22 公爵さまの女性関係
新作のお披露目会で、わたしは人生で初めてお城の大広間に来た。
うわー、すっごい……
天井が絵画で一面埋め尽くされていて、見上げすぎて首が痛くなった。
受付で、さっそく魔織を渡された。
「こちらは着用者の気分によって色が変わる夢の布です。男性にはマントを、女性にはケープをお貸ししております。ぜひ羽織ってみてください」
会場に入ると、思い思いに色を変えて遊んでいる人たちがたくさんいた。
わたしもさっそく羽織りつつ、解析開始。
糸を一本出して、じっと見つめる。
端っこを切ってこする。
ほぼ全部わたしがノートに走り書きしていた内容と同一だった。
わたしは公爵さまに向かってひそひそ内緒話。
「まずいですこれ、燃焼防止かかってないです」
「見ただけで分かるのか?」
「外に持ち出して、軽くあぶってみましょうか?」
公爵さまはわたしを建物の外に連れてってくれて、試しに自分のマントに火をつけた。
瞬時にボッ! と全体が燃え広がった。
メラメラとすごい勢いで炎が上がり、すぐに燃え尽きて、真っ黒な炭が残る。
「……これ、魔織自体はすぐに燃え尽きますけど、その火が魔織製の服に燃え移ったらまずいですね。一瞬で不死鳥みたいになりますよ。今どき純粋な天然繊維製のドレスを着ている人も少ないでしょうし」
わたしがケープをばっさばっさと広げながら言うと、公爵さまはフフッと微笑んだ。
「不死鳥か……君は面白いことを言うな」
「面白がっている場合じゃないと思うのですが……」
公爵さまは微妙に笑いを引きずりながらも、うなずいた。
「分かっている。事故は必ず防がなければ」
「と……とにかく、火気に注意しましょう」
「結界があるから、早々ないとは思うが……」
王宮の明かりは魔術ではなく、蝋燭、もしくは魔道具であるらしかった。
わたしはこの日のために作ってきた魔道具をひとつ、公爵さまに手渡した。
筒状のタンクにのような見た目をしたそれは、ひと言でいうと消火器だ。
「これは水の魔術が封じ込められています。人に向けて撃てるように、威力を調整したので、燃えている人がいたら撃ってください……って、公爵さまはどうして笑ってらっしゃるんですか?」
「いや……君が背負っているその不思議な筒、何だろうと思ってはいたんだが、このためにわざわざ家から背負ってきたのかと思うと、愛おしくてな」
公爵さまはわたしの頭をよしよしと撫でてくれた。
「う……結構大きいので、他に持ち運びの方法が思いつかなくて……」
「君なりに一生懸命だったんだろう」
公爵さまは完全に珍獣を愛でるような目つきでわたしを見ている。
「分かった。会場では私も魔術を制限されるから、ありがたく使わせてもらおう。しかし、人にそれは何かと聞かれたらちょっと困るな」
「婚約者から押しつけられたと、普通に言えばいいのではないですか?」
「……いや、君がいいならいいんだが」
公爵さまは微妙なニヤニヤ笑いをこらえきれない顔で、わたしの腰を抱いた。
「では行こうか、可愛い婚約者どの」
わたしは、あれ、と思った。
「恋人のふりは、この間のお茶会でもう終わったんじゃなかったんですか?」
「まあ、いいじゃないか」
「えっと……」
公爵さまは優しげな顔で、わたしの顔を覗き込んだ。まるで面倒見のいい兄のように、優しい声で言い聞かせてくれる。
「私たちの婚約事情を人に詮索されて、いちいち詳しく説明する義理もないだろう。普通に好き合っているから婚約したと言った方が手っ取り早い」
「……それもそうですね」
「では決まりだな。君は私のかけがえのない大事な恋人だ」
甘ったるい公爵さまの笑顔を見ながら、わたしは「大丈夫なのかなぁ」という気持ちを捨てきれずにいた。
公爵さまの恋人演技、わざとらしいからなぁ。
一抹の不安を抱きつつ、公爵さまにぴったりと抱き寄せられて、また会場に戻る。
「公爵さま……」
「ディオール」
公爵さまから訂正が入った。
「恋人なら名前で呼んでやってくれ」
「では、ディオール様」
「どうした、リゼ」
公爵さま、顔が近い。
そんなに顔を近づける必要あるのかなぁ……恋人ならあるのかも。
「わたし、なんだかすごくいろんな人から睨まれてる気がするんですが」
「ああ……」
公爵さまは面白くもなさそうに大広間からこちらを見ているドレス姿の女性陣を一瞥し、うんざりしたように言った。
「気にするな。新入りはみんなそうなんだよ。社交界は狭いからな」
「そうなんですか……」
わたしは改めて、壇上にいる姉を見た。
……お姉様も、魔法学園に入学した当初は、庶民の分際でって言われたのかな。
きっとあの姉なら強気に跳ね返したのだろう。
つくづくわたしは学園に行かされなくてよかった。絶対にわたしには向いていない。
「新入りはトラブルに巻き込まれやすいから、なるべく私のもとを離れないように」
わたしは公爵さまに手首を取られて、ひじを掴まされた。
「手はこう。ずっとしがみついているといい」
「わ、分かりました」
これが貴族のご令嬢の仕草なんだね、わたしもがんばって真似しよう。
いろんな女の人が来て、公爵さまにご挨拶をする。
若くてきれいな貴婦人の三人連れが、扇子を広げながら笑った。
「それにしても、ロスピタリエ公爵が女の子連れでくるなんて」
「その子が例の婚約者ですの?」
「ああ。可憐だろう?」
公爵さまはとっても愛おしげにわたしのこめかみにキスをした。
女の人たちから悲鳴のような声が上がる。
「うっそでしょ」
「あのロスピタリエ公爵が!?」
「あらあら……でもお気をつけあそばせ。今まですげなく袖にした女たちから串刺しにされないように」
おほほほ、と示し合わせたように笑う女の人たち。
袖に? 公爵さま、そんなにたくさんの人をフッてるの?
不思議に思って見上げていたら、公爵さまがはちみつ漬けの桃より甘い笑顔を見せた。
「言われずとも。この子は特別だからな」
巻き起こる阿鼻叫喚の悲鳴。
すると、遠くからとびっきりの美少女がずんずんと早足でやってきて、うっすらと涙の浮く瞳で気丈に公爵さまを見上げた。
「その方がディオール様のお選びになった方なのね? 本当にかわいらしい方」
いやぁ、こんなきれいな子に可愛いなんて言われると照れちゃう。
「でも、わたくし納得できませんわ! わたくしのほうがずっと長くお慕いしておりましたのに! ロスピタリエ公爵にふさわしい女になろうと努力しておりましたわ! なのに――」
はらはらと涙をこぼす美少女。
わたしはびっくりしすぎて、パニックに陥った。
「だ、そ、そんな、泣くほど……」
「泣いてはいけませんの!? 真剣でしたのよ!」
ほろほろ涙を流し続ける美少女に、わたしは速攻でほだされた。え、こんな可愛い子に好かれてるのなら、わたしと婚約してちゃダメじゃない?
わたしは公爵さまに婚約してもらって本当に助かったけど、だからって、公爵さまの良縁を邪魔しちゃいけないよね。
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