238 リゼ、おじさん同士のゴタゴタとは無縁で犬と一緒にお店をして一日を過ごす
「今度は『墓場』の方を荒らされた」
素材を獲るために持ち帰った魔獣は、一か所に集めて埋葬する。その場所を、騎士団内では『墓場』と呼んでいた。魔獣の身体は魔力を含んでいて腐りにくいため、自然に魔力が抜けるまで置いておくのだ。埋め立てた残骸を狙って魔獣が掘り返しにくることもあり、普通の人間はまず近寄らない。
報告によると、深夜に何者かが侵入し、墓を掘り返しているところを、見張りの騎士が発見したとのことだった。妙な動きを見せたため、斬りかかったものの、あえなく返り討ちにされ、犯人は逃走している。
「素材の隠し場所と考えたのか。面白い発想だが」
「徒労に終わってさぞ無念であろうよ」
墓場に侵入されたところで痛くもかゆくもない。見張りを立てているのは、むしろ民間人が迷い込んで危険な目に遭わないようにするためであり、勝手に立ち入って怪我をしたところで、騎士団には何の関係もないのだ。笑い飛ばし、本丸の警備を強化したが、なぜか続けて二度、三度と侵入を受けた。見張りの担当は全員負傷させられ、犯人を取り逃がしている。
「そんなところに素材は隠していないのだが……どういう基準で突撃してきたのだろうな」
「なぜ捕らえられない? 負ける要素はないだろうに」
魔獣が出没する墓場の見張りにつくのは、就寝中の不意の襲撃にも即座に対応できるような、融通が利く中堅どころであり、決して並みの騎士に後れを取るような弱者ではない。
「それが、恐ろしく手強いそうで」
「……例の氷使いの公爵か?」
「火炎使いらしいのですが、姿が完全に見えなかったと言っていましたので、王家の手の者かと」
「誰だ? 記録にいたか?」
「さあ……」
「まあいい。とにかく全域で警備を強化しろ」
ル=シッドは報告を聞きながら、苛立っていた。
迷惑千万な輩どもである。墓場にあるのはめぼしい素材をはいだ後の廃棄物のみであるというのに。そこに申請漏れの素材を隠しておくという手は思いつかなかったが、仮に見つける気でいるとするなら、広大な敷地をすべて掘り返すまで止めないつもりなのだろうか。徒労を重ねる奴らを相手に高みの見物を決め込むこともできるが、ここで排除しておかねば、いずれは他の場所にも調査の手が伸びてくるだろう。叩けば埃の出る身、何とかしてやめさせたいところではある。
――いっそ捕まえて、直接抗議してもいいな。
タルンカッペを使用する人間はおそらく王子に近い位置にいるだろう。下手をすれば貴族の子息が交じっている可能性もある。無闇に傷つければ面倒くさいことになる。正当な防衛だったとこちらがいくら言い張ろうと、納得させられなければ意味がない。ただでさえ王家から睨まれている現状、この上貴族連中が騎士団にヘイトを向け、王家と一致団結して妨害をし始めたら、さらに事態がややこしくなる。
氷使いの公爵も、直近では参加していないようだが、そのうち出てこないとも限らない。安全に捕縛するには、それなりの人員が欲しい。
「いいだろう。私も出る。いくら気配を殺そうと無駄だ」
確実に動きを捕らえられる面子を集め、カタをつけようと決意した。
◇◇◇
第一王子のアルベルトは手書きの地図を片手にずっと考え込んでいた。
工房の襲撃を皮切りに、騎士団内の警備が大きく配置換えされた。普通に考えれば、守りが堅くなった部分に何かがある。何とかしてタルンカッペを駆使したメンバーに探りを入れさせようとはしているが、警戒ぶりも以前の比ではなく、なかなか情報が手に入らない。
――どこか手頃な場所をつついてみようか?
陽動的に警備が手薄な部分を荒らしていくという手もある。しかし、捕まるリスクと見合わない。
完璧ではないが、しかし、彼らが重要だと考えている施設は何となく見えてきた。やはりサントラールの王都にある本部がもっとも厳重な警備体制にある。
――隠し武器庫があるとしたらこのどこかだけど……
しかし、本部ならすでに調べ尽くした。隠し倉庫を作れるようなスペースはない。過去に何度も査察を向かわせている場所でもあるので、また新規に立ち入り検査を申し渡してもいい。
ありもしないものを守っているように見せかけ、こちらの目を欺こうとしているのだろうか。まばらで散発的な警備兵の見取り図を見ていても、細かいことは分かりそうにない。
思いあまって自分の足で赴き、本部の内部をうろついたりもしてみたが、成果は出なかった。次はどうしたものか。
思案していると、思わぬ報せが舞い込んだ。
「魔獣の墓地の付近で騎士が不審な動きを見せています」
厳重な警備がされているという。何事かと、危険を顧みずに接近した偵察によると、広大な墓地に少なくはない手練れの騎士を何人も配置して、ぐるぐる巡回させ、さらには櫓に見張りも大量に立てている、ということだった。
よほど人に見られたくない何かがあるのだろうか。
側近を集めて検討させたが、特に何もそれらしい情報は出てこなかった。
「さて、どうしようか」
しばらく捜査をやめるのがもっとも無難だ。厳戒態勢を続けるといっても限度がある。ひと月も待てば、何も起こらないから、と、気が弛んでくるだろう。
しかし、待つということは、向こうに猶予を与えるということでもある。万が一本当にこの場所に何かが隠されているのだとしたら、待っている間にこっそり移動されてしまうかもしれない。
想定しているような武器庫があるのであれば、移送にはそれなりの量の荷馬車なり何なりの準備が必要だろう。あるいは、荷馬車のようなものも施設内に隠し持っているのだろうか。
そこまで考えて、アルベルトは自分の発想が根本的に貧困であったことを悟った。
大荷物の持ち運びだから、道路の方に注目していれば見落としは発生しにくいはずだと踏んでいたが、何しろモノは魔道具である。
魔道具の中には、通常考えられないような収納、運搬能力を有するものが存在したとて、不思議ではない。だとすれば、捜索の範囲はアルベルトが考えていたよりずっと広くなる。
最初から見当違いの絞り込みをかけていたとするなら、この墓場の布陣は、十中八九罠だろう。誘い出して、うるさく嗅ぎ回るネズミを始末するためのものだ。
――お誘いはお断りした方がよさそうかな。
とはいえ、この誘いを蹴って、他にどんな手があるのかと問われると、難しいところではあった。
情報は欲しい。しかし厳戒態勢の敵陣に突っ込むのは自殺行為だ。
ひとりだけこの状況でも何とかできそうな人物に心当たりはあるが、出向いてもめぼしい情報があるかどうかも分からないので、リスクに見合わない。強制するほどではないだろう。
――一応、お誘いがあったことだけは教えておこうか。
氷の公爵は暴れる機会を窺っているはずだ。手段を問わずどんな調査もしていい、邪魔が入ればいかなる魔術で排除しても構わないという、査察証らしきものでも持たせておけば、勝手に可愛い婚約者の敵を探し出して、報復してくれるだろう。何だったら、王子の自分がついていってもいい。
王族に手を上げた、という最強の言いがかりで行う『高貴な当たり屋』の粛正は、圧倒的な技量の魔術師にとってはさぞ爽快に違いない。




