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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【五章再開】  作者: くまだ乙夜
一章 ギュゲースの指輪編

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26 姉とわたしの戦争

 その後、姉の起こした事故は、犯人の自供もあって、敵対陣営にふいをつかれた不幸な事件ということで幕を降ろした。


 暗殺者メイドさんは牢に入れられているけれど、敵から報復されないように、厳重に守られているとのことだった。


 姉とアルベルト王子がどうなったのかはまったく伝わってこない。学園で厳重に隔離されているらしいとだけ、ディオール様から聞いた。


 事件のことは新聞にも載らなかったし、王宮が敷いたかん口令のおかげで噂話すら全然伝わってこなかった。


 何も分からないけど、姉は今も火傷で苦しんでいるのだろう。


 わたしはフェリルスさんのお散歩係の仕事をする傍ら、新しい魔道具の設計書を作りあげた。


 久しぶりの作業は楽しくて、あっという間にできあがった。やっぱりわたしは魔道具づくりが好きなんだと思う。


 それを、ディオール様のところに持っていった。


「わたし、もしかしたらお姉様の火傷を治してあげられるかもしれません」


 公爵さまは真面目な顔で設計書を読んでくれた。


「……なるほど、魔道具で作った人工の皮膚を張り合わせて、火傷を目立たなくする技術か。外国の論文で似たものを見たことがある気がするが……とんでもない高度技術じゃないか?」

「魔力紋を似せて、動物性の魔糸を薄く織る技術がとんでもないとしたら、そうです」


 でも、どちらもわたしの得意分野だ。


 わたしには自信があった。


「わたしにならできます」

「すばらしい。やはり君は天才だ」


 ディオール様は心からの笑顔でわたしを讃えてくれた。勇気をもらって、もう少し言ってみることにする。


「人工皮膚はわたしが提供できます。でも、移植には、お医者さんの協力が必要なんです」


 ディオール様は色素の薄い瞳を細めた。


「純粋に疑問なんだが……なぜ君がそこまでしてやる義理が? 自業自得だろう? 放っておけばいい」


 わたしはぎゅっと手を握った。


 うまく言えないかもしれないけれど、ディオール様に伝えたい。


「わたしはお姉様が怖いんです」

「ならもう、放っておきなさい。盗作で自爆して、火傷まで負った女だ。王家を騙したとなればまず実刑を免れないだろう。誰も助けないし、顧みない」


 わたしはふるふると首を振った。


わたしは・・・・一生お姉様を気にし続けます。お姉様はわたしにとって、ずっと怖い人でした。今でもそうです。わたしの心にはお姉様が住みついていて、何をするときにもお姉様の目を気にしてしまうんです。無視なんてできない」


 姉に怒られるのが嫌だから仕事を肩代わりした。

 姉に叩かれるのが嫌だから食事を抜かれても黙っていた。

 姉を不機嫌にするのが怖いから何でも言うとおりにした。


 植え付けられた恐怖心は、目の前から姉がいなくなっても、ずっとわたしの心に残っている。


「お姉様が火傷を負って苦しんでいたとき、わたしが真っ先に思ったのは、きっとお姉様はわたしを恨むんだろうなぁ、ってことです。わたしが変な物を開発したせいで火傷した、って――勝手に盗んだことも棚に上げて怒るのが、私の姉だと思います。それでわたしは、心の中のお姉様にずっと責められ続けるんです。もう、いなくなってほしいのに」


 姉から苦しめられた十年以上の記憶は、そんなに簡単には消えたりしない。


「お姉様の火傷を治してあげれば、少なくとも、もうそのことでお姉様に責められることはありません。そのあとにお姉様がどうなろうとも、わたしには関係ありません……わたしはお姉様に、わたしの心の中から出ていってほしいんです」


 わたしは責める姉の幻から解放されたいのだ。


「お姉様はわたしが嫌いで、いつもたくさん否定してきました。わたしみたいなグズは、メソメソ泣いているのがお似合いだって……」


 あのとき植え付けられた劣等感は、今でもわたしの心に影を落としている。


「でも……」


 わたしはそんな言葉に負けなかったんだって、自分に向かって誇れるような何かが欲しかった。


「他の誰にも真似できないような、すごい魔道具が作れたら、わたしはグズなんかじゃないって……もう姉の言うことになんて耳を貸す必要はないんだって、納得できる気がするんです」


 わたしのつたない説明で、どれだけ伝わったのかは分からない。

 それでもディオール様は、最後にはうなずいてくれた。


「実は、君の姉ほどではないが、軽い火傷のあとが残った人物が三人いる。そのうちひとりはかなりの御身分だ。君が治療に手を貸してくれるのなら、その家が最高の医者を探してくれるだろう。アルテミシア嬢には実験台になってもらうという名目で、どうだ? 先に成功例がいた方が、ご令嬢がたにも納得してもらいやすい」


 あの根性論の塊のような姉なら、自分の美貌が取り戻せるチャンスは、たとえどんなリスクがあっても逃さないだろう。


 しかも、事件の後始末もできる。


「それでいいと思います」


 わたしは紹介してもらったお医者様(すごく美人の女医さん)と、初めての打ち合わせに行った。


「あら、ディオール。久しぶりね」


 美人の女医さんが、付き添いのディオール様に微笑みかける。


 ディオール様はうんざりしたように、そっぽを向いた。


「最高の医者をと注文したはずなんだが」

「あら、美容なら、私以上の医者なんていなくてよ」

「……まあ、そうなるんだろうな」

「お知り合いですか?」


 わたしがおそるおそる声をかけると、ディオール様は「赤の他人だ」とそっけなく言った。


「なあに、それ。つれないわねえ。女の子連れだから照れているの?」

「余計なことを言わないでくれ。リゼは仕事をしにきたんだぞ」

「はいはい、分かったわよ」


 わたしは美人の女医さんと相談しながら、姉に移植する皮膚を慎重に作り上げていった。


 姉の【魔力紋】を調べて、変化がないか確認するために、姉の病室にも行った。


「……なんでお前がここにいるの!?」


 姉は、痛々しいくらい怯えていた。


「わたくしをあざ笑いにきたの? はっ、おあいにくさま! わたくしは少しも弱ってなんかないわ! 怪我が治ったら、真っ先にお前を笑いに行ってやるつもりだったのよ! わたくしは火傷を負ったあとなのに、まだお前よりも美しい、ってね!」

「お姉様の【魔力紋】、少し変化がありますけど、これなら大丈夫そうですね」


 わたしは姉を無視して言う。


「お姉様のお肌は、火傷を負う前よりも綺麗にしてあげますね」


 にっこり笑ってあげたときの、姉の顔。


 驚きすぎて、すごく間抜けになっていた。


 ああ、そっか。そのときになって、わたしはようやく気づく。


 姉がわたしをイジメていたのは――突然怒り出してはぶん殴り、執拗に言葉の暴力を浴びせかけてきていたのは。


 怖かったからなんだ。


 お姉様が虚勢を張って、弱い者をイジメるのは、そうしないとお姉様の方がやられてしまうと思い込んでいるから。

 弱いわたしに自分自身の影を見たから、必要以上に恐れて、踏みつけた。


 わたしはお姉様をそのとき初めて、可哀想な人だと思った。


 周囲の人から攻撃されるかもしれないと怯え続けて暮らすのは、どれほど辛かっただろう。

 そしてわたしは、姉のようでなくてよかったと、心の底から思えたのだった。

 わたしは人からどれだけ意地悪をされても、親切を返すことができる。

 どれだけ酷い目に遭わされても、人に酷いことをし返したりはしない。

 わたしは、姉と違って、卑怯な臆病者じゃないから。殴られる前に殴り返そうなんて思うような愚かさは、わたしにはない。


 ――わたしの作った人工皮膚は、テストでの小片移植にもまったく問題は起きず、いよいよ実行に移されることになった。


 数日のうちに包帯が取れ、自分の顔を初めて見た姉は――


 せっかくのお肌が台無しになるくらい、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「……ああ……わたくし……そうよ、ほら……美しかったのよ……! 元通りだわ……!」

「前より綺麗になってますよね?」

「そうよ……ああ……違うわ……! わたくしは元々美しかったの……!」

「お医者さんの施術に、満足しましたか?」

「当たり前よ! 完璧だわ……! これなら誰にも分からない……! なんて綺麗なの……!」

「お姉様、この皮膚作ったの、わたしなんですよ」

 姉は鏡を捨てて、わたしにすがりついた。

「ありがとう……! ありがとう、リゼ……!」


 お姉様のために魔道具を作って感謝されたのは、これが初めてかもしれない。


 みっともなくボロボロと泣く姿も。姉は、自分が弱っているところなんて一度も見せなかった。


 怖い人だと思っていたけれど、こうして見ると、ごく普通だ。ワガママで乱暴で意地悪で自分勝手なだけの……


 ……それだけ悪い人の条件が揃ってたら、あんまり普通じゃないかもしれない。


 わたしは泣く姉をそっと押し戻して、立ち上がる。


「さようなら、お姉様」


 永の別れを告げたとき、わたしはとても穏やかな気持ちで姉のことを見られたのだった。


「リゼ。もういいのか」

「はい。帰りましょう」


 帰る場所のあるわたしに、もう怖いものなんて、何もなかった。


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