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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【六章進行中】  作者: くまだ乙夜
六章 女神のオルゴール編

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218 リゼ、図書館でチクチクされる(2/2)

 ――数時間後。


「うーん、よく分かりませんわぁ……」

「そうですねぇぇぇ……」


 結論から言うと、ドワーフ語は【魔術式】と全然関係がなかった。


 一部はちょっと似てる。でもそれだけ。


「綴り字の異体が多すぎるのですわぁ」

「つづり……?」

「こちらをご覧になってくださいまし」


 とディディエールさんが言って指したのは、ほぼ同じに見えるけどスペルが違う単語群。


 ある場所では『voies』、またある場所では『voix』、さらに別のところではvoiz、voeis、voce、vos、fois……と、無限のバリエーションがある。


 辞書によれば、どれも同じ意味を指している。


「この【魔術式】には、よく似た単語がたくさん使われているのですわぁ。こういう仕様は、魔術言語には見られませんの。表記揺れがあると、威力が弱まりますもの。韻律詩のように綴り字の異体を駆使してスペルを調整する魔術は近年研究が進んでおりますけれど、古典の魔術言語を上回ることはないと言われておりますわぁ」

「……???」


 何のことやら。


「綴り字のライムを揃えて書く詩は、書き言葉の視覚的な美しさを追求しているのですわぁ。でも、見た目の美しさは、威力には影響を及ぼさない、と言われておりますの」

「いえ、影響ありますよね?」


 それはおかしいと、わたしは直感で思った。


「ないんだったら、魔法陣なんかどうなっちゃうんですか? きれいに描けば描くほど強くなりますよ?」


 魔法陣だけはちょっと得意だから、分かる。


「あくまで魔術言語では、ということですわぁ。実は、あまり研究が進んでおりませんの。同じ呪文を唱えても、人によって威力が大きく変わってしまいますから、その呪文の何が威力を決定しているのか、という見極めが、とーっても難しいのですわぁ」

「そうなんだぁ……」


 まあ、それはそう……と思う。


 ディオール様なんかほとんど呪文がいらないもんね。


 呪文の研究より何より、まず練度を上げればいいじゃん、ってなっちゃうのもしょうがない。


「とにかく、綴り字の異体が多いのは、見た目がきれいな【魔術式】を描こうとしているからではないかと、わたくしは思いますわぁ。そうなると、単語をひとつずつ引いて調べても、あまり意味がないかもしれませんの。文法より、スペリングより、見た目の美しさを優先して文字を配置している……となれば、言語学的な解析のアプローチが意味をなしませんもの」

「……うん……?」


 ディディエールさんはディオール様の妹さんなだけはあって、たぶん、すごく賢い子だ。


 将来的には、わたしと話が噛み合わなくなるのもすぐだと思う。


 おねーさまって懐いてくれるのもいつまでだろうなぁ、と、余計なことを思いつつ、一生懸命聞き役に回った。


「ルールが決まっていれば、『これはvoixの核となる周波数です』という文章から、『voix』の部分をマスクしても、前後の文脈で意味が推測できますし、辞書を引くことだってできますわ。でも、ルール無用で、綴りが綺麗になる順番に『voceのコア、voixの根源、voice、愛す、溶かす、調和せよ』……と、なったら、難易度が上がってしまいますの」

「そう……ですねぇ……」

「そして、これが初学者には致命的な問題なのですが……辞書は音引きですから、同義のスペリング・バリアントを参照するには向いていませんわぁ。ドワーフ語の習得は、ちょっと難航しそうですわね」

「……」


 よく分からない。と言う代わりに、わたしは『今すごく深いこと言ってくれたなー』って風に、うんうんと頷いておいた。


 ひとしきり喋ってから、ディディエールさんが首を傾げる。


「要するに、おねーさまは、ドワーフ語まじりの【魔術式】を解読なさりたいんですの?」

「えっと……そうですぅ……」


 いま、けっこう無理めかな? って思ってたところです!


「でしたら、数式から見ていった方が早いかもしれませんわぁ」

「すうしき……」

「スペルの方はちょっと難しいですけれど、数式はほぼ共通に見えますわ。見慣れない括弧の括りなどもございますが、規則性は感じますわぁ」


 と、ディディエールさんが指した記号の群れ。


 実は、そっちは結構、見覚えがある。


 書式は違うけど、直感的に、何を書き表しているのかは分かるのだ。


 うまくは言えない。


 でも、【魔術式】には、こういう記述法がある。


 たとえば、[0]というのは、ある種の箱だ。


 呪文を格納する領域、箱。その『型』を宣言しているのだと思うし、この型の中に入っているのは、おそらく数字だろう、というのも、型の宣言を見たら分かる。


「ドワーフさん流の【魔術式】について書かれた本があればいいのですが……」

「見当たらなかったですもんねぇぇぇ……」


 たぶん、製法の秘密、というやつなんだろうね。


「数式かぁ……」


 結局のところ、それしかないのかぁ……


 打ちひしがれているわたしを、ディディエールさんが励ましてくれる。


「おにーさまはそっちの分野だと天才ですの! ご相談なさっては?」

「そうしますぅ……」


 わたしの周囲だと、というより、この国だと、ディオール様の手を借りるのが早そう。


 会いにいくのは気まずいけど……


 でも、永遠に逃げ続けるわけにもいかないもんね。


 いつかは必ず、話をしないといけない日が来る。


 ……その結果、決定的に関係を壊してしまうことになったとしても。


 とはいえ、今日はディディエールさんが手を貸してくれるというので、わたしは知りたい順に、片っ端からドワーフ語を翻訳してもらうことにした。


 魔術式には、自分で定義した造語を使うこともよくある。


 その造語のネーミング規則にはその人の個性が出るんだけど、これはドワーフ語が元になっているっぽい。


 だったら、語源を知るだけでも、中身が読みやすくはなる。


 主だった単語を翻訳してもらって、ぼんやりとだけど、何の【魔術式】なのかは推測しやすくなった。


 欲張ってどんどん調べてもらっている間、ディディエールさんがふとした拍子に言う。


「そういえば、おねーさまは少しドワーフっぽいですわね」

「そうですか?」


 初めて言われた。


「小さくて可愛くて、人なつっこい性格の子は、ドワーフの血が入っているとたまに言われますわぁ。おねーさまみたいですわね!」


 その特徴だと、わたしは真っ先にピエールくんを思い浮かべる。


「でもわたし、おばあさまは王家の人間だし、純粋な人間だと思いますよぉ……」


 王家の結婚って、たいてい他家の王族か、高位貴族でガチガチに固められているから、異種族が来ることはないと思う。


「お父様は?」

「うーん……小さくはなかったです。お姉さまもすらっとしてました」

「おじいさまかもしれませんわぁ」

「おじいさまは……わたしがちっちゃいときに亡くなっちゃったので、あんまり覚えてないんですよぉ……」


 どんな人だったんだろうなぁ。


 洋服の仕立屋さんをしていた、って言ってたけど、今はその洋裁店も、人の手に渡ってしまっている。


「でもわたしは、おばあさま似だって飽きるほど言われたんですよね」


 お母様によると、魔道具を作るのは上手だけど、それ以外のことがなーんにもできない人、だったそうで、お金の管理で苦労したってよく言っていた。


 後先考えずに高価な宝石の原石を買ってきて、売れる見込みもない芸術品を作ったかと思えば、ほとんど利益なんか出ない、慈善事業みたいな魔獣討伐用の武具の製作を引き受けたりすることがよくあったみたい。


 お母様がすごくお金にこだわるのも、お祖母様に苦労をさせられたからだ、とは言っていた。


 わたしは特に悪いところがおばあさまにそっくりだから、それで余計にイライラするんだ、とも。


 ……思い出したら悲しくなってきちゃった。


「わたしがドワーフさんっぽいんだとしたら、きっとドワーフさんも、今の世の中は生きづらいんだろうなぁって思いますねぇ……!」

「そ、そうかしら……? わたくしはお友達にいてほしい方々だと思いますわぁ」


 ディディエールさんのフォローも沁みる。


 わたしは何となく、ドワーフさんたちに仲間意識を持ち始めていたのだった。


◇◇◇


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