24 怖い魔術も知っています
わたしは慌てて背中の魔道具の安全ピンを抜いた。
暗殺者メイドが一足飛びに姉に迫る。
姉のケープは無惨にも燃え上がった。
大絶叫する姉の前で、暗殺者メイドの姿が消えた。
姿が見えないのに、近くにいた男女のマントやケープが次々と燃え上がり、あわてて駆け寄ってきた人たちも巻き込んで大きな炎となった。
間髪を容れずに、わたしは魔道具のシャワーを浴びせる。
あたりは一瞬にして水と泡まみれになったけれど、ともかくも火はすぐに消し止められた。
暗殺者メイドはその隙に壇上から消えていた。
会場のいたるところに置いてある展示品のマントやケープが火を噴き、あたりは大混乱に。
あの人を捕まえないと……!
姿が見えないのは、わたしが作った魔織を流用しているからっぽい。
わたしが作ったものだから、魔力が流れていると、なんとなく気配が分かる。
「公爵さま、ここをお任せしてもいいですか!?」
「分かった」
わたしは逃げる女の人を追いかけていった。
会場の隅にあった気配が慌てて外に出て、庭に行く。
わたしも必死に駆けてついていく。
魔術禁止の結界の外を、その人も見極めていたのかもしれない。
外の庭にさしかかったところで、暗殺者メイドは足を止めた。
「また会ったな、魔道具師ゼナの孫娘」
「クルミさんのニセモノ暗殺者……」
「私に名など意味はないから、好きに呼べばいいが」
「どうしてこんなことを!?」
暗殺者メイドは言わずもがなといったように、肩をすくめた。
「もう一人の孫娘が新素材を発表するというから、見物がてら引っかき回してやろうと思ったのだが」
「それで何になるっていうんですか!?」
「私の飼い主が、王子にあまり尖った魔道具を作られては困るとの仰せでな」
「諜報員……だから姉や王子様を見張っていたということですか?」
「その通りさ。この事件をきっかけに、この国の魔道具開発は大きく萎縮するだろう?」
暗殺者メイドは小気味よさそうに笑った。
「まったく君の姉が愚かで助かった」
それからすっと怖い顔になる。
「勝手に自滅した上に、妹まで手土産にしてくれるとは」
ペラペラしゃべったのも、わたしを連れ去るつもりだからってこと!?
わたしは先手必勝でびゃーっと糸をあたりにまき散らした。
でも女の人は余裕で全部切り落とした。
「お前が妙な技を使うことは分かっている。魔道具関連の魔術だろう? 元ネタが知れていれば大したことはないな」
女の人はわたしをなんなくひねりあげた。いたいいたいいたい。
わたしが怯んだすきに、女の人は手枷をかけた。
「大人しくしていろよ。手に傷はつけたくないんだ」
親切に教えてくれる女の人のおかげで、わたしはとっさに打開策を閃いた。
両手で女の人の持っているナイフを握りに行く。
女の人がさっとナイフを引き、驚きの声をあげる。
「やめんか! 指がなくなったらどうする!?」
いまだ。
女の人とわたしの距離が開いた。
わたしが足に加速の術式をかければ――
術式は、発動しなかった。手枷の作用だ。
「魔封じの魔道具……」
「そうだ。もう妙な真似はするな。あまり暴れるようなら薬で眠らせる」
薬もあまり使いたくないような口ぶりで、わたしはちょっと笑ってしまいそうになった。
この女の人にとっては、わたしは大事な手土産で、ちょっとでも商品価値を下げるようなことはしたくないんだ。
この人親切だから、わたしも教えてあげよう。
「魔封じの魔道具も、作ったことがあります」
「そりゃすごいな。期待が持てる」
暗殺者メイドはどこか上機嫌だった。
「中央の魔道具師は一通りチェックして回ったが、結局のところ、お前が一番だった。天才的な腕前をしていると思うよ。それに比べて、姉も両親もろくでもないな。悪いことは言わんから、わが主に仕えるといい」
あまりにもいい人。
公爵さまと同じこと言ってるや。
わたしは無視して話を続けることにした。
「……これ、たぶんうちの国の騎士団が主に使ってる魔道具ですよね。錠前の形式が似てますもん。なのに、騎士団の紋章が入ってない……っていうことは、正式採用品にはない、物騒な機能がついているはず。つまり……こういうことなんですけど」
わたしが手枷のある部分にあるツマミを爪でぐるりと半回転させると、内側に仕込まれていた刃がわたしの手首に突き刺さった。
刃がわたしの手首に食い込み、血を流す。
思った通り。これは拷問用の魔道具なのだ。
回しきると手首が落ちる――と脅すため、派手に出血するよう仕組んであるけど、殺傷力はあまりないということまで、わたしは知っていた。
「バカな真似を……!」
女の人が慌てて鍵を懐から取り出した。
鍵を外してもらったら、その瞬間に魔術を――
虎視眈々と狙っているわたしに気づいたのか、舌打ちをして、また違うものを取り出した。
「この薬を飲めば三日は起きられない。まれに命を落とすものもいるから、弱っている様子のお前には使いたくなかったが、仕方がないな」
わたしは流れてきた血を指先ですくい、手袋に素早く簡易の魔法陣を書いた。
手枷のロックを司る回路にバイパスを作って、起爆の術式をつなげる。
わたしが即興で描いた魔法陣は、血のついた手袋を媒介として、一個の魔道具として成立した。
個人の魔術を相殺する魔封じの力をすり抜け、発動。
手枷の錠部分が爆発し、だらりとゆるむ。
わたしは暗殺者メイドに手を伸ばし――
また捻り上げようとする暗殺者メイドには構わず、彼女が羽織っていた姿隠しのマントをつかんだ。
わたしが使えるのは、魔道具作成用の魔術だけじゃない。
【種火】の魔術で、姿隠しのマントに火をつける。
マントは一瞬にして燃え上がり、そこから伝って、暗殺者メイドが着ている、伸縮性の高そうな魔素材の服にも延焼した。
かなりの勢いで暗殺者メイドの全身が火を噴く。
彼女はためらわずにわたしから手を離した。
大事な商品にやけどを負わせたくなかったのだろう。
……こんなこともあろうかと、念のため、燃えにくい素材の服と手袋してきて本当によかった。ほぼ無傷で、手も問題なく動く。
火を消し止めようと、地面を転がる彼女。
……思ったより火が強い!
わたしはパニックになって、背負っていた消火器から、水のシャワーを浴びせた。
黒こげになった暗殺者メイドが、ぐったりと横たわっている。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
声をかけると、暗殺者メイドは笑い出した。
「敵の心配をするバカがどこにいる」
「いえ、あの……大人しく投降してくださったら、お医者さんを呼びますよ」
「必要ない。捨て置け」
で、でも、だいぶ怪我がひどそうなんですけど。
「分からないのか? この場は見逃してやると言っているんだ。早く行け!」
そうは言われても。
「……その怪我でうろうろするのは、よくないと思いますので、やっぱり連れていきます!」
わたしは落ちている手枷を拾い上げて、彼女の両手にはめた。ロック機能はさっき起爆で壊してしまったけど、代わりに硬度強化型の魔糸でぐるぐる巻きにして、外れないようにしっかり縛っておいた。
「歩けますか?」
暗殺者メイドさんに手を貸して、進む。
しばらく歩いていたら、彼女は激しく笑い出した。
「……暗殺者に肩を貸すバカがどこにいる。私はもう百回くらいお前を殺すチャンスを見逃してやってるんだぞ」
「わ……わたしだって、その気になったらもっと怖い魔術だって知ってます」
「お前にできるとは思えないが」
「やりたくありません。ですから、じっとしていてください」
暗殺者メイドはそれ以上何も言わなかった。
わたしはまっすぐに、火災のあったパーティ会場に歩いていった。
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