206 リゼ、フェリルスを目指せと言われる
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オルゴールの修理方法について考え続けて丸一日、わたしはお店でも作業を続けていた。
今日は木板の補修材料を揃える!
……これが普通の木工だったら、鉄片を剥がして張り替えるけど、今回は補修一択だ。
途中から割れてしまっているので、隙間を埋めて、接着剤でくっつけることにする。
木材の繊維がモロモロの部分はきれいにやすりがけ。
隙間の寸法を測り、立体図を描いて、埋めるのに使う木板……ちぎりをピックアップ。年輪が大きい心材あたりがいいかな。若干お高いけど、端材をなんとか譲ってもらおう。
木材と一緒に、カゼイングルー用の石灰も注文しとこう。チーズカードから作る接着剤は大工さんがよく使うもので、木材をくっつけるときの第一選択肢だ。
残りの材料は木材が来てから。牛乳売りの人が捕まったときにちょいちょいっとくっつけるってことで。
アニエスさんに発注をお願いして、鉄片の材料当てゲームに戻る。
構造式を見る限り、ベースがありふれた金属なのは間違いない。見たこともないような形をしてるものは、一個もなかった。
でも、合金の地金の率を構造式だけで当てるのはちょっと難しい。合金の状態にはいくつか種類があって、それらが混ざり合っているからだ。
こればっかりは明るいところでよーく原料の金属と見比べて推測するしかない。
うーん、日に当ててみると、確かに何かの模様が見える、ような……うーん。
分析用の【生活魔法】を使い過ぎて、疲れちゃったな。
その日は暇だったので、アニエスさんを誘って、お茶を淹れることにした。
お茶菓子を食べて労働の疲れを癒やしつつ、何となくその日あったことの意見を交わす。
「そういえば、つい二、三日前に、ディオール様のコレクションを見せてもらったんですけど。わたしの魔道具がいっぱい置いてあって」
アニエスさんはなぜか、ニヤリとした。
「『推しの祭壇を作る』というやつ?」
「……?」
「学園でそんなのが流行っていると聞いたわ。好きな相手の持ち物を飾る祭壇を作るのですって。そうすると【祝福魔法】が相手からもらえるらしいわ」
「神様でもないのにですか?」
「ただのおまじないよ。うちの学園生って暇よね」
そうですねぇ、と学園生のわたしも同意しつつ、学園生のアニエスさんがのんびりとお茶を飲む。
「……それで? 祭壇を作るほどのあなたのファンが何ですって? 迷惑行為でも受けたの?」
「い、いえそんなことは……そうでなく、そんなにわたしの魔道具を気に入ってくれたんなら、お礼にと思って、何か作りましょうかって聞いたんですよ。そしたら、『いらない』って。ひとことで」
ディオール様のすることは本当にわけが分からない。
「どういうことなんだと思いますか?」
「本当にいらないからじゃないかしら?」
「な、なんで? いらないなら、なんで飾っておくんですか……?」
「作るもの全部が好きだからじゃないかしら?」
アニエスさんが、常識よ、みたいな口調で涼しげに言ったので、わたしは混乱してしまった。
「……? じゃあ、何か作ってもらえばいいんじゃないですか……?」
「自分の意見で行動を縛りたくないからよ。思ったまま好きな物を作ってほしいってこと。自分が注文を出して作ってもらったものは、あなたの作品と言えなくなってしまうわ」
「……???」
何も分からない……
通じ合ってるディオール様とアニエスさんがちょっと怖くなってきた……
わたしが今までにディオール様に作ったものだって、お仕事で発注してもらったものだから、純粋なわたしの作品かというと違う。
「いいのよ、あなたには分からなくて。いつまでもそのままのあなたでいてくれればそれで満足なの。以前にもそんなことを言っていたでしょう?」
借金を返したいって相談したときのことだよね? 確かに、言ってた、ような……
「でも、わたしは、このままのわたしでいいとは思えないんですよねぇ……」
アニエスさんやディオール様には分かる何かが、わたしには欠けている。
「いつも思うんですけど、もっとわたしが頼れる大人の女だったら、お話もうまくできるのかなぁ、って……」
アニエスさんは、何も分かってないわね、というていで、やれやれと首を振る。
「いいこと、リゼ、あなたの魅力はそうじゃないわ」
アニエスさんは本格的に改まって机に手をつき、わたしの方に前のめりになった。
「彼、変な犬を飼っているでしょう?」
「フェリルスさんのことですか?」
「そうそう。あの犬、ただの犬かと思ったら、私より学があるじゃない? こないだ、私の宿題にミスを発見して、大いばりで教えてきたわよ」
「精霊さんですからねぇ」
クイズ大会したら、フェリルスさんがディオール様を抜いて、ぶっちぎりトップだと思う。
でもそれは精霊さんのカンニング込みなので、カンニングがなかったらただのわんちゃんだと思う。
わたしの方がかしこいかもしれない……!!
今度カンニングなしで勝負してみたい。
「しかも強盗を退治していたわ」
「フェリルスさんは強いんですよ!」
「頼れる犬ってことよね。でも、どうかしら? あの変な犬、頼れるから可愛がられているのだと思う?」
「違いますね」
自信を持って答えるわたし。
「フェリルスさんは何もしなくてもかわいいんですよ」
「すごく人なつっこいわよね。人間を見るとすぐに飛びかかってくるでしょう? 私もいつもやられているわ。やめてほしいのだけど……」
「犬嫌いなんでしたっけ」
「私はそうだけど、あの男は喜んでるじゃないかしら? 大の犬好きなのよね?」
「そうだと思いますよぉ! かわいいって言ってましたもん」
「だったらもう出たわね。答えが」
アニエスさんも、わたしと同じぐらい自信ありげだった。
「リゼもあれを目指せばいいのよ。あの犬はいつもあの男に何をしているかしら?」
「飛びついたり……おなかの毛をなでさせたり……ブラシさせたりしてます!」
「そうそう、その調子よ。リゼも人なつっこく飛びついてあげたらいいだけ。彼があなたに期待してるのはそういう魅力なの」
そうかもしれない。ディオール様は前からわたしのことを珍獣みたいに言っていたし、フェリルスさんの仲間だと思ってる節はある。
フェリルスさんのこといつもうるさいって叱ってるけど、全然迷惑がってないもんね。可愛がってる。
わたしも飛びつけばいいんだよね? それくらいなら……
その気になりかけたところで、ハッとした。
「……でもアニエスさんの言うとおりにしたら、前に酷い目にあいましたしぃ……」
「あら、あれもきっと喜んでいたはずよ」
「絶対嘘ですね。すごく気まずくなりました」
「素直じゃないだけよ」
それはあながち否定できないんだよねぇ。
「今回は素直にうれしがるはずよ、リゼ。私を信じて」
「えぇー……」
「私が信じられないなら、クルミさんにも聞いてみるといいわ。きっと意見が合うはずよ」
どうかなぁ……
クルミさんならきっと、冷静にジャッジしてくれるよね。
とりあえず、聞くだけきいてみてもいいけど……
ほどほどに雑談も切り上げて、その日は店じまいした。
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