229 リゼ、恋心が芽生える
◇◇◇
オルゴール、喜んでもらえてよかったなぁ。
綺麗な歌だったから、わたしもまた聞きたい。
次にまた会えたら、頼んでみよう。
――わたしは一仕事終えた達成感で、ちょっと舞い上がっていた。
本当はディオール様にもオルゴールを聴いてほしかったな、と思っていたのもあって、無性に会いたさが増していた。
勝手に見せたらいけないものだったし、持っていかなくて正解だったけど、うまくできたものを見てもらいたかった気持ちが、まだ消化しきれていないのだ。
「お話をしにきました!」
そう。お話です。
仲良しをするにはお話が大事なのです!
ピエールくんがそっと「今晩はこれにて退散いたしますね」と言い残して消えていく。
わたしとふたりで取り残されたディオール様は、嫌そうにベッドから起き上がった。
「寝るところだったんだが」
というより、もう寝てた。
髪の毛がめちゃくちゃだ。
お顔も眠そうで、まぶたがむくんでいる。
うたた寝中にハッと飛び起きて、目がしょぼしょぼしてるフェリルスさんみたい。
ディオール様もかわいいし、寝癖のフェリルスさんを思い出したらそっちもかわいいしで、二倍のかわいいだ。
ディオール様のこと、ずっと怖い人だと思ってたけど、最近は全然そう思わない。
廊下でばったり出くわしたりすると、まず、あ、かわいいな、と思ってしまう。
かわいい男の人が歩いているな、と思うと、ディオール様なのだ。
「急ぎの話か?」
「そういうわけでもないんですが……」
ベッドサイドに腰かけ直したディオール様のすぐ横に立つと、わたしはいよいよ髪の毛の乱れが気になって仕方なくなった。
……直してあげたい。
ダメかなぁ。
「……何をニヤニヤしてる?」
「え!? ニヤニヤしてますか!?」
慌てて顔を引き締めようとしたけど、無駄だった。
なぜだか顔が勝手にふやーっと溶けてしまうのだ。
髪の毛ぐちゃぐちゃのディオール様かわいい。
「あの……触ってもいいですか?」
寝癖、と、乱れた髪の毛を指さすと、ディオール様は無表情に自分で髪の毛をかき上げた。
手ぐしで乱暴に整えたあとにも、ちょっとだけ寝癖が残っている。
サラサラの髪質だから痕が残りやすいのかな?
わたしはつい手を伸ばして、片膝をベッドに勝手に乗り上げた。
ちょいちょいと仕上げをしてあげて、これでよし。
「ディオール様は髪の毛、サラサラですねぇ」
「……やめてくれ」
一気に嫌そうな顔をするディオール様。
軽く押しのけられてしまった。
「あ……す、すみません……! 失礼でしたよね……」
そうだよ、何で勝手に触っちゃったんだろ?
ダメだって分かってたのに、触りたいって思ったらついやってしまった。
……あれ?
でも、ディオール様だってよく勝手に触ってくるし……
いやいや、触ってくるからって、わたしもしていいってことはないよね。
本当に、なんで触りたいなんて思っちゃったんだろう?
……???
自分で自分のことが分からなくなって、頭に疑問符を大量に浮かべているわたしに、ディオール様が言う。
「そういうわけじゃないが……ろくな思い出がないんだ」
ディオール様は何を思いだしたのか、本当に嫌そうだった。
「髪に塗っている美容液は何かとこれまで何度質問攻めにされたか」
「あー……」
「家業だから嫌だとも言えない」
「お疲れ様です……!!」
かわいそうなディオール様。
そんなディオール様もかわいい。
「まあいい。何の用だ?」
「用っていうほどのことはないんですけど……」
「ならまた明日にしてくれ」
眠そうにあくびをかみ殺しているディオール様もかわいい、なんて思っているうちに、わたしはとっとと追い出されそうになっていた。
「あ、明日、また来ます!」
「ああ。帰ったら呼ぶから、そのときに」
やったぁ!
「いきなりですみません。でも、お顔が見られてうれしかったです!」
ドアの外、ばいばいするタイミングでそう言うと、ディオール様が少し目をぱちりとさせた。
目が覚めた、といわんばかりの顔だ。
「……ああ」
ディオール様は呆れたみたいに、少し笑っていた。
「私もだ」
小さなわたしに寄り添うように背をかがめ、こめかみに、ちゅっとしていった。
「また明日な」
そんな風に言い残して、ディオール様がさっさとわたしを締め出し、ドアを閉じる。
えへへ……
また明日、だって。
約束したってことは、特に用事もなく押しかけてきていいってことだよね?
言われたからには絶対に来よう。
それで、オルゴールのことも聞いてもらうんだ。
綺麗な歌を歌うドワーフさんがいたこと。その人のことを何よりも愛してた騎士さんがいたこと。
それで、それで……
ディオール様と一緒に歌を聴きたかったこと。
でも、そんなこと言われても困っちゃうかな。
知らない人たちの思い出の曲を聴かされても……ってなっちゃうよねぇ。
わたしも、どうしてディオール様にそんなの聞かせようとしてるんだろう?
自分でもちょっとよく分からない。
きれいだったから?
たぶんそう。いい歌だった。
でも、それだけでもない、ような気がする。
歌に揺さぶられて味わった孤独感や、人恋しいと思った気持ち、そんなのを、みんなまとめて共有して、分かち合いたいと思う、この気持ち。
これって一体何なんだろう……?
……まぁ、いいか。
わたしはそれ以上深く考えなかった。
うきうきしながら、自分のお部屋に戻ったのだった。
六章終了
次回七章・復讐の天秤
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