234 リゼ、ニスの使い心地を語る
「そうか……ちなみに引火しやすいのはどれだ?」
「魔石です。かまどの燃料にたくさん置いてるので、そこに燃え移ったら一巻の終わりです」
「管理はどうなってる?」
「えーと……」
うちでやってるのは、火の魔石が反応しないように、水の魔石を間に詰めておくやつだ。こうするとなんかいい感じに安定する。
ひとしきり説明を聞いても、ディオール様は納得いかなそうな顔をしていた。
「他には?」
「そうですね……ニスとか、絵の具とか? 原料の天然樹脂とかもです。特にニスは揮発性が高いので、ポンポンのゴミを放置しとくと、勝手に燃えます」
「ニスか……」
盲点だった、と言わんばかりの独り言をもらすディオール様。
「それは厄介だな。あちこちに置いてありそうだ」
「? ……いえ、ニスのポットは、大きなものは地下に置いてあります。小さいのはまとめて氷室です」
「小さいニスは? どのくらい燃えるものなんだ? たとえば、机の上に放置されているものなんかは」
「えっと……どうでしょう? ポンポンでもよく燃えるのを考えたら、ちっちゃいポットでも結構火を噴くと思いますけど……」
油絵を描く絵師の家で火事が発生することは、珍しくない。
絵の具を拭いたぼろ布とかをまとめて直射日光の当たるところとかに置いておくと、燃えてしまうのだ。
これはつまり、ニスを自然乾燥させると、火がつきやすい成分が空気中に充満するからなんだけど……
この成分、かなり低めの温度でも発火する。夏場の暑い盛りとかでも危ない。
ディオール様は難しい顔をしている。
「溶かしたニスはそんなに寿命が長くないので、たくさん作り置きすることはあんまりないと思いますが……今は冬だから、ずぼらな人は一日くらいいいやって、そのへんに置いとくこともあるかもしれないですね」
わたしはやらないけど……
ちっちゃいポットに入れたものは三日くらいでカチカチになっちゃうので、使う量だけ作って、できる限り密閉して、氷室とかにしまい込む。
昔からあるやつ……つまり、古い油絵の画材に使われてたようなニスなんかだと、もっと乾きが遅いものもあるんだけど、そういうのは使いにくいのだ。冬で天気が悪いと、塗ってから何週間もずっと乾燥待ちしないといけないことがある。
わたしが知ってる限り一番乾燥が早い天然樹脂のニスは一時間くらいで重ね塗りできるくらいには表面が乾燥するけど、それってつまり、ポットもすぐに固まってきちゃうってことなので、使いやすいニスほど足が早い。その分、アルコールも充満しやすいから、火事のリスクは上がる。
「なるほどな。参考になった」
何の? と思うわたしに、ディオール様が大真面目に言う。
「火の魔術を使うときは気をつけよう」
「うちではちゃんと管理してるから、大丈夫ですよ」
火の扱いを間違えると大変なことになるって、ちゃんと叩き込まれているのだ。
「君はえらいな。魔道具師がみんな君くらいしっかりしていればいいんだが」
「え? えへへ……」
ディオール様が褒めてくれたので、わたしは何の話なのかを聞くのも忘れて、照れてしまったのだった。
◇◇◇
わたしはしばらく武器と防具を売るのに専念していた。
どうやらサントラールの方でゴタゴタしているというのは本当みたいで、冒険者さんたちがすごくよく来る。
ハーヴェイさんも二、三ヶ月は療養しながらくっつけた腕のトレーニングをしているってことだったんだけど、もう治ってて暇なのもあって、依頼をいっぱい受けているみたい。
ここ最近は王子様から借りた衛兵がいつもお店に来てくれるので、うちのことは気にせず依頼をがんばってくださいって言ってある。
活気づく冒険者さんたちの様子を見ながら、ふと思う。
わたしはどうすればいいんだろう。
武器防具が売れるのはありがたいけど……
「もっと切れ味を増やせない?」
魔剣の鍛造依頼でそう注文されて、わたしは「いえ」と首を振った。
……実は、やろうと思えばできる。
しばらく前に、切れ味のいい魔剣の【魔術式】を完成させた。
でもあれは、まだ十分にテストしていない。
予期せぬ暴走などが起きても責任が取れないから、まだ売るわけにはいかないかな。
ただ、わたしは自作の魔剣をどうテストすればいいのかまでは、おばあさまに教わっていない。
いったい、何を基準にして、何を合格とすればいいんだろう?
別に魔剣にはこう作らないといけないという決まりもないから、このまま売ったっていいんだけど……
……規制が何もないのも怖いなぁと、わたしはしみじみ思っていた。
それってつまりわたしが渡す武器の性能も、『アルマンデルの魔法書』みたいに、本来の用途以上に強力になってしまったとしても、誰も止めてはくれないってことだ。
魔獣は怖い、誰も怪我なんてしてほしくない。
でも、誰にでも魔獣を簡単に撃退できる武器が行き渡るのも、きっと怖いことだ。
そう思うと、騎士団の人たちがちょっと前まで魔道具を禁止にしようとしていた、っていうのも、そんなに間違いじゃなかったのかもしれない。
人を傷つけられるものは規制しないといけない。
騎士団の人たちにだけ特別に許可する、っていうのも、それなりにアリだと思う。
でも、一般人が武器を欲しがるのも、間違ってはいないと思う。
限られた人にしか自衛の手段がないのは怖いことだ。
騎士さんたちがかけつけてくれるまでの間に、魔獣に食われてしまう。
それに、武器を渡す騎士団の中に悪い人が多かったら、結局は悪用されてしまう。
いい方法って全然ないんだなぁ……
王様や王子様って、ずっとこんなことを考えてるのかな。
だとしたら、全然悩みなんて尽きないし、お仕事だってなくならないよね。
わたしだったら病気になりそう。
そんなことを考えながら、わたしはおゆうはんを食べたあと、ディオール様のところに行って、つらつら喋った。
「どう思いますか、ディオール様」
「どうと言われても……逆にどんな答えを期待しているんだ?」
特に話にオチとかは求めてなかった。
ただ、聞いてほしかっただけだった。
最近のわたしは夜にディオール様のところに行って、その日あったこととか、どうでもいいことなんかを話すのが日課になっている。
「そうだな。まあ、君が考えることではない、と、陛下ならおっしゃるだろう」
ディオール様は特に心配とかはしていないみたいだ。
何のこともないように言う。
「規制すべきだと言われていないのなら、何を作って売ろうとまったく問題ない。本当に必要なら手を打つ」
「そうでしょうか……」
あんまりほしかった答えじゃないので、わたしはうなだれた。
規制されてなければ何してもいい、なんて、わたしは思えない。
魔道具師リゼ三巻の試し読み等が公開されております!
WEBからの主な加筆ポイント
・テウメッサの狐と戦う前日、お泊まり会でちょっといちゃつく番外編
・プールで遊ぶ番外編
・ブーツの試作品テストでディオールとリオネルが手合わせ
その他こまごまと書き直したので既読の方もぜひご覧ください!
詳細は活動報告にまとめてあります。
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