237 リゼ、知らないおじさんたちのパワー理論とは無関係に公爵といちゃついて過ごす
◇◇◇
サントラール騎士団長ル=シッドのもとに、魔道具師の工房から出火したという報せが入ったのは、事件が発生してから三十分も後だった。
必死にかけつけたころには、騎士団併設の工房は焼け野原にされていた。
「侵入を許したのか!? ここをどこだと思っている!?」
王国最大級の規模を誇る騎士団の中央本部である。魔獣との戦闘に備えて築き上げた要塞型の宿舎には多数の騎士が魔獣の出没に万全の備えをして詰めており、結界の強度は並みの魔獣を寄せつけぬほどだ。
工房は、民間人には入り込むことも難しいエリアに位置している。
「冗談でもあってはならんことだろう!? 騎士が雁首揃えて何をしている!?」
「それが……その……まったく侵入に気づけなかった……ということで……」
「誰だ!? 魔力の反応は出たのか!?」
「いえ……今調べている最中です」
「死傷者の数は!?」
「幸い、軽傷で済んでおります」
よかったと言うべきなのだろうか。
ほんの数名の魔術師に中枢への侵入を易々と許したばかりか、人的損害を被った、となれば、面子も丸つぶれの由々しき事態だが、治療できる範囲の被害で納まっているのならひとまず慌てる必要はない。
「襲撃者の特定を急いでくれ」
混乱を極める現場の情報が整理され、全容が見えてきたのは、翌日のことだった。
「では何か?」
呼び集めた幹部のひとり、魔術師長が皮肉っぽくあざ笑う。
「突然、何もないところから雲合霧集のごとく賊が現れ出た、と」
賊は三名で、工房の魔道具師を拘束すると、隅々まで調べ回ったあと、内部にある魔獣素材や倉庫の配置などについて突っ込んだ質問をしてきたという。
拘束された魔道具師らが隙を見て異常を報せる目的で使用した、殺傷力は薄い信号用の火の魔法で、運悪く施設内の可燃物に引火を起こして大爆発、賊はどこかに消えてしまった。
現場の検証がなされたあとであったため、その賊が使用していたのは姿を消す魔法ではなく、魔道具の類いであろうとの結論に至った。
『例のマントか』と誰かがつぶやく。
「目的は? あそこには何もないぞ」
「素材を探していたと言っていたじゃないですか。魔獣素材の横領あたりの証拠を取りに来たんでしょう」
「……今更そんな細かい証拠など集めて何とする?」
武器屋の襲撃事件を通して、ル=シッドたちはすでに反逆の企図ありと見なされて処刑されてもおかしくないだけのネタは握られてしまっている。
今のところ平穏に過ごせているのは、王家が何かを企み、公表のタイミングを調整しているからである。
何であるかは不明だが、調整期間にル=シッドたちはどうにか実行犯の首切りだけで済むよう裁判の準備をしているところだった。
最大の誤算はグルだった魔術師協会が証拠の捏造を行っていたことまで暴かれてしまい、無関係な末端の暴走だという主張がしづらくなったことだが、それが却って騎士団員の反骨心に火をつけたような節もある。
やられたのであればやり返す。
いっぺんぶった斬ってみて、相手が立ち上がらなければこちらの勝ち。
シンプルにそんな論理で生きてきた騎士らに、裁判などという人間の文化は理解しづらかったのであった。証拠というものが何ほどの効果を持つかも、実はよく分かっていない。サントラール騎士団における証拠とは、上があるといえば『ある』し、ないと言えば『ない』ものだからである。裁定がなされたところで、処罰を強制できる実行力が伴わなければ意味がなく、また、実行力があるものは、証拠などなくとも法規を課すことができるからだ。
さしあたって、高等法院が『ある』と判定したところで、如何とするのかが問われることになる。さほど強くはない組織力で、何ができるというのか。
巨大な暴力組織であるサントラール騎士団を、一定の権威が伴うとはいえ、武力でははるかに劣る王家と貴族、神官からなる裁定者たちが、どれだけ従えられるものか。
過去を遡ってみても、巨大な組織同士が――聖職者と王族、貴族、あるいは他国とが争う場面では、法を強制執行する力、すなわち戦の能力こそが最も重要であった。
要するに。
ごく普通に裁きを受けたのでは絶対的に不利、絶望的な状況だと悟ったサントラールは、力こそ法理、という古より伝わる騎士の必勝パターンでゴリ押しすることにしたのであった。
「証拠そのものはさしたる問題ではない、と、ずる賢い王家であれば分かりそうなものであるが」
「武器を押さえようとしているのかもしれません。あちらほどではないですが、多少は弱体化が見込めます」
「面白い。できるものならやってみればいい」
「二重に滑稽よの。我らの宝物庫はそうそう見つからぬであろうが、取り上げられたところで痛くもかゆくもない」
「ああ。いずれは小賢しい策略で矛を交えることもあるだろう。しかし、我らは絶対に落ちぬぞ」
「しかり。争いを決するならば決闘にて」
人の法には様々な形があるが、決闘裁判とて歴とした紛争解決の手段であり、現在でも有効な法とされている。王家は何度か禁止の触れを出しているが、それは貴族同士のこと。こと騎士という職能の人間にはその触れが通用しないのは慣習によっても明らかであり、それがまた国内の治安維持を難しくしている一因にもなっていた。
騎士にとっては力こそ法である。騎士がそうして力を恃みにおのが身を自ら助く権利を手厚く保障されているのは、魔獣の牙の前にはどのような法も通用しないという無常観を、この国に生きる誰しもが共有しているからでもある。凶悪な魔獣を仕留めるのは騎士の義務だと正義を持ち出して説いてみせても、命をかける理由がなければ誰も剣を執ってはくれぬ。どれほど鼻持ちならぬ輩であろうと、剣を持つ者の横暴には目をつぶるのが、市民としての処世術となる。ルキアの神官からなる神学者たちも『騎士のすることには正義が宿る』と教えている。『聖典にもそう書いてある』と、そう言っている。
騎士の特権はときに王権をも凌ぐ。
――しかし、だからこそ、国王は騎士の特権を削り取りたいのであろうな。
ル=シッドもその件で悩みはしたが、最近は開き直りつつある。もはやことは起こってしまった。今更時は戻せない。
さしあたってサントラールが巨大化しすぎたことは否定できない事実だが、巨大な組織なればこそ戦いようもある。もはやこの国はサントラールの力がなければ成立しない。早晩魔獣に荒らされて文明が後退するであろう。
「とりあえず、しばらくは厳戒態勢を取ろう。侵入者が出たら必ず捕らえるんだ」
「おそらくくだんのマントで武装した若造が何名かだ。備えてさえいれば捕らえるのは造作も無いはず」
サントラールは国内最強の騎士団である。敵の手品が初めから不可視と分かっていれば、気配を捉えればいいだけのこと。修練を積んだ者からすればあくびの出るようなつまらない芸だ。
「念のため、本来の宝物庫も見張りを増やしておくか」
少々の警備体制の変更を行い、様子見となった。
平和ボケした貴族など触れただけで吹き飛ばせるような、熟達の騎士たちは、しかし、次の襲撃でことごとくその目を欺かれ、二度目の侵入を許すことになる。
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