好きなのかな?
鼻歌まじりに評判のいいレストランのガイドブックを眺めていたら、またお客さんが来た。
「こんにちは! いらっしゃいま……せえぇぇぇ!?」
アルベルト第一王子だった。高貴そうな女の子や、護衛みたいな人も連れている。
わたしは反射的に立ち上がって、おろおろした。
だって、お店に王子様が来たときのマニュアルなんて知らない。
ゆ、床? 床にひざとかついたらいいの?
わたしが地べたに伏せたら、アルベルト王子が慌てた声を出した。
「なにしてるの? いいよそこまでしなくても、顔を上げて」
いい人なところも変わってない。
「どっどどどどどうぞ、かけてお待ちください!」
王子が来たからには、お茶くらい出さないとダメだよね。
でもうち、そんな高級茶葉とか置いてないんですけど!
おそるおそるお茶を出すと、アルベルト王子はきらめく笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、さあ、君も座って」
「いいいいいのですか?」
立ってた方がいいのかなと思ってたけど、王子優しい。
「こっちは妹のマルグリット」
マルグリット様は、なぜかわたしに身を乗り出してきた。




