230 リゼ、病気にかかる
フェリルスさんはお菓子の匂いに敏感だ。
わたしが何か隠し持っていると、すぐに嗅ぎつけて「よこせぇぇぇ!」と持っていってしまう。
「ゆ、許してくださいー!」
わたしはフェリルスさんに取られないよう必死だった。
手に持っていたお盆を万歳のポーズで高々と掲げて、フェリルスさんのジャンプから守っていた。
「ダメですうぅぅ! これは違うんですぅぅ!」
「何が違うのだ!? 何も違わあぁぁぁん! ご主人のものは俺のもの! だぁぁぁぁ! 俺が寄越せと言っているのだぞ!? リゼ!! なぜ俺の言うことが聞けん!?」
「は、はは~~~~……! しかし……! しかし~!! お鎮まりください~……!!」
荒ぶる魔狼にひたすら許しを乞うてみたものの、フェリルスさんは聞いてくれなかった。
とうとう怒って、バウッ! と大きく吠える。
「何をおぉぉぉう!? リゼのくせに生意気だッ!!」
「お、お許しをぉぉぉぉ……!」
だってこれは、ティータイム用のお皿だもん!
ディオール様にコーヒーで一服してもらおうと思って持ってきたのだ。
お部屋の前でやいやい言い合っていたら、ドアがガチャッと開いた。
「うるさいぞ、お前たち。何を騒いでいるんだ何を」
苦々しげに言ったのはディオール様だった。
「リゼがご主人の嫌いなものを持っていこうとしているから、俺が食ってやると言ったんだ!」
「そ、それは分かってるんですけど……!」
甘い物は食べないので、持っていくだけ無駄。
それなら今ここで処分してやるから、違うお菓子を持っていけ。
フェリルスさんの言い分は正しい。
でも、今回はちょっと違うのだ。
「これは! ディオール様に食べてほしいんです! 面白いから!!」
「……面白い?」
「そうです!!」
ディオール様はわたしが持っているお盆を見て、首を傾げつつ、部屋を開けてくれた。
飢えた狼のフェリルスさんをディオール様がどうどうとなだめている横で、コーヒーポットからあっつあつのホットコーヒーを注ぐ。
「なんかこのコーヒー、すごくいい豆なんだそうです!」
「どんな豆なんだ?」
「えっと……どんなっていうのは?」
「産地とか、味とか、あるだろう」
「産地……?」
そういえば、いろいろ言ってたなぁ。忘れてしまった。
「よく分かんないんですけど、あんまり苦くなくて、おいしいなって思ったんですよ」
「そうか……」
わたしが興味のないことはさっぱり覚えないことを把握しているからか、ディオール様はそれ以上追及しなかった。
「それよりお菓子です! これこれ!」
「それは何なんだ?」
「クッキーです! これが! とーっても! 面白いんですよ!」
お皿には、小さく丸まったお団子状のクッキーが並んでいる。
粉砂糖できれいに飾り付けしてあって、見た目も可愛い。
『雪玉』という名前がついているのも納得のフォルムだ。
「どうぞ!」
熱心に勧めたら、ディオール様も義理で一個手に取ってくれた。
さく、さく、と噛んで、釈然としない顔をしている。
戸惑った顔がちょっと可愛い。
「どうですか!? ほろっとしましたか!?」
このお菓子、口溶けがよくて、すぐに溶けて消えてしまうのだ。
「……した」
そっかぁ!
ほろっとしたのかぁ。
よかったなぁ。
「面白いお菓子なので、ディオール様にも食べてほしかったんです」
「そうか……ありがとう」
お礼を言われて、わたしは嬉しくなった。
ディオール様は美味しくなかったら割とはっきり言う人なので、きっと好みだったんだと思う。
わたしは自分用に取り分けた小皿に手を伸ばして、そっちもディオール様の方に置いた。
「あげます!」
にっこにこのわたしに、なぜかディオール様がぎょっとする。
「どうした? 熱でもあるのか?」
「え? 別に……平熱ですけど……」
「妙なものを食べたりは? 外で食事はしたか? ここ数日の間できのこや野草などを食べた覚えは?」
治療魔法が使える魔術師らしく、テキパキとわたしの横に来たディオール様が、おでこに触り、口の中を覗き込み、手首を握って脈を見始めた。
本当に心配されてるぅ……
「何もないですよ……?」
「そんなわけあるか。君が食欲以外のものを優先するなんて、どうかしている」
え? わたしがお菓子をあげたから?
そんなに異常に見えたの……?
「え……でも、面白かったですよね?」
「君が食欲を諦めるほどのものではなかったろう」
「そんな……」
「何があった? よほどショックなことがあったんだろう」
「ち、違いますけどぉ……」
これはちゃんと弁明しないと分かってもらえなさそうな雰囲気。
そんなにおかしいかな?
わたしはただ、純粋に、面白お菓子を見せにきただけなんだけど……
「ディオール様は何でもくれるじゃないですか。わたしが真似したら変なんですか?」
「柄にもないことはしなくていいんだぞ。我が屋敷にある食べ物は全部君のものだ」
わたしは急に胸が苦しくなってきた。
そんなカッコいい台詞、今言う?
ディオール様の整ったお顔立ちに、後光が差して見えてくる。
氷みたいな薄青の瞳に見つめられるのが照れくさくて、わたしは少し落ち着かなくなった。
「……それ。それです。ディオール様ってわたしに何でも譲ってくれますよね?」
聖人みたいな人だと思ってたけど、たぶん、それだけじゃない気がしてきた。
「最近その気持ちが分かったんですよねぇ」
喜んでもらえるのが嬉しいんだよ。
それで、何でもあげたくなっちゃうんだよね。
「……」
ディオール様はしばらく絶句していた。
なんでそんなに驚いているんだろう?
そんなにおかしなことを言ったかな?
「……そうか」
視線を泳がせたディオール様は、これまでに見たこともないほどぎこちない動作で、恥じらうように少し顔を背けた。
わぁ、かわいい……
「なので! 食べてください!」
お皿を押しつけようとしたら、横ですごくちっちゃな鳴き声がした。
今にも死んでしまいそうなか細い声でヒャァーン……と鳴いたのは、フェリルスさんだ。
ハッと振り返ったら、真っ黒なおめめと目が合った。
思い切り悲しそうに眉(?)を下げて、うるうるのおめめで訴えてくる。
待っているのに。俺も食べたいのに。
なんで俺にはくれないんだ。
何も言われてないのに、そう言われてるのが手に取るように伝わってきた。
「フェ、フェリルスさんも! どうぞ!」
わたしがあげたクッキーはフェリルスさんのおっきなお口で、三回くらい咀嚼したら、全部なくなってしまった。
けど、フェリルスさんも嬉しそうだったから、まあいっか。
◇◇◇
夜寝る前に、クルミさんにぺちぺちと冷たい化粧水を塗ってもらっていたら、急にクルミさんがウフフッて笑い出した。
「リゼ様。ご覧になりましたか? ご主人様のあの腑抜けた顔」
「うれしそうでしたねぇ!」
先ほどお部屋に『もう寝ろ』とディオール様が言いにきたから、もうすぐ来る冬のお祭りに合わせて作っていた、お客様向けのノベルティの、雪だるまのオーナメントを渡したのだ。
なぜかディオール様はわたしが何かをサービスで作ったりあげたりすると嫌がるんだけど、今回は意外とすんなり受け取ってくれた。
それどころか、雪だるまのおててをちょいちょい突いて、ニヤけていた。
やー、あげる方としても気持ちがいいなぁ。あんなに喜んでもらえると。
「ああいう可愛い飾り物は嫌いかなって思ったんですけど」
「リゼ様にいただくものが嬉しくないはずがないではございませんか」
そうなのかぁ。
それなら早く言ってくれたらよかったのに。
「いつも『いらない』って言うから、わたしの作るものなんて嬉しくないだろうなーって思ってました。言ってくれたら何でも渡したのに……!」
「ふふふ、仰るとおりでございます」
クルミさんにも同意してもらって、わたしはますますやる気になってしまった。
雪だるまがアリなら、もっと色々作ってもよさそうかも。
――こうして、最近のわたしは、
何でもあげたい!
という病気にかかっていた。
……別に悪いことじゃないと思う。
仲良しをするのは王命でもあるし、わたしもディオール様とはもっとお話がしたい。
それに、ディオール様も喜んでくれるし、周りの人たちにも感謝されるしで、いいことずくめだ。
◇◇◇
七章開始します
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