228 女神のオルゴール(3/3)
「分かりません。でも、あんなに工作がうまい人は、魔道具師にもちょっといません。何なんでしょうね? 妖精さんとかでしょうか?」
くだらないことを言っている間に、蝶々は一匹、また一匹と消えていった。
オルゴールを鳴らすとまた出てくるんだけどね。
……わたしはそこで、はたと気がついた。
あ、あれ?
そういえば、わたしもオルゴールを直すのに蝶々さんを使っちゃってる。
「あ、あの、も、もしかして、わたしも、ネメシス様に粛正されたり、とか……」
バリガントさんは何とも言えない顔で、わたしに「すまない」と言った。
「……巻き込むつもりはなかったんだが」
ひ、ひえええ……!
「すぐに持って帰る。これ以上迷惑をかけるつもりはない。しかし、もうひとつだけ聞かせてもらいたい」
バリガントさんは何かのメモ用紙を取り出した。
「現場にあった文字だ。『傲慢』そして――」
『ネメシスは夜の娘。裁きの目を眩ませたくば、光のヴェールをさしかけなさい』
「この文字を書いたのは、どうやらあの蝶々のうちの一匹のようなんだ。文字のそばに、燃やされた蝶々の残骸が残っていた。燃やしたのはおそらくネメシスだろう。残骸に添えられていたのが、『傲慢』というメッセージだ」
バリガントさんが悲痛な表情で、わたしに迫る。
「教えてくれ、魔道具師のお嬢さん。光のヴェールとは、なんだ?」
知らない……とは、言えない雰囲気だ。
「ネメシスの神話には少し詳しくてね。ヴェールとの関連がないことは知っている。何かそういう魔道具があるのか? あなたほどの腕があるのなら、何か知っていることもあるだろう」
「わ、わたしは、あんまり本が読めないのでぇ……神話も、絵師ギルドさんとこで見せてもらったやつとかでしか知らなくてぇ……」
一般庶民は本が読めないので、聖典の内容も、お説教や、飾ってある絵画や、ステンドグラスなどから学ぶ。
わたしが知っているネメシス様の情報も、絵画ぐらいだ。
「ネメシスがヴェールを被った姿で描かれている絵画は見たことがない」
確かに、そうかも?
ネメシス様といえば、人間に復讐をする場面を書いたものと決まっている。
「……あれ? そういえば、ネメシス様って魔獣と一緒に描かれることも少ないですね……?」
魔獣の保護が好きなら、軛につながれた魔獣スレイプニルの守護者として描かれた絵画の一枚もあっていいはずだし、わたしも絵の勉強で目にしていたはずだ。
「……残っていないんだ」
バリガントさんはためらいがちに言う。
「消されている。おそらくは、ネメシス自身の手によって。何かを隠そうとしているようなんだが、詳しいことは掴めなかった。すまない、巻き込む気はないんだが……」
なになに? 聞きたい。
「何を言うんですか。ここまで来たら付き合いますよぉ!」
わたしも気になります。
バリガントさんは後ろめたそうに、ぼそぼそと続きを喋ってくれる。
「ネメシスの粛正対象はたいてい記録がはっきり残っているんだが……」
知ってる知ってる。
グレイプニルとかね。
「起源がはっきりしないんだ。彼女はある時期から、急に魔獣の守護者として活動するようになった。それ以前とそれ以降で、彼女の教えがガラリと変わっている。しかし、なぜなのか、記録がない。あったはずのものも、燃やされている」
「絵に残ってないのも、燃やされてしまったから、ということですか?」
おそらくは、と頷いて、バリガントさんは、わたしにすがるような視線を投げてよこした。
「頼む、何でもいい。知っていることを全部教えてくれ。ネメシスにさしかける光のヴェールとは、何だと思う?」
「うーん……」
わたしは一生懸命、過去に見た絵を思い浮かべてみる。
ひとつ、思い当たった。
「あ……曙の女神様は、夜明けにヴェールをはいで朝の光を表現することがあります。ネメシス様は夜の女神の娘なので、ヴェールが夜の比喩として使われてるかも、しれません……」
神様が出てくる絵には、こういうお決まりの比喩が使われることがよくある。
たとえば、神様が手に柄杓を持っていたら、その柄杓は、恵みの雨を現わしている。
「ただ、光のヴェールといえば、ふつうは、ふつうはですけど……ルキア様のモチーフとして描かれます。神殿で見たことありませんか? まばゆいヴェールを人間に与える、ルキア様の絵……」
「しかし、ルキアとネメシスには、関係がないだろう?」
「あるといえばありますよぉ……ルキア様が人間に与える光のヴェールは、夜に属するものすべてを遠ざける効果を持つものとして描かれます……暗闇だったり、死の神様だったり……」
もしもふたりの女神様が一枚の絵に登場するとしたら、はっきり上下関係が生まれるだろうなぁ。
「ネメシス様が夜に属するもの……夜の娘と判定されるのなら、ルキア様が光のヴェールを与える絵では、隅っこの方で立ち入れなくて忌々しそうにしている……そんな絵になるんじゃないかと思います」
そこでバリガントさんが、かすかに眉をひそめた。
口元を手で覆い、少し考え込むそぶりを見せる。
「……そうか。ならば、もしもネメシスを……なら、夜に……」
ぼそぼそとした呟きは、わたしにはよく聞こえなかった。
「では、魔道具だとしたら?」
バリガントさんの質問に、わたしは首を傾げた。
「光のヴェールの魔道具……ですか?」
「そうだ。もしもあなたであれば、どんなものとして作成する?」
「わたしは……」
ルキア様が織ってくれる光のヴェール……
「ルキア様から借りてきた奇跡で編み上げる……とかでしょうか?」
「少し作ってみてもらえないだろうか」
「え……?」
「小さな見本品でいいんだ」
「えっと、ただの遊びですよ? 本物かどうかは」
「それでいい」
わたしは戸惑いつつ、いつも作っている魔織をちょっとだけ編んでみせた。
そこに【魔術式】を載せて、光らせてみたりする。
「……これでどうですか?」
「なるほど。これがタルンカッペ……」
あれ? 知ってたんだ。
それもそうか。わたしの称号『ギュゲースの指輪師』を聞いて来てくれたんだもんね。
バリガントさんはそれで納得したようだった。
おもむろにマントから小さな革袋を外して、カウンターに置く。
……あれ? 多い?
修理代として見積もり請求していた金額をはるかに超えた量の金貨が詰まっているのが見えた。
「……ありがとう。あなたには何とお礼をしていいか」
居住まいを直して丁寧にお礼を言われたので、わたしは驚いてしまった。
「いえ、そんな」
「本当に助かった。あなたに迷惑をかけるわけにもいかないから、これで最後にするつもりだが、この恩は決して忘れない」
重たすぎる別れの言葉だと、わたしが驚いているうちに、バリガントさんはさっと身を翻した。
風のようにすばやく去って行く背中に、わたしは動揺しながら叫ぶ。
「お、おつりはー!?」
バリガントさんはわたしの制止も聞かず、そのまま出ていってしまったのだった。
あれ……
ま、また今度でいいかな……?
これで最後って言ってたけど、また来てほしいし、とりあえず置いとこう。
わたしはのんきにそう考えて、金貨をしまい込んだ。




