223 リゼ、王城にお呼ばれされる(2/3)
「修理中のオルゴールも見てもらっていいですか?」
わたしはいそいそと、持ち込んだ旅行かばんから、壊れかけのオルゴールを出した。
「魔道具化されてるオルゴールなんですけど、マルグリット様のコレクションにもありますか?」
「いいえ。わたくしが持っているのは、機械のものばかりよ。借りるわね」
薄手の布手袋を嵌めてもらって、マルグリット様に触れてもらう。
「……可愛らしいオルゴールね。これなら、同じタイプのものをたくさん持っているわ」
「機械は、どこでも売ってるやつです」
「魔道具には全然見えないわよね」
「おねーさま、どういう魔道具なんですの?」
「それがですね、よく分からなくて……たぶん、音の周波数? がいっぱい格納されてるっぽいのは、確認したんですけど」
アニエスさんも横から眺めつつ、顎に手を置く。
「ピンで鳴らした音を元に、和音でも鳴らしているのかしら?」
マルグリット様もアニエスさんにつられて、むう、とした。
「ありそうね。元の音から周波数をいじって音を生み出せば、和音としても綺麗に調和するでしょうし、ピンを三本弾くより、綺麗な音になるかもしれないわ」
「なるほど……周波数……もしも直接いじれるのだとするなら、オクターブ上や下の音を出すのも難しくはなさそうですわね」
「そうね。高いラや低いラなどもすべて一本の櫛歯でまとめられるなら、コンパクトに収まるかもしれないわ」
「ラって何ですか?」
楽器をやったことがないわたしが素直にそう聞くと、アニエスさんがすかさず「基準音よ」と言った。
「音楽では、基準となる音はラ、周波数440と決まっているの」
「そうなの! 一本の弦の長さをちょうど二分の一にすると、周波数が倍の880になって、次のラになるのよ。この、ラからラのことを、一オクターブ、と呼ぶわ。オルゴールも、最初のドの櫛歯の長さが半分になると、次のドになるのだけど……この櫛歯の長さを、物理的に半分にするのではなく、周波数だけを半減させて、音を作っているのではないかと思ったの」
おっと、話が難しくなってきた。
まるで理解できそうになかったので、わたしは素直に泣きつくことにした。
「音楽、何にも分からなくて、途方に暮れてたんですよぉ……助けてください! ドってなんですか? 弦の長さが半分って?」
「わかった、分かったわ。順番に説明するわね」
ここぞとばかりに大量の質問をぶつけるわたしに、アニエスさんとマルグリット様は、丁寧に教えてくれた。
――数時間後、ちょっと休憩で紅茶を挟むころには、わたしにもオルゴールのことがぼんやり分かるようになっていた。
「――五音階、っていうんですか?」
「そうよ。このオルゴールは、それだと思うわ」
マルグリット様が、手袋を嵌めた手で、小さなピンセットを使い、壊れたオルゴールの櫛歯をピン、と弾く。
「この二か所の櫛歯の間の音が飛んでいるの。オクターブが五個だけのペンタトニック・スケールは、竪琴なんかの調律方法ね。わたくしもハープをすることがあるけれど、それよりもっと古いものだと思うわ」
と、マルグリット様は、天井に描いてあるフレスコ画を指さした。音楽の神様が竪琴を持っている絵だ。
「あれ、ああいう竪琴よ。弦の数がとても少ないわよね? 古代の竪琴はああだったのよ。今のハープは何オクターブも演奏できるように、弦の数も何倍もあるのよ」
素朴な竪琴の絵を見ながら、マルグリット様が、ふと何かを思いついたように言う。
「もしかしたら、お探しの原曲は、古代の歌かもしれないわね。まだ神様が身近にいらした頃の……」
「ねえリゼ、これ、楽譜に書き起こしてみてはどう?」
とは、アニエスさん。
「櫛歯の音階は並び順から明白よね。なら、残っているピンの部分だけでも楽譜にしたら、似たような原曲が見つかるかもしれないじゃない?」
「なるほど……!」
それはありそうだ。
「いいわね! せっかくだから、やってみましょう!」
乗り気のマルグリット様が筆記用具を持ってきて、アニエスさんと並んで、楽しそうにドラムをいじり回し始めた。
「……すべて全音よね?」
「リズムも一定だと思いますわ」
「長さも、一分もなさそうね」
なんて言って、五線が引かれた紙に、手分けして黒い丸をどんどんつけていく。
「ひしゃげているところも、元の長さから配置を計算できそうですね」
といって、アニエスさんがしきりにドラムの長さを測っている横で、マルグリット様も唸る。
「ピンがこそげ落ちてしまっている部分も、少し松脂が残っているわね。痕を辿れば、かなり復元できそうよ」
わたしとディディエールさんがぽかーんと眺めている間に、すぐ完成した。
「できたわね! ねえ、演奏してみましょうよ!」
ご機嫌なマルグリット様に連れられて、王宮内を大移動。
何分も歩いた先に、楽器がたくさんの音楽室があった。
楽器は、アニエスさんがクラブサン、マルグリット様がハープを選択。
「ゆっくりめの拍なら弾けそうです」
「このくらい?」
マルグリット様がぽろろん……とハープをつま弾き始めて、アニエスさんが伴奏を載せる。
ぽろん……ぽろろん……と、きれいなメロディが流れ出す。
メロディは途中が飛んでいるからか、なんとなく間抜けで間延びした感じで終わった。
「ものたりないわ~~~~!!」
「綺麗ですけど、間が飛び飛びで、曲としてはちょっと格好がつきませんわね」
「勝手に間を付け足してしまいたくなるわ!」
思い出の曲だそうなので、それはちょっと。
自分ならこうする、といったアイデアがふたりの間で出始めたところで、横で聞いていたディディエールさんがぽつりとわたしに話しかけてくる。
「おねーさま、抜けている音が【魔術式】に載っていたりしませんの?」
「……!!」
あるかもしれない。
「いいところに気づきましたね……!」
もしもそうだとしたら、オルゴールの曲を完全に再現して、レプリカが作れるかもしれない。
わたしはずっと持ち歩いてた【魔術式】の書き写しをざっと眺めて、それらしい箱に目星をつけようとした。一応。
「あのう……マルグリット様、アニエスさん……」
わたしはふたりに、本日二度目の泣きつき。
「音の、周波数? って、いくつだか分かりますか……?」
「いくつかしら……? 基準音以外は分からないわ」
悩むアニエスさんに、マルグリット様が待ったをかける。
「ハープの調律をするときは、弦の長さを半分にしたら一オクターブ下で、三分の一にすると三倍音になるわ。そして、基準の弦の三倍の長さをとって、それを二分の一にすると、ミよ。ミの三倍音の半分が、シ。あと二回繰り返すの」
アニエスさんは少し考えて、手を打った。
「なるほど、十二音階になるわね。ちょっとペンを貸してちょうだい」
「……???」
……こうして、わたしにはさっぱり何も分からないまま、音楽の周波数のメモ書きがわたしに手渡された。




