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【書籍・漫画化】魔道具師リゼ、開業します~姉の代わりに魔道具を作っていたわたし、倒れたところを氷の公爵さまに保護されました~【六章進行中】  作者: くまだ乙夜
六章 女神のオルゴール編

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212 君が望まないうちは(2/2)


 完全にディオール様の言うとおりなのだ。


 わたしはずっと『ディオール様はわたしのことなんか好きにならないはずだ』と言い続けてきた。


 どうして? 本当は……そうでないと困るから?


 ディオール様は必死なわたしが面白かったのか、少し気が抜けたように、声にならない声でくすりと笑った。わたしが何をやらかしても見捨てたりはしないのに、ちょっとだけ突っついて遊ぶときの、優しくて意地悪な笑い方。


「君が言いたいことは分かるよ」

「そ、そうなんですか?」


 わたしは自分で言っていて訳が分からない。


「君が無意識のうちに避けようとしているのが何なのかも」

「……??? な、何ですか……?」

「君自身だ」


 ディオール様は今どんな顔をしているんだろう。


 顔を見合わせる勇気はなかった。


「君自身が婚約者などというものを望んでいないから、私もそうなのだろうと思っている。そういうのを、自己投影というんだ」


 ディオール様の声は優しくて、いっそ甘いと言ってもいいくらいだ。


 なのに、わたしはその優しさが何より怖いと思った。


「分かるか? 逆なんだ――君が私を望んでいない」


 言わないでほしい。


 どうかそっとしておいて。


 そう思っているのに、ディオール様はやめてくれない。


「で……でも、わたしは、ディオール様のことが好きです!」

「そう言わないと私が離れていくと思っているんだろう」


 その通りだと思った。


 好きだと言えば、ディオール様を縛り付けておける。


 わたしは、どうしても、どうしてもディオール様に離れていってほしくない。


 でも、恋人にしてほしいわけでもなかった。


「別に、君だけが責められることでもない。私も、プロポーズのときに、どこまで本気だったかと言われると、あまり自信がない」


 そのはずだとわたしも思う。


 ディオール様のプロポーズには熱意がなかった。


 わたしの意思を推し量るために、探るように優しく触れて、必要な分だけ言葉をくれた――重すぎても、軽すぎてもわたしには負担になっただろうけど、本当に必要な分だけを。


「私も人のことは言えんな。君が私との結婚に執着するようなら、私もここまで自分の生活に入り込ませようとは思わなかった。店を取り返したときにでも、突き放していたかもしれない――だから、君の気持ちが手に取るように分かる。何が何でも結婚を強制されたとしたら、逃げ出していたんじゃないか。はっきり突き放しては嫌われるから、私が望んでいないはずだと決めつけて逃げ回っている」


 ディオール様は、わたしをそういう風には見ていない。


 いつだってわたしは、この言い回しで逃げてきた。何度も何度も。


 それが盾で、呪文だった。唱えれば、怖いものから距離が取れる魔法。


 要するに――と、ディオール様が最後にダメ押しをする。


「君は嫌われるのが怖いだけだ」


 ……わたしはもう、何にも言い訳が思いつかなかった。


 ――そうだ。わたしはずっと、怖かった。


 そのことを、ディオール様が、わたし自身よりも先に、言葉にしてしまったのだ。こんなの、敵うわけがない。


 すっかり黙ってしまったわたしに、ディオール様が淡々と続ける。


「君が望まない限りは、私も扱いを変えるのは難しいが、勘違いしてほしくないことがひとつだけある」


 怖くてうつむいているばかりのわたしの髪に、ディオール様が触れた。


「最終的に君がどうあれ、今よりも関係を悪くするつもりはない。私は今後も変わらず、君を優先順位の一番に置く。君がいずれ私を必要としなくなっても、そうする」


 髪を指で梳くディオール様に身を任せ、わたしは目をつぶって、大人しく撫でられていた。


 わたしはこの人に触られるのが好きだ。


 労りや思いやりの気持ちで溢れているのを、手のひらのぬくもりで実感できるから。


 でも、それ以上のものであってほしくなかったのも、確かだった。


 そして、わたしが望まない限りは、触れ方もきっと変えないだろうという安心感があった。


「君が大事にされていることは自覚してくれ」


 そう、それは、そう。


「それは、分かって、いるんですが」


 ようやく少しだけ声が出た。でも、まだ顔を上げられない。どんな顔をしているのかなんて、確かめたくない。


「婚約を解消したら居場所がなくなると無意識に思っているうちは、分かっていない」

「わ、分かってます。……でも、ディオール様の邪魔は、したくなくて」

「なら、今すぐに婚約を解消するか?」


 絶対にいやだ。


 怖い。


 婚約者じゃなくなったからもう用無しだと、お屋敷を追い出されてしまうのが怖い。


「ほらな。君は何も分かっていない」


 この人は本当に意地が悪い。


 今までで一番突き刺さって、涙が出そうだった。


「嫌なものは嫌だとはっきり言えばいい。私には保護者でいてほしい、ときちんと言えるようになったときが、本当に『大事にされている』と理解できたときだ」


 違う、わたしにはちゃんと分かっている。


 プロポーズしてもらえて嬉しかった。


 皆にも、くっついてしまえばいいって言われて、ちょっとその気になっちゃったりもした。


 それでも、わたしは結局、最後まで、結婚したい、と返事することはできなかった。


 急に恋人みたいな間柄になれと言われても難しい。


 今のままではダメなのだろうかと、ずっと思っていた。


 優しい名前の呼び方も、触れ方も、なにひとつ変えてほしくなんかなかった。


 フェリルスさんと一緒にいるときみたいに、仲よく楽しく過ごせたらいいなと、思っていて……



 わたしはフェリルスさんのことを男の人だと思ったりはしない。


 ……わたしは、ディオール様のことを、男の人とは意識してない。



 それを『保護者』というのだと、ディオール様から指摘されているのだ。


 わたしはもう、認めざるを得なかった。


 手をつながれるのも、あちこちキスされるのも、何とも思わない。むしろ嬉しくて、安心する。


 けれど、本気で恋人関係を迫られたら、きっと逃げ出していた。


 わたしはディオール様に嫌われるのが嫌だった。


 婚約を解消して、おうちから追い出されるのが怖かった。


 せっかく受け入れてもらえた場所を、自分で壊してしまうのが、なによりも怖かった。


 ……わたしはすごくずるい子だった。


 卑怯だから黙っていたことを、すべて見抜かれてしまっていた。


 気づきたくないと思っていた後ろ暗い感情を全部暴かれて、呆然としているわたしに、ディオール様が優しく言う。


「そう焦ることもない。ゆっくり考えてくれていい」


 そうして、ディオール様は静かにお部屋を出ていった。


 ――あとには、ひとりぼっちのわたしだけが取り残された。

○一章一話目からリアルタイムで読んでくださっている皆様へ○


 いつもありがとうございます。

 四章から更新の間隔が空いてしまったため、ここまでの伏線いろいろを忘れてしまったという方々も多いと思いますので、感謝の気持ちを込めて、ガイドをおつけしておきます。


 今回はリゼがずっと『自分はディオールに珍獣扱いされているだけだ』と繰り返していた理由の答え合わせ回です。


 より具体的に言うと、四章145話目でディオールが「どうしてそういう結論になるのかが分からない」「少し考えてからまとめて言いたい。保留にしておいていいか?」と言っていた話の続きです。

https://ncode.syosetu.com/n1180he/145


 ちょっとまた更新間隔が空くので先に予告しておきますが、ここから六章冒頭の『あなたにはまだ大事な人がいないものね』の回収をしていきます。


●最初のプロポーズは一章30話。

https://ncode.syosetu.com/n1180he/30


●二度目のプロポーズは四章142話。

https://ncode.syosetu.com/n1180he/142

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