217 リゼ、図書館でチクチクされる(1/2)
◇◇◇
ひとまずわたしは、オルゴールの【魔術式】をピエールくんに見てもらうことにした。
前にドワーフ様式の魔道具を見せてもらったとき、三色の文字が重なって見えるって言ってたことがあるから、このオルゴールもそうなってるのではないかと思ったのだ。
「うーん……そうですね。確かに三色の文字が重なってはいるのですが……一色ずつとしても、僕には【魔術式】がそもそも読めませんので……一部、数字と、ドワーフ語の原語が使用されている部分だけはなんとか分かりそうですが、すべて読み解ける、というわけではございません」
なるほどぉ……
「じゃあそれでもいいです! 分かりそうなとこだけ、見たまま書き写してもらってもいいですか?」
かなり面倒なお願いだったのに、ピエールくんは快く引き受けてくれた。
可能なら全部を写してほしかったけど、膨大な量になりそうらしいので、一時間くらいで切り上げてもらい、それをサンプルとした。
わたしはサンプルの【魔術式】を持ち帰ると、さっそく検討しはじめた。
んん~~~~~~。
これ、一般的な魔術師の言葉より、おばあさまが使ってたオリジナルの方に似てる気がする。
たとえばこの行――
formants = [Formant(730, 1.0), Formant(1090, 0.5)]
この【魔術式】とそっくりのものが、おばあさまが作った魔道具、【エコーの声】にもあった。
Formant formants[] = { {730, 1.0},{1090, 0.5} };
記述の仕方が少し違うけど、中身はほぼ同じだ。
……前からお祖母様の使っていた暗号は、キャメリア語と全然似ていないので、何がベースなのかとディオール様も不思議がっていたけど、ここに来て、ドワーフ語だった可能性が浮上してきた。
そうだとしたら、だいぶラッキーだ。
地道に並べていけば、なんとか読める、かもしれない。
作業を進め、数時間後――
わたしは完全に飽きて、お絵描きをしていた。
今日は! いい感じに色が乗るっ! 今日は暖かめの日だから窓の自然光もきれいに入るし! 絵の具もほどよく盛れる!
絶好の油絵日和!!
そして日が暮れたころ、わたしは後悔していた。
……こんなことしてる場合じゃなかったよね。
うまくいかないので、何気なーく、保管してる画材の状態チェックを始めて……
で、描きかけにしておいたカンバスのうち、テウメッサの狐と戦うフェリルスさんの絵を選び出して、明るい日差しの下に置いたら、お? 今日は色がきれいに見えるな、なんて思っちゃって……
乾燥して、ひび割れてる油絵を軽く補修しようかな……と思って、絵の具を練り練りしはじめたのがダメだった。
そのまま描きかけの絵の続きに突入してしまった。
……楽しかったです。
いやだって、難しすぎるんだよ。
わたしの使っている【魔術式】と、オルゴールに載ってる【魔術式】。
似ている部分も確かにあるけど、見てすぐ分かるほどの一致はなかなかない。
そもそも【エコーの声】の【魔術式】もわたし自身がしっかり理解しているとは言えないので、見ていくのに時間がかかる。
うーん……式じゃなくて、絵として眺めると、ぱっと見で似てる、似てないは分かるんだけど……
中身の検討となると、理解力がやっぱりちょっと……
わたしは油絵も含めて、その日の作業をすべて片づけてから、静かに決心した。
アトリエだと気が散るから、明日は学校でやろう。
勉強をがんばっている人の群れに紛れれば、わたしもつられてやる気が出るに違いない。
◇◇◇
わたしは久しぶりに学園にやってきた。
授業の開始前に、教室で辞書を広げている生徒を見かけて、がたっと立ち上がる。
そうだ、ドワーフ語の辞書とかってないのかな?
いっそ【魔術式】の辞書とかがあれば、話が早い。一気に進む。
「おねーさま、どうしましたの?」
久しぶりにわたしに会えてうれしいディディエールさん(かわいい)が、わたしの横でお行儀良く教科書などを並べている。
「あの、辞書とかって、どこに行ったら借りられますか?」
「図書館?」
「それってどちらに?」
「ご案内しますわぁ」
「え、でも、授業……」
「今の単元は難しくありませんの。予習も終わっておりますので、なくてもなんとかなりますわぁ」
す、すごい。そんな台詞一度でいいから言ってみたい。
今日の授業は難しくないので!
……まぁ、わたしには一生縁のない台詞だ。
「図書館はわたくしもまだ行ったことありませんの。一度拝見しとうございますわぁ」
「じゃ、一緒に探検しましょう!」
わたしたちは授業が始まる前に教室を抜け出して、地図を確認し、離れの別館にある図書室に潜り込んだ。
おしゃれな図書館の内部は吹き抜けになっていて、一階から五階まで、見渡す限りに本棚がびっしり並んでいる。
わー、すっごい……
わたしは辞書が置いてあるあたりに行って、改めて背表紙を眺めて、困ってしまった。
「大変です」
今まで頭からすっぽり抜けていた。
基本的に、学術書の類いは、魔術言語で書いてある、ということがね……!
「わたし、本のタイトルが、魔術文字で書いてあると、読めない……!」
「おねーさま……」
ディディエールさんが呆れている。
「読めないのに本をお探しでしたの?」
うっ、ちくちく言葉! 可愛いディディエールさんに言われると刺さる。
わたしはあたりの生徒の様子を気にしながら、こそっとナイショでディディエールさんに耳打ち。
「ええとですね、実は、誰にも内緒なんですが、ドワーフ語の辞書を探しているんです」
魔道具の暗号がドワーフ語に似てるかもしれない、っていうのは、まだ確定ではないんだけど、おおっぴらに広まっちゃうのは、わたし的にちょっと困ったことになる。
ドワーフ語を知っている人がいたら、読まれちゃう可能性もあるってことだからだ。
「お仕事で必要なんですが、すごーく大事な機密に関係しているのでぇ……誰にも頼れないんですよぉ……それで、自分で調べる必要があってぇ……」
「まあ、そうでしたの?」
ディディエールさんもこそこそお返事してくれる。
「あ。ありましたわ、おねーさま」
大きくて重そうな本を引っ張り抜いて、わたしに見せてくれた。
「調べたい単語などははっきりしていらっしゃるんですの? 並べてくださったら、わたくしが翻訳してさしあげますわぁ」
いい子だあぁぁぁぁ……!
わたしは感動してちょっと泣きかけた。
「助かりますぅぅぅ……! ディディエールさんがいなかったら終わるところでしたぁぁぁ……!!」
「えへへ……お任せくださいまし、わたくし、外国語はちょっと得意なんですのよ」
照れ照れしているディディエールさん、超絶かわいい。
わたしは好意に甘えまくることにして、片っ端から知りたい単語を見せていった。
【お知らせ】
魔道具師リゼ書籍の三巻が一月二十五日に発売です!
詳細はまたのちほど活動報告にアップします。




