23 種火と書いてエンチャント・ファイア
「い、いや、あの、わたしと公爵さまは別に、本当に結婚するわけじゃなくて、ただの、偽装こんや――」
そこでいきなり公爵さまに口を塞がれた。
「失礼。私の愛するリゼがあなたに何か失礼なことを申し上げたようだ。代わりにお詫びしよう」
にっこり笑って、わたしの耳元に唇を寄せる。
「打ちあわせ通りにやれ」
「ひゃ……ひゃい」
わたしは逆らわないことにした。
「名前を呼んで、私を見ろ」
わたしはオロオロしながら、小さく「でぃ……ディオールさま?」と呼んだ。
公爵さまがわたし以外なにも目に入らないというように、正面からわたしを見つめて、頬に手を添える。
「どうした、私の可愛いリゼ。人ごみに疲れたか? 初めてのパーティだからな。二人きりになれるところに行こうか」
ほぼ見せつけてる状態のわたしたちに、女の子は泣きながらどこかに行ってしまった。
「あ……あの、よかったんですか? あの子、あんなに泣いて……」
「あとでフォローする。リゼは何も心配しなくていい」
あ、そうなんだ、と、ちょっとホッとした。
それにしても、公爵さまはちょっとベタベタしすぎのような。
「リゼ」
公爵さまが私の名前を呼んで、頬にキスをする。
――会場から悲鳴が漏れ聞こえてきた。
「今日の君は格別に可愛いな。あまり見ないドレスだが、新調したのか?」
「これは、わたしが自分で……」
公爵さまのくれるドレスはどれもちょっと胸元が開きすぎていたりして、着るのが恥ずかしかったんだよね。あんまり似合っていない気がしたし。
他にやらなきゃいけない雑用とかがないなら、このくらいのドレスは一日で仕上がる。
「君がか! へえ、すごいな。私が用意したものよりずっと似合っている。尊敬するよ、君は本当にすごい魔道具師なんだな」
公爵さまがわたしの手を取り、指を絡めてきつく手をつないだところで、さすがにわたしも恥ずかしくなってきた。
いや、恋人のふりまでは分かるし、我慢もするけど、魔道具師としてすごいとまで言われてしまうと、演技でお世辞だと分かってても、現実とあやふやになってしまう。
……でも、公爵さま、婚約するときに言ってたもんなぁ。
「好きだなんて言われても」
って先走るわたしに、
「いつそんなことを言った?」
って。
今回もきっと深い意味はないよね。勘違いすると恥ずかしいから、わたしも真に受けないようにしよう。
公爵さまの命令で意味もなく見つめ合わされたり、ハグしたり、お手々をつないでひそひそ内緒話したりしていると。
横手から大爆笑が聞こえた。
「あはははは、ほ、ほんとに女の子といちゃついてる! ディオールが! あはははははは!」
「……リオネルか」
誰? と目で問いかけると、公爵さまは「戦友だ」と、あんまり嬉しくなさそうに教えてくれた。
「しかもこーんなにちっちゃい子と! なにお前、ロリコンだったの!?」
「リゼは子どもじゃない。失礼なことを言うな」
「でもちっちぇえじゃん、あはははは、マジうける」
わたしはしゅーんとなった。
昔から大人っぽい姉に比べて、わたしは子どもに間違えられがちだけど、面と向かって言われるとやっぱり悲しいものがある。
「なになに、リゼちゃんっていうの? 初めまして。俺、リオネル。こないだの国家間戦争ではこいつが後方隊長で、俺が突撃隊長だったわけ。そういうわけで大親友なの。よろしくね?」
「よろしくお願いします」
リオネルさんは騎士風の制服を着ていた。
大きな槍斧が描かれたこの腕章は、ノル騎士団の人なのかな。この国には東西南北中央に五つの騎士団があって、それぞれ魔獣や魔物の討伐に当たっている。
「誰が親友だ誰が。貴様など知らん。壁にでも話しかけてろ」
「えぇー、つれないなぁ。リゼちゃんも酷いと思わない?」
「は……はぁ」
「うるさい、リゼに話しかけるな。この子はお前と違って純粋なんだぞ」
「ねえ、ディオールなんかに捕まって災難だね。何しろこいつ居丈高でブスッとしててムカつくでしょ? リゼちゃんもストレスためてない?」
「い……いえ、ディオール様は、とっても優しくしてくださいます……」
「ほんとぉにぃ? 無理してなぁい? なんなら俺に乗り換えるぅ?」
リオネルさんが軽薄にわたしの手を取ろうとしたところで、公爵さまがブチ切れてその手をはたき落とした。
「いってぇ! なんだよ、冗談だって……」
リオネルさんは公爵さまの目が冗談ではなく怒ってるのに気づいて、ちょっと気まずそうにした。
「そんなに怒るなよぉ……お前がやっと女の子に興味を示したっていうから、俺も嬉しくってさぁ。お祝い? みたいな?」
「なんで貴様に祝われねばならん。貴様は俺の親か」
「違うけどさぁ、もうほんとそんなに怒んなってぇ。そんなだから氷の公爵さまとかいうだっせえあだ名つけられんだって」
「人のこと言えた義理か、狂獅子隊長」
「氷より狂獅子の方がかっけえじゃん! 俺の勝ちーーー」
……とても仲がよさそう。
置いてけぼりのわたしに気づいて、リオネルさんがにこーっとした。
「どこで出会ったのか詳しく聞かせてよ」
「リゼがお前に話しかけることなど永遠にない。さっさと失せろ」
「こわっ! 俺怖いからもう行くね。またねー」
リオネルさんはさっと別の会話の輪をみつけて、そっちに入っていった。
「あいつに話しかけられても応じるな」
「……ディオール様は、リオネルさんのことはどう思ってるんですか?」
「珍獣」
「あ、じゃあディオール様の好きなタイプなんですね」
「……リゼは近づくんじゃないぞ。危ないからな」
否定しないってことは、それなりに仲のいいお友達なんだね、きっと。
公爵さまの交友関係がちょっとだけ見えた気がする。
色んな人とお話をして、会場で待つことしばし。
ようやく壇上に姉と王子様が現れた。
着飾った姉の美貌に、たくさんの人の注目が集まる。
「綺麗な人だねえ」
「王子様の婚約者だってさ」
「はー、賢そう」
姉は注目を集めるのがとてもうまい。
さらに姉がきれいな上流階級の言葉遣いで話し始めたから、周囲の人たちは釘付けだった。
姉の説明で新素材の説明が続く。実はわたし、あんまり上流階級の言葉って分からないから、何言ってるかいまいち分からない。
一生懸命聞き取った限りでは、魔力だけで糸を紡ぐメリットをこれでもかと並べ、夢の新素材、人工の絹なのだと持ち上げていた。
会場は大盛り上がりだった。
ちゃんと燃えやすいこととかも説明してほしかったけど、そちらは語られずじまい。
都合のいいところだけ並べるの、よくないと思うんだけどなぁ。
そうこうするうちに、壇上にアシスタントの女性が近寄っていった。
わたしはハッとした。
あの人、見覚えある!
暗殺者メイドの人だ!
小道具をまとめつつ、手に何かを持った。
手のひらより大きい箱。
箱からボッと火が出た。
【種火】の魔道具だ!
しかも普通の火つけ用魔道具とは違い、水中や猛吹雪、多重結界などの悪条件でも火を保たせる保護の術式がたっぷり組み込まれている。
だからあの大きさなのだ。
まずい……!
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