233 一方その頃の王子様(2/2)
「製作者がまだ偽物だとバレていないのは運がよかったね。でも、それもいつまで保つかな……ああ、当分は大丈夫だよ。今は魔法書の製作自体を完全に止めているからね。でも、敵がやたらと出所不明の武器防具を増やしてくるこの状況で、対抗策がないのは困る。王都が内乱に染まれば元も子もない。武器屋の襲撃でよく分かった、こんな稚拙な手しか使えない彼らに、政治は無理だ」
アルベルトの魂胆は大方彼の方にも見抜かれているのだろう。
こちらを見返す瞳が冷ややかだ。
「それで、陛下に禁じられた状態で、実行犯をどう処罰するおつもりなのでしょうか?」
考えられる手は何個か残っている。失敗したときのために、計画をいくつか並行して進めていたのだ。
「まず、隠し武器の出所を押さえたい。父上の望みでもある」
この線は、最初から最有力手と考えていた。あんな騒ぎがなければもっと進んでいたはずだったのだが、王立の騎士団員にも被害が出たため、やむなく止めていた。
人員不足はもはや自分で補うしかない。公爵ほど戦うのは得意ではないが、小道具も込みであれば多少は立ち回れる。
「ある程度戦力を殺げると確信する量が揃ったら、まずその線から接触を図る。寛大にも実行犯の処罰のみで済ませてやると取引を持ち掛けるんだ。あとは向こうがそれらしく実行犯にのみ罪を被せるシナリオを用意してくるだろう」
「突如自爆するやつらにそんな取引が通用しますか」
「しないだろうね。彼らには計算ができない。……でも」
それも織り込んで、ごくシンプルに、罠を考えるとするならば。
「隠し武器の立ち入り調査や、秘密裏の取引で、抵抗されたり、暴れられたりするようなことがあれば、やむなく……そう、やむなく、武力で対抗しなければならないこともあるだろう」
彼らは危険とみれば殴りかかる。動物と同じと考えればいい。
「君の出番だ。独壇場だろう?」
天才魔術師は自分の才能を過剰に持ち上げられるのを嫌う。しかし今回は、文字通り、彼が力を揮える舞台さえ整えれば、敵などいないも同然だった。
「軽く挑発して、先に手を出させればいい。動物の扱いなんてそれで十分だ」
さしあたって狙う場所も、すでに目星をつけていた。
「まずは彼らのお抱え魔道具師の工房から。彼ら、自分たちなら安全に管理できるって思わせて魔法の武具を独占したいのだろうから、やり返されればきっと驚くよ」
◇◇◇
そのまた次の日、わたしが栗のパンの材料を買いに市場に行くと、噂話で持ちきりだった。
「聞いた? また爆発事故ですって!」
よく野菜を買ってる農家のおかみさんが、わたしを見つけてそう言った。
「魔道具師の工房から出火したっていう話、聞いた?」
ひえ……
「怖いですねぇ!」
「火の魔石が出火元って言われてるみたいだから、しばらく気をつけた方がいいわよ」
うちも点検しとこ。火の取り扱い見直しとこ。
わたしはおかみさんにお礼を言って、乾燥した栗の粉を二キロ買った。
二キロの栗粉のパンは、お昼一食分にしては多めだ。
普通のパンと同じように、昨日こねて寝かせておいたパン生地に豪快に混ぜて、焼くだけ。
いい香りがする焼きたてパンは、大半をフェリルスさんに持っていかれてしまった。
「甘くてうまい! 甘くてどっしりして!! うまい!!」
「ちょっとだけ残してくださいよぉぉ……」
「冷めたらマズいのだ! これは! 焼きたてを頬張るのがうまいのだぁぁぁぁ!」
「マズくてもいいから残してぇぇぇぇ……」
ハラハラしながらわたしもぱくり。
栗の自然な甘みと燻製の香りが独特の風味になってて、すごくおいしい!
「冷めたらカッチカチになる! いいか、リゼ! とにかく早く食べるのだっ!!」
「はい!!」
なんて言っているうちに進んでしまい、結局、手のひらサイズの小さな丸パンふたつしか残らなかった。
「涙を呑んで二切れも残してやったぞ! 明日にでも食うがいい!!」
「はは~~~~」
これでもフェリルスさんにしてはたくさん残った方だ。感謝。
わたしはよくよくお礼を言って、そっとバスケットにしまい込み、お屋敷まで持ち帰ることにした。
ディオール様も栗パンが好きだとフェリルスさんが言ってたのを、わたしは聞き逃していなかったのだ。
晩ご飯の前にお部屋を訪ねていくと、ディオール様は腕に何かの軟膏を塗っていた。
「あれ? 怪我したんですか?」
消毒液くさい……というより、何だろう、これ。
焦げくさい……?
「実家から送られてきた。何かの新商品だそうだ」
「じ、人体実験……!」
つくづく過酷なおうちだ。
「今のところ何ともないが、腐ってきたらいったん切り取らないといけないからな」
と言って顎でしゃくった先に、アルコールランプと、そのランプで刃を炙るらしき、鞘入りのナイフが置いてあった。
「や、やめましょうよ!! そんな薬塗るの!!」
「心配しなくても、今のところ新商品で被害が出たことはない。念のための話だ」
「でもぉ……!」
「多少身を削ったところで治療術もある」
「鉛筆みたいに言わないでください」
わたしは泣きそうになりながら、震える手で栗パンを渡した。
「た……食べてください……! 削った分の血肉になると思いますんで……!」
「まだ削ってないが……まあいい。ありがとう」
パンをバスケットから取り上げるディオール様からは、焦げくさい匂いがした。
……アルコールランプで何かしたのかな?
あらぬことを考えていたら、ディオール様がふとパンを食べる手を止めた。
「そういえば……昼に少し話題になっていたが、魔道具師の工房は燃えやすいのか?」
お昼のニュースの炎上事件を思い出して、わたしは力強く頷いた。
「はい!! 燃えやすい物がいっぱいですので!!」
あれからわたしはおうちの可燃物をチェックして回るのに時間がかかってしまった。




