215 オルゴール修復中(2/2)
◇◇◇
それから数日かけて、鉄片のカラーバリエーションをものすごくたくさん増やし、より本物に近い仮止めのモザイク土台を完成させた。
細かい色合わせに根気強く付き合ってくれたピエールくんには感謝しないと。おかげで、かなり元の状態に近くなったと思う。
牛乳も手に入ったし、ちょうどいい頃合いなので、そろそろ木材の補修に着手しようかな。
フタはもう、接着剤でくっつけるだけというところまで、ヤスリがけと『ちぎり』の切り出しを終えてるので、とっても簡単。
まず接着剤の準備。牛乳は火にかけて、固まらない温度でゆっくり加熱。
人肌くらいに温めたら、酢を投入。
かきまぜているうちにだんだんモロモロと凝縮されてきて、底に牛乳の塊ができる。
ガーゼで乳清を漉し取ったら、チーズカードによーく水をかけて、酢を洗い流し。
ぎっちぎちに絞って最後の一滴まで水を絞り尽くしたら、消石灰をほんの少し。
ぐるぐる混ぜて、カゼイングルーは完成。
切り出した木材に塗りつけて、木箱の破損部分に貼り付け。
乾燥するのに一日以上かかるので、いったん固定して、置いておく。
――わたしは接着剤が固着しきるまで、二日待った。
ある程度の強度が出たのを確認。
お次はモザイクがきちんとハマるように、フタに溝入れの加工をする。
この箱のセッティングは、鉄同士を隙間なく並べて、象眼細工のようにして作っているから、少し木材の方にも切り込みを入れた方がきれいにいく。
こういうモザイク処理なら、前に少しやったことがある。
ぶっつけ本番の技術で、その場でハマるように調整しながら並べていくんだけど、そのときは石材を切り出して作った一点物のパーツばかりだったから大変だった。
それに比べると、鉄は全然気楽だ。
どうしてもダメだったら、もう一個作ればいいもんね。
フタへの溝入れも、特に問題なく終わった。
パーツが取れたあと、接着剤が残存してでこぼこしている部分にも、きれいにやすりがけ。これで高さも合う、はず。
あとは粘土の土台から外したパーツを移植するだけ。ここが一番大事!!
よーし、がんばろう。
わたしは小さな鉄片をピンセットで外すと、きれいに洗浄し、粘土の汚れを取り去った。
それから、パーツの大きさや厚みを揃えるために、ちょっとずつトンカチで叩いたり、やすりがけしたりして、整える。
うまくハマりそう! と思ったら、裏側に接着剤がよく載るよう、粗めのやすりで削ってから、膠を塗って、ピタッとくっつける!
狙い通り、最初の一個が綺麗にくっついて、わたしは自信をつけた。
今日はカンが冴えている。パーツの大きさをいい感じに揃えるための、職人のカンだ。
――以上の作業を、わたしは何時間もかけて、繰り返していった。
◇◇◇
「できたー!」
すべてのパーツを並べ終え、わたしは解放感にかられて、伸びをした。
あとは本体に蝶番でくっつけ直して、表面に、さび止めの蜜蝋か何かを塗ってコーティングしたら完了だ。
最後にバリガントさんにお手紙を出して、取りに来てもらうだけ。
できあがった魔法陣もどきの図柄を日に透かし、斜めにしてみる。
渋い鉄の色に、少しだけ別の色が乗っているのが浮かび上がった。
……キラキラしててきれいだなぁ。
とりあえずこれで、外側を綺麗にする、という目的は達成した。
でも……
わたしは本体の壊れたオルゴールを見て、少し悲しくなった。
これも、直してあげられたらもっとよかったのにね。
せめて曲さえ分かればレプリカを作るって手もあったんだけど……
奥様は何の曲をオルゴールに込めたんだろう?
ドワーフの魔道具を作るのが趣味、みたいなことを言ってたけど、そもそもオルゴールってドワーフの発明じゃないはずだし……
そこまで考えて、『古いものを奥様が修理した』と言っていたのを思い出した。
……あれ? もしかして、ドワーフ側には昔からオルゴールが存在したのかな?
人間側のオルゴールは、農閑期の特産品、くらいの感覚で作られているので、魔道具化されてることはまずないけど……
ドワーフ製なんだったら、【魔術式】くらいは載ってたりして?
わたしには普通のオルゴールにしか見えないけど……
これも実は魔道具だったりする?
わたしは何となく、箱に【生活魔法】の光を当てて、【魔術式】をチェックしてみた。
……みっちり書かれていて、わたしは変な声が出た。
◇◇◇
箱の仕上げも終了し、バリガントさんに連絡した。
「どうでしょうか、できる限り、元の状態に戻したつもりなのですが」
バリガントさんに見せつつ、直したときの話をつらつら語る。
箱のデコレーションをしただけなんだけど、初めて知ることが多くて、今回はすごく面白かった。
特にドワーフ様式。
外装のモチーフに使われている図案はドワーフ様式に似ていたこと、ドワーフ様式には幾何学模様や、鉱物などが多いこと。それは、人間が身近な草花をモチーフにしてきたように、ドワーフにとって身近なのは洞窟の中にあるものだったから、なのだそう。
ドワーフの色彩感覚が人とは違うことや、チェックしてもらうのにピエールくんの手を借りたことまで、一気にお話した。
「……確かに。彼女の作るものは、いつもどこか、少し変わっていた」
昔を懐かしむように、バリガントさんが呟く。
「修理を手伝ってくれたドワーフさんは、『宝石みたい』って言ってました。きっと、すごく綺麗な世界を見てたんだろうな、って思います」
「ああ……」
そんな奥様を、バリガントさんは愛おしく思っていたのだろう。
人には何の変哲もない箱に見えるそれを、ななめにしたり、戻したり、色のかすかな輝きを確認しては、目を細めている。
箱を通して、思い出を眺めているのだ。
わたしたちには識別しづらい色だけど、バリガントさんは、わたしが見ている以上に、眩しいものだと感じているらしかった。
「ありがとう。直してくれて。私にはこれで十分だ――」
「それで、ちょっと、ご相談があるんですが」
すっかり満足して帰ろうとしているバリガントさんに向かって、わたしは頭を下げざるを得なかった。
「すみません、うっかりしてました」
ただのオルゴールですよ、なんて、自信満々に言ってしまったけど、違ったから、謝るしかない。
「これ、かなり手の込んだ魔道具ですね。びっしり書き込まれててちょっとびっくりしちゃいました……」




