239 おじさん同士のランブル戦(1/4)
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魔獣の墓場は、王都から馬を飛ばして半日から一日分ほど進んだ位置にある。ル=シッドたちが墓地に到着したのは、夕暮れのことだった。冬枯れの黄土色の草に蹄を取られないよう気をつけながら馬を進めていき、見晴らしのいい丘で立ち止まる。木柵で中が見えないようぐるりと囲った不思議な敷地が、見渡す限りずっと続いていた。
物々しい鉄柵の門をくぐり抜けた先にも、代わり映えのしない光景が続いている。しかし、この場に漂うのは魔獣の死骸から漏れ出た怨念のような魔力である。結界の内側に入った瞬間、澱んだ魔力を感じ、息苦しさに胸が圧迫された。
蹄の下に埋まっているものが恐ろしいのか、馬の歩みも完全に止まった。立ち往生する馬をなだめすかしつつ拍車をかけたが、どうしても先に行こうとしない。
仕方なく、馬は入り口に集めて係留し、徒歩で進むことにした。
休憩を挟んだのち、巡回の指揮を執る。
それなりの人数を集めたとはいえ墓場は広大だ。いくつかの班に分けて、絶えずグルグルと移動することに決定する。埋め立てを行う都合でところどころに盛り土の小山が散在し、視界を遮っているため、山から山へ、というルートを構築する。
着いたその日の夜、さっそく賊が出た。呼び子の警報が結界内の澱んだ夜気を切り裂き、鋭く響く。
合図の音を頼りに、現場についたときには、すでに逃げられたあとだった。
第一発見者の騎士の二人組はどちらも意識を喪失しており、負傷の度合いもそれなりに深刻だった。介抱後に聞き取りをしてみると、女性の声がした、と奇妙なことを言う。
「どこかで女が歌っているんです。お化けかと思いました」
一般市民が間違って踏み入ったとしたら大変である。限りなく怪しいとは思いつつ、二人でまず様子を見よう、という結論になり、そこに誰かいるのか、と、声を出しながら近づいていった。そこで正体不明の何者かに襲われ、意識が途切れている。
女の歌が聞こえる、という報告は、それから数日、しばらく続いた。声の主に襲われた者もいれば、姿を見ることすら叶わなかった者もいる。
「あの……これは、どういうことでしょうか?」
部下に聞かれて、ル=シッドは、騎士団長という身分も忘れて、『知らん』と言いたくなった。若造がこそこそと素材の在処を探っているのではなかったのか。
「馬鹿、お前、誰に向かって口を聞いてるんだ!」
「申し訳ありません団長、何とか明日の夜までにはご報告できることが増やせるようにします!」
「後れを取った騎士たちには後で懲罰を――」
「いや、いい。君たちはよくやってくれている」
ル=シッドを素直に慕ってくれる部下たちは、一声かけただけで感動に打ち震えた。
「選抜チームに入れてくださったこと、望外の喜びです。団長のために全力を尽くします」
「無理はするなよ。これは私にとっても不測の事態だ」
連れてきた騎士たちには作戦の全容を知らせていない。今回も、曖昧に『墓を荒らしている者がいるようだ。魔獣かもしれない』と伝えてある。
部下たちの懸命な調査も空しく、同様のことは翌日にも起きた。
――何が起きている……?
少し作戦を立て直す必要があるだろうか。
歌の化け物について専門家の見識を聞いてみたいが、あいにく魔術師は選抜から外していた。気配を読むことに慣れた剣士を多く揃えてきたのである。実体があり、殴れる生身の肉体を持つ人間には滅法強い反面、不定形の化け物、怨霊、霊的な魔獣には弱い奴らだ。
かくいうル=シッドもまた、化け物は苦手であった。ここに来てからずっと、タチの悪い、粘つくような魔力を感じている。ほんのわずかな魔力の変化も察知できる鋭敏な感覚神経も、へばりつくような煩わしさに塗り込められて鈍っており、どうも調子が出ない。
不思議な女の歌声がしたという現場には、新しく土を掘り返しては埋め戻しているような痕跡も見られるが、女が一晩で掘り返せる土の量ではないし、もしも土を掘っていたのなら、その場面も目撃されていなければおかしい。
それに、騎士たちが手も足も出ないのもまったく奇妙なことであった。彼らは剣技の腕前で言うなら、精鋭中の精鋭だ。彼らにただの一撃も許さず沈められるのは氷の公爵くらいだろうが、彼は土を掘るのは単純に苦手であったと記憶している。土砂崩れに巻き込まれたとき、そのような解説を聞いた。
――魔術師を呼べれば呼びたいところだが……
先日、大量に捕まったばかりである。魔術師協会と兼任で働いていた者も多かったため、そちらの方面から引っ張られた魔術師もかなりの数に上った。これ以上移動させると治安維持の方面に支障が出かねない。そうでなくとも幹部連中は武器屋の件の対応に追われているのだ。その場に居合わせることさえできれば、たかが賊が数匹、自分の手で何とでもするつもりなのだが。
ル=シッドは少々作戦を変更し、発見し次第とにかく自分が駆けつけられるよう、連絡を徹底させることにした。
◇◇◇
『墓場』の入り口にある騎士の詰め所にて。
若い騎士は極限まで鍛え抜いた上腕を震わせて、しばらく堪えていた。剣の柄に手をかけ、今しも抜こうとするのを、どうしてか自分でも止められないのだ。
剣を抜くのだけはマズい。こめかみが火を噴きそうなほど強く念じて、制止をかける。
その様を薄く微笑んで眺めているのは、第一王子のアルベルトだった。
「貴様っ……! 俺たちに、何をした……っ!」
詰め所にいた騎士は、すでに倒れ伏している。自らを第一王子と名乗る不審者たちと言葉を交わしたとたん、次々と様子がおかしくなり、明らかな安っぽい挑発に乗せられて、抜刀したのだ。
「なんだ、これは……!」
最後に残った騎士も、自分が自分でなくなるような感覚に堪えていた。
ふっと意識を消失した騎士が崩れ落ちて動かなくなるまで、アルベルトは笑って見ていた。
対照的に、連れてきた氷使いの魔術師はくすりともしない。
「貴様とは何だ。不敬だぞ、こちらの方をどなたと心得る」
「気絶させてしまったの?」
「口の利き方がなっていませんでしたので」
「それだけで? 先走りすぎじゃない?」
苦笑しながら、崩れ落ちた騎士のサッシュベルトから金具を取り外し、下がっていた鍵の束を拾い上げる。
「査察だから少し見せてもらうね。何事もなく終わるから安心して。誰も来ていなかったし、何も起きてなかったんだ」
意識のない相手に声をかけ、周囲に漏れ出る金と赤のオーラを完全に抑え込むと、アルベルトは主塔にあたる部分を目指すことにした。
リゼ、客からドラジェを貰って帰ったのに今日はディオールがいないのかぁと思って過ごす




