216 珍しい魔道具
そう、このオルゴール、すごい強力な【魔道具】なのだ。
全然見抜けなかったわたしは、魔道具師としてちょっと恥ずかしい。
「やはり、そうでしたか」
「すみません、普通のオルゴールに見えてました……」
わたしは汗をかきつつ、どうしてそう見えていたのか説明する。
ものを魔道具化するのに必要な【魔術式】は、素材によって載せられるスペースがまちまちだ。
一般的な素材の容量は決して多くない。
このオルゴールも、素材がありふれたものだったので、容量的に、こんなに大きな【魔術式】が搭載されてるとは思っていなかった。
思い込みはよくない。
容量の大きな魔鉄ならわたしだってひとつ作っている。【ギュゲースの指輪】がそのひとつ。
だから、ドワーフさんたちが似たようなものを活用していたとしても、全然不思議じゃないんだよね。
「そういえば、箱の加工をしているときに、蓋に残っていた接着剤を削って落としたんですけど、この接着剤がすごーく取れにくくて……」
松脂とかなら加熱すればするっと取れるけど、これは全然ダメだった。
仕方がなかったから、時間をかけて、エメリー粉でこすり落とした。
「これ、たぶん、私の知らない魔獣素材ですよね。私が気づかなかっただけで、この箱、未知のすごい素材で作られてる可能性が……」
……というようなことを説明しながら、わたしは、中に書かれている【魔術式】を、バリガントさんにも見えるように、大きく映してみせた。
もの珍しそうにオルゴールの【魔術式】を覗き込んでくるバリガントさん。
「……魔術言語、ではないのだな」
「ドワーフさんの言葉だと思います」
形に見覚えがある。魔法陣らしきものに、違う魔法陣が重なったもの。
「それもすごいんですが、魔道具化したオルゴールなんて、本当にすごいと思います! 奥様ってすごい人だったんですねぇ……」
音の魔道具は難しいんだとかいうような話をアニエスさんもしていた。
わたしがその話を披露すると、バリガントさんもとっくに承知の上だったのか、特に感動した様子もなく、うなずいていた。
「だからこそ、あなたになら修理ができるのではないかと思って依頼を」
「う、ううっ、すみません……!」
わたしがちゃんと確認しなかったばかりに……!
「機械の部分は難しい、ということだったが、魔道具としてはどうだろう? 直せる可能性は?」
そこなんだよね、要は。
「あるかもしれません」
バリガントさんが引き取りに来るまでに、いろいろと調べていたのだ。
「わたしは直接ドワーフ語を読めないんですが、ドワーフ語を知っている人がいるんです。それ以外にも色々と障害はあるんですけど、いろんな人の手を借りたら、解読できる可能性が出てきました!」
わたしはドワーフ語を知らない。でも、ピエールくんなら、【重ね文字】も紐解ける。
音楽についても詳しくない。でも、音の【魔術式】なら、おばあさまが遺してくれた遺産がある。分からない部分もあるかもしれないけれど、ディオール様だったら詳しいかもしれないって、アニエスさんが……
わたしはディオール様の顔を思い浮かべて、少し胸が痛くなった。
まだあれからお話はできていない。
する勇気が出なかった。
きっと今頃、身勝手すぎるわたしに呆れているんだろう。そう思うと、冷たいまなざしに晒されるのが怖かった。
ディオール様の無愛想な態度には慣れたつもりでいたけど、それはわたしのことを心から嫌っているわけじゃないって信じていられたからだ。
でも、今は……
自分がどんなに身勝手だったか思い知った今は、違う。
こんなに嫌な子だったら、嫌われても仕方がないと思ってしまったあの瞬間から、わたしは、ディオール様のことがまた怖いと感じるようになっていた。
「……リゼさん?」
急に黙ってしまったわたしを前に、バリガントさんが困っている。
……そうだった。仕事中、仕事中。
わたしは強引に悩みを頭から追い払って、「とにかく」と言った。
「まだ、直せるとは言えません。でも、もう少し貸していただけたら、何か掴めるかもしれないんです」
「急いではいません。少しでも直せる可能性があるのなら、ぜひお願いしたい」
バリガントさんはまっすぐわたしを覗き込んで言う。
「本当に大切なものなのです」
どこかもの悲しそうな瞳の奥に光る強い意思に、わたしも心を動かされた。
「分かりました。わたしもこうなったら絶対直さなきゃって思い始めましたんで!」
「いつまででもお待ちしています」
ちょっと時間はかかるかもしれないけど、わたしにやれることをやってからお返しするつもりだと話して、バリガントさんに了承してもらった。
「それで、とにかく何でもヒントがほしかったので、お借りした奥様の工具箱も見せてもらったんですが……」
水晶の装飾などがついた工具箱は、前回バリガントさんが置いていったものだ。
「これ、もしかしたら工具箱じゃないかもしれないです」
「……?」
どういうことだ、という顔のバリガントさん。
「というのも、中に入ってるのはお手入れ用のセーム革とか、機械油とか……どちらかというと、魔道具を管理するための道具がいっぱい入ってて、作るのに必要な……切ったり張ったりするための工具が、全然なかったんです」
わたしはそのへんに置いてあった彫刻刀を取り上げた。
「これこれ。オルゴールを作るにしろ何にしろ、ドワーフ様式であれば、石材と金属加工用の工具が絶対に必要だと思うんですよ。でも、見当たらなくてですね。もしかしたら、お手入れ用のお道具箱だったのかな? って。ハンマーとか糸のこが入ってる工作系の工具箱が別にあるんじゃないかなあと思ったんです。どうですか?」
バリガントさんはますます不思議そうに眉を寄せた。
「……いや。そういったものは、見ていないが……妻が使っていた道具は、それで全部だ。……いや、待てよ。そうか。そういうことか」
どういうこと?
急にひとりで納得してしまったバリガントさんが、わずかに声のトーンを下げる。
「いいものを持っていたんだがね。その、オルゴールが壊れたとき、一緒に……」
「……!」
工具も物盗りの被害にあったってことかなぁ。
まずい話題に触れてしまったと焦っているわたしに、バリガントさんが力なく微笑む。
「気にしないでくれ。そのオルゴールは、犯人を追うための手がかりでもあるんだ。あなたに修理をしてもらえれば、工具の奪還も叶うかもしれない」
オルゴールが手がかり?
「どういうことですか?」
「犯人は物盗りだ。ドワーフ様式の珍しいオルゴールなら、再び狙ってくることもあるだろう」
「な、なるほどぉ……!」
それなら気合いを入れて修理しないとだよね。
「なんとかがんばってみます! 奥様の工具も取り返しましょう!」
「頼みました」
――こうしてわたしは、引き続き、オルゴールの修理をすることになったのだった。




