224 リゼ、王城にお呼ばれされる(3/3)
「リゼ、周波数の表はこれよ。これを二倍にすれば一オクターブ上、三倍にすれば二オクターブ上になるわ」
「お待ちになって! 五音階なら、そうね、この五つの数字の繰り返しになっているはずだわ」
「ええっと……とりあえず、見てみますねぇ……」
本当に何にも分かっていないわたしは、それしか言えなかった。
アニエスさんが天才なのは知ってたけど、マルグリット様も大概何を言っているのか分からない。
ピエールくん直筆のメモから数字を辿っていくと……
上からひょいっと、アニエスさんが覗き込んできた。
「……あら? これじゃないかしら?」
「少しズレてますが……」
「古代の曲でしょう? なら、調律の仕方も少し違うかもしれないわ」
「なるほど……!」
すると、かなりのことが分かる。
この箱のデータを使ってる数式を追っていけば、音を鳴らすためのコアな魔術式に当たるかもしれない。
大本の原理が分かれば、【魔術式】の修理も夢じゃない。
期待が高まったおかげで、わたしのやる気がマックスになった。
わたしはもっと精査するために、マルグリット様たちにお願いをすることにした。
「お願いです! こっちの楽譜も、数字に書き直してもらっていいですか?」
ふたりは面白がって、率先して取り組んでくれた。
わたしはいくつも質問しながら、通常の楽譜の読み方を教わりつつ、数字に直してもらったバージョンとを作ってもらったのだった。
――とても有意義な休日だった。
◇◇◇
それから数日。
わたしはいくつかオーダーがたまっていたので、先にそちらをこなした。
そのあと、再びオルゴールの【魔術式】に取り組むことに。
マルグリット様たちに教えてもらったおかげで、読み解きのヒントをたくさんもらえた。
音階は、基準となる周波数の繰り返しでできている。
それなら、二倍、三倍した数を探していけば、最初のとっかかりになるかもしれない。
マルグリット様が言うには、五音階……ペンタトニックスケールというそう。
その音の周波数も書き出してもらった。
その前に――
わたしはドワーフさんの【魔術式】を、見えるようにしよう、と思った。
ドワーフさんは、人間にはない熱源知覚を持ち、人の目には見えない色の文字で魔術式を描いている、という。
でも、実は、見えない色についてだったら、わたしはちょっと詳しいのだ。
【姿隠しのマント】。
あれは、究極的には、色を変える技術でできているから。
マントの仕組みを知りたがって、アルベルト王子がいくつもわたしに質問してくるけど、詳しい理論なんて何にも知らないわたしは、いつも困っていた。
「マントに、見えない色を乗せてます」
ずっとそう答えてたけど、アルベルト王子は『見えない色で染色する技術はない』と言って、取り合ってくれなかった。
布は、黒く染めることはできても透明な色では染められない。
ガラス窓は透明だから、中にいる人が見える。それと同じように、もしもマントをガラスみたいに透明にしたとしたら、中の人も透けて見えるはずなんだ、と。
「違いますぅ……透明な色で染めてるわけじゃないんですぅぅぅ……」
だって、透明な色を載せてるわけじゃないんだもん。
見えない色を載せているんだもん。
わたしは長い間、そのことをうまく説明できなかった。
なぜって、理屈を知らなかったからだ。
――光は音と同じで、形状が波なの。
無知なわたしに、アニエスさんはそう説明してくれた。
――周波数は、正弦波が一秒間に何回繰り返されたか……つまり、何回震えたかで、高さが決まる。
ディオール様はそんな風に表現した。
正弦波って何だろう……?
と思ってたけど、気づいてみればなんてことはない。
わたしは、その言葉を教えられるよりずっと前から、経験的に知っていた。
タルンカッペの見かけを変化させるために、直径が髪の毛ほどもない小さな波をいくつも操っていたからだ。
光の波長を、半分の長さにすれば、たいてい、その色は見えなくなる。
音の周波数を半分にして低いラにする――という操作が可能なように。
光の周波数を半分にして、不可視の色に変えることができる。
つまり、タルンカッペは――
光の波長に一定係数をかけて不可視光のパターンに変えてから、マントの外側でもう一度逆算して、戻しているのだ。
わたしがずっと繰り返し言っていたように、まさに『見えない色を載せている』というわけだったのだ。
となれば、ドワーフさんの【魔術式】も、『人間が見える波長まで長くしてあげる』ことで、見えるようになるわけなのだ。
そのための準備は、そう難しくない。
光の女神様の奇跡を借りてくるだけ。
わたしは新たに自分の【魔術式】を書き足して、ドワーフさんの【魔術式】に、色を載せた。
倍率を調整して、すべての魔術式が浮かび上がるようにする。
……これでよし。
ピエールくんの手を借りなくても、重ね文字がすべて見えるようになった。
これでようやく、読み解きができる。
◇◇◇
とりあえず見るだけ見てみよう。
ざーっと流しているうちに、最初に目に留まったのは、アニエスさんからもらった周波数の表にあるデータセットだった。
五つの音が収まっている。
わたしは軽くテンションが上がった。
これこれ、これだよ!
この五つは、他のどんな数字よりも重要なはず。
最初に見つけられるなんてラッキーだ。
ここを中心に数式を見ていこう。
一番初めに目についたのは、そのデータを何か別のデータと合成しているらしき数式だ。
これは何をしているんだろう?
わたしは演算用の魔術を起動し、ぽちぽちと自分で計算をしてみる。
弾き出された数字は、音階……?
でも、それにしては、幅が全然ない。
ほとんどが二百から二百五十ぐらいの間で収まってしまっている。
表によると、一オクターブ下のソ、ラ、シ、くらい。
オルゴールの曲はもっと音が高いので、その音域は全然使われていない。
何の音だろう……?
……まあいいか。
わたしはだいたい、よくよく考えてみて正解を導き出せたことがない。
考えている時間に休んでいると言っても過言ではない。
片っ端から読んでいった方が正解に近づける。
次いこう、次。
次に気になったのは、時間が設定してあることだ。
時間の経過ごとに、大きく数字を足したり引いたりしている。
これは何をしているんだろう……?
数字をいじったら音が変になっちゃうんじゃ……?
……まあいいか。
スルーして次。
さらに眺めている間に、どうも時間の変化がものすごく短い、と気がついた。
ほんの一秒を五千回、一万回、あるいはそれ以上に分割して、驚くほどたくさんの数字を足したり引いたりしている。
……これは何をしてるんだろう……?
足していっている音の箱を適当にどんどん開けていく。
数字ばっかりだ。
呪文は今のところ見当たらない。
どうも音は数字だけで表せる、ということみたい。
……何の音なんだろう……?
そんな感じで、わたしはあるだけの【魔術式】を見ていった。
◇◇◇
――分かったことその一。
この【魔術式】は、オルゴールの音色を加工する術式だ。




