29 リゼ、ライバル令嬢と面会する
わたしはお店がすっかり片付いたので、まずは腕慣らしにと、軽いおもちゃを作ることにした。
名付けて『ボールを入れたら遠くに投げるよ装置』。
フェリルスさんはボールをキャッチする遊びが大好きなんだけど、一日に三時間も四時間も夢中になるから、すっかり辟易して誰も相手にしてくれなくなっちゃったのだそう。
そこでわたしは、フェリルスさんがボールを入れたら、自動で遠くに投げてくれる機械を考えた。
飛ばし方にもランダム性を持たせて、どこに飛ぶか分からないようにした。
「フェリルスさん、ちょっとこの穴にボールを落としてみてもらえませんか」
「なんだ、それは? 妙な魔道具だな! それで俺を倒そうっていうのか!?」
「しませんってば。とにかく、ボールをくわえて、ここに入れてみてください」
「いやだ! 俺のように賢い魔狼が、なぜこんな児戯のような真似をせねばならんのだ!?」
わたしはもう自分の手で入れることにした。
ボールが穴の中に吸い込まれ、しばらくすると動力源が横からボールを押し出して、ぽーんっと遠くに弾き飛ばした
「おおおおお!? 飛んだぞ!?」
「名付けて自動キャッチボール装置です」
「分かったぞ、俺がボールをセットすることにより、ひとりでもボール遊びができるということだな!?」
「そうです」
「やはりそうだったか! 賢い魔狼の俺にかかればこの程度のことはすぐに分かってしまうのだ! ワオォォォーンッ!」
遠吠えをするフェリルスさんはどう見てもおバカっぽかった。
フェリルスさんはひとっ走りしてボールを拾い、自動キャッチボール装置に入れた。
ぱこーんっと、軽快な音を立ててボールが飛ぶ。
フェリルスさんは尻尾を振り乱して猛追していった。
後ろ脚のバネを使っての長大なジャンプ。
そして空中での華麗なキャッチ。
フェリルスさんが戻ってきて、どうだというように尻尾を振りちぎっているので、わたしは拍手した。
「わぁ、すごい。けっこう飛ぶ範囲を広く取ったつもりなんですけど……もう少し広くしてもよかったかな?」
ぺっとボールを床に置いて、フェリルスさんがもっふもふの胸毛を反り繰り返らせる。
「俺に挑戦させたければ、一キロは飛ばさねばな!」
「お屋敷に当たっちゃいますって」
フェリルスさんは気に入ってくれたようで、次々にボールを入れてはキャッチしていた。
一回転捻りからのキャッチ。
待ち構えてからのジャンプキャッチ。
手ではたき落としてからのキャッチ。
ぜはぜはぜひぜひ言いながら遊んでいた。
「すごいぞリゼ! やるなリゼ! お前の発明はこの俺も認めざるを得ない!」
「ありがとうございます」
尻尾を振りちぎって遊んでいるフェリルスさんに、わたしはちょっと切なくなった。
「これでもう、わたしがお散歩係から外れても大丈夫そうですね」
「なんだとう!?」
フェリルスさんはわたしにタックルをかましてきた。
巨体に押し倒されて芝生の上にすっ転がる。
「なんでお散歩係をやめるなどと言うのだ!? 何が不満だ!? 言ってみろ!」
フェリルスさんはすごい剣幕だった。
「わたし、そろそろこの家を出ていかないと」
「俺が走らせすぎたせいか!? だが筋肉は裏切らない! 体力をつけて悪いことなど何もないぞ! そうだ何もない!」
「いえ、そうではなく」
「ボール投げに飽きたのか!? 人間はすぐに飽きるからな!! そんなに嫌なら言えばよかったのだ!! 俺はひとりでも遊べる賢い魔狼なのだからな!」
「フェリルスさん……」
「お前がどうしてもというのなら、ご主人に一番愛されているペットの座も譲ってやってもいい!!」
「それはいらないです」
「なら、なんだというのだ!? 俺は……俺は……お前と遊べるのが楽しかったのに……!」
フェリルスさんがキュンキュンと悲しく鳴く。
わたしもフェリルスさんが愛おしくなって、抱きしめた。
「ディオール様とわたしは好き合ってるわけじゃないので、婚約も一時的なものだったんです。そろそろ解消の時期なんですよ」
「何を言っている? 好き合っているだろう?」
「いえ、ぜんぜん」
「俺の鼻は誤魔化せんぞ!」
フェリルスさんは真っ黒でちょっと湿ってるお鼻をすぴすぴさせた。
「俺たち魔狼族は、匂いで人間の嫌な気分といい気分が大雑把に分かる! ご主人は、リゼと一緒にいるときかなりいい気分だぞ! 俺が骨付きチキンを夕飯に出してもらったときくらいルンルンだ!!」
骨付きチキンが出たときのフェリルスさんは雄たけびをあげてグラウンドを二十周くらいするので、食堂からでも分かる。
「お前はご主人様が一番好きな人間と言っても過言ではないだろう! だが忘れるな! ご主人様にもっとも可愛がられているペットはこの俺だ!!」
「フェリルスさんは世界一可愛いです」
わたしは何かもう色々と負けた気分で、たてがみを思うさまもっふもふした。泣けるくらいふかふかだった。
――結局、みんなにディオール様をよろしくされちゃったなぁ。
夕食の席でこっそりディオール様の顔を盗み見る。
ディオール様は相変わらず虫歯でもこらえてるのかなと思うような不機嫌顔だった。
ふと目が合う。
ディオール様はくしゃりと笑ってくれた。
たぶん、食べっぷりが面白かったか何かしたんだと思う。
それでも、何をしても怒られているようで怖かった最初のころとは大きく印象が違う。
少なくとも、嫌われてはいないのかなと思えるようになった。
***
姉の新作発表会で火傷を負った三人のうち、二人までの治療を済ませて、最後のひとりと面会することになった。
「ほら、君に突っかかって泣いてた女がいただろう。あの娘だ」
「あぁ~……あの、金髪のくるんくるんの美少女ですね」
ディオール様にふさわしいのはわたくしよ、とかなんとか言ってた気がする。
可愛い子なのに辛く当たるディオール様にびっくりしたっけ。あれってなんでなんだろう?
怖いもの見たさで聞いてみることにした。
「あの……ディオール様は、あの子のこと、どう思っているのでしょうか」
「厄介な相手だ」
ディオール様はとっても冷たかった。
「彼女はウラカ、サントラール騎士団長の娘だ。サントラール騎士団は領内での魔物討伐件数の圧倒的多さから、国内最強と言われ、団長はわが国の副王と陰であだ名されている。つまりどういうことかというと――」
「というと?」
「下手に関わると、私の首が飛びかねない」
と言いつつ、ディオール様は全然恐れている風ではなかった。
「私の公爵位は国王から叙爵されたものだ。受けた時点で私は国王派閥に組み込まれたことになるが、なぜか複数の陣営が、ウラカを初めとして、様々な少女を送りつけて私を懐柔しようとしてきた。だから私は女嫌いで通していた」
思ったよりドロドロの事情だった……!
告白します。単に偏屈だからかと思っていました。ごめんなさい。
「政治的な事情もあるが、個人的な好き嫌いもある。ウラカ嬢のプライドは山より高い」
「うちのお姉様よりですか?」
「いい勝負だな」
怖い人じゃないといいんだけどなぁと思いながら向かった先はとっても大きな屋敷だった。
すごっ。ロスピタリエ公爵邸ほどじゃないけど大きいし、内装も凝ってる。
ウラカ様はベッドから上半身を起こしていた。
「本当に責任を取っていただけて? あなたの姉が起こした不祥事のせいでわたくしは傷者にされたのよ」
「まことに申し訳ございません」
……顔は似てないけど、確かに雰囲気はそっくり。
「見なさい、この傷跡を!」
ウラカ様は、同伴のディオール様をちらりと盗み見ると、びっくりするような行動に出た。
豪華なバスローブ(たぶん貴族の室内着)の前をはだけて、綺麗な身体を晒したのだ。




