210 リゼ、気まずくなる(3/3)
な、何かお話しないと。
挙動不審で不気味がられてしまう。
「いいなじゃない。少なくとも私は既にそうしてると言ってるだろう」
「ありがとうございます!」
感謝が足りないと言われている気がして、反射的に勢いのいいお礼が飛び出した。怒らせてしまったかなと、一瞬だけ不安がよぎる。
本当は、そんな心配いらないって分かってるのに。
ディオール様はわたしがどんなに失敗しようが、若干意地悪をしつつ許してくれるって、これまでの経験で知っていた。
「そうなんですけど、ほら、遺品としても大事にしてもらえていいなって……」
「将来的には遺品も大事にする予定だが」
「あ、ありがとうございます……?」
「微妙そうだな」
「い、いえ、そんなことは……」
「気持ちは分かるが。その奥方とやらも、死んでから大事にされたところで、別に面白くもなんともないんじゃないか」
この人、血の色が青いのかな?
人外みたいなつるっとした美形のディオール様が言うと、冗談に聞こえないんだよねぇ。本当にどうでもいいと思ってそう。
「生きている間にこうして大事にされていて、君は何が不満なんだ?」
言葉尻が少しだけ不機嫌そうに強くなる。
叱られているわけでも、なじられているわけでもない。たぶんその逆。
ディオール様自身がわたしに責められていると思って、神経を尖らせている。
対応が悪いと言われたみたいで、ちょっとだけ気を悪くしたんだと思う。
そんなつもりじゃなかったので、わたしは慌てて機嫌を直してもらおうと、思ったことを口にする。
「不満があるとかではないです」
全然そんな話はしてなかったはず。
わたしはディオール様に不満なんて何にもない。
職人として敬意を払ってもらっているし、日常でも受け取りきれないほどたくさんのものをもらっている。
こんなにわたしのことを気にかけてくれる人は、今までひとりもいなかった。
意地悪ばかり言われてこき使われていたわたしには、初めて出会えた優しい人だった。
アホなわたしのために大人の目線で世の中のことを判断してくれて、暗い道で足を踏み外しそうになったら手を引いてくれる。大きな選択で迷ったときは不安を和らげてくれて、背中を押してくれる人なのだ。
わたしはディオール様のそばで、初めて安心して過ごせるようになった。
安全な居場所というものを、初めて作ってもらったのだ。
「ディオール様には今もすごくいろいろお世話になってるなって思ってますし、不満とか何にもないです。いつも優しくしてもらってますし、その、大事にしてもらってるなって、思います……」
思ったことが口からそのまま飛び出して、わたしはより焦ることになった。
……???
わたしは何を言ってるんだろう?
魔道具の話をしているはずだったのに、いつの間にかわたしのことになっている。
(魔道具を)生きているうちから大事にしてるのに何が不満なのかって、ディオール様は気を悪くしているんだよね? 何かごちゃごちゃになってきた。
これだとわたし自身が大事にされてるって言ってるみたいじゃ……?
たぶん、ディオール様にはそんなつもり全然ないよね。
可哀想な子がいたから何とかしてあげなきゃって思っただけ。
自分が当たり前に持っているものを分け与えてくれただけだ。
「あ、あの、すみません、勝手に恋人みたいな口をきいて……」
「婚約者だろうが」
鼓動が乱れて、小さく痛む。
ディオール様はよくこうやって、わたしがどんなに間違えても、何度でも根気強く訂正してくれる。意地悪で几帳面な先生みたいに。
これもたぶん、当たり前の人助けだと思ってやってくれている。
そのはずだと、わたしは信じていた。
「それはそうなんですけど、魔道具を……? 大事にしてもらってて嬉しいなって、いう話で……」
「別に魔道具だけということもないが」
ディオール様が顔色ひとつ変えずに言う。
「君のこともちゃんと大事にしてるだろうに」
数々のお茶会やパーティーで、いつもわたしにしているみたいに、淡々と……甘い恋人みたいなことをサラリと言ってのけたので、わたしは頭が混乱してきた。
婚約者と恋人は違うものなんじゃ? とか、無数の疑問がわいてくる。
ディオール様はいつもその境目が曖昧で、わたしにはどこまで踏み込ませたいのかが全然分からない。
たまに、奥の方までずぶずぶと誘い込みたいのではないかと思うことがある。
そんなはずはないのに。
きっとわたしの考えすぎなのに……どんどん手を引っ張られて、引き返せないほど内側に取り込まれてしまうのが、わたしにはいつも怖かった。
怖くなると、冗談でごまかさずにはいられなかった。
「それは、えーと、つまり、ディオール様がわたしを大事にしてくれてるっていうのは、お気に入りのペットとかみたいな感じですよね?」
自分を落ち着かせたくて、あえて自分を笑うようなことを言う。
少し茶化して、ディオール様が呆れて、それでおしまい。
いつもと同じように、約束された日常に戻してもらうためのやり取りだ。
「それで、わたしも、お気に入りのペットみたいに可愛がられるの、実は、その、す、好きだったり、するのでぇ……」
――あれ?
本当にわたしは何を言ってるんだろう?
「あ、あと、褒めてもらえるのも好きですよ?」
そう。わたしはフェリルスさんに負けないぐらい褒められるのが好きだ。
大きなクワガタを捕ってきただとか、少し勉強をがんばったとか……たわいないことで肯定されて甘やかされるのは気持ちがいい。
わたしはここにいてもいいんだって思える。
今まで誰も、わたしにはそんなこと、してくれなかったから。
「ディオール様に褒めてもらえるのは、他の人より特別に嬉しいです。一番好き……です」
……?
常日頃感謝していることを口に出しているだけなのに、なんだかおかしい。伝えたいことと大きくズレてしまっている。
これは告白なのでは?
こんなの、『あなたが好きです』って言っているようなものだよね……
……あれ? 実際言ってる???
でも、別にわたしの中に告白したいという気持ちは全然なかった。慌てて気持ちの底の方をさらってみても、激しい感情は浮かび上がってこなかった。
何かに夢中になって、のぼせあがるような感情は、全部、魔道具を作っているときに覚えたものだ。もっといいものが作りたい、昨日よりも今日、今日よりも明日、もっと長く工具に触れていられたら。
ディオール様からもらう幸せは、もっとふわふわしている。
……なのに、口にすると告白にしかならない……?
あれ?
好きは好きなのに、全然、恋人になりたい、とは思っていないのだ。
「……???」
それはそうだよね。
ディオール様だってわたしのことそんな風には思ってないはず。
「だからあの、決して恋人みたいな扱いをしてほしいとか、そういう大それたことは考えてないので……! 急に人間扱いされても、ちょっと戸惑いますし……」
人間扱いしてない、なんて、失礼な言い草だと気づいて、少し焦る。
慌てる気持ちを抑えきれなくて、考えていることがそのまま口からどんどん飛び出ていく。
「ディオール様も困らないですか? いきなりわたしのこと、恋人の女の人として見るの、難しくないですか?」
そうだって言ってほしい。
わたしの本音はそれだった。
今、甘やかしてもらっている、そのままの状態で、わたしを見ていてほしかった。




