203 ピエールのプロフィール
次の日、わたしは学園への登校をキャンセルして、お店に向かった。
昨日のオルゴールをバリガントさんの旅行かばんに詰め、まっすぐお屋敷にとんぼ返りする。
わたしがピエールくんを探しに、お屋敷をあちこち歩き回ると、書斎の机にちょうどピエールくんがいた。使いかけのインクを補充したり、何かの手紙や書類を分類したりしている最中だったようだ。
従者の服を着たピエールくんが、絵画にある天使の男の子みたいな愛くるしい笑顔で、わたしを振り返った。
「リゼ様。ディオール様はお出かけ中でございますよ」
「実はピエールくんに見てもらいたいものがあってですね……」
わたしはさっそく持参してきたオルゴールを取り出した。
現物を見るなり、ピエールくんが歓声を上げる。
「わあ、とても綺麗ですね! 色彩豊かで、宝石のようでございます」
わたしも釣られて箱を眺めてみる。色はついてない。
鉄のモザイク……渋い趣味の装飾だ。シェルモザイクやタイルのモザイクならよく見かけるけど、鉄はかなり珍しい。
「色がついて見えるんですか?」
「はい、非常に美しいものでございますね」
わたしはつい首を傾げてしまった。
「……これ、わたしには、普通の鉄に見えるんですよ」
ピエールくんは息を呑んだ。
「そういうことでしたか。ドワーフ様式ということでございますね」
一発で言い当てたピエールくんに、わたしはおおっとなった。
「そうなんです! クルミさんから、ピエールくんがドワーフ様式に詳しいって聞いて。色まで分かるなんて、すごい目利きなんですねぇ!」
わたしも職業柄、色については詳しいつもりだったけど、色彩豊か、とまでは感じない。
ピエールくんはちょっとバツが悪そうに声をひそめた。
「僕は遠いルーツにドワーフが入っておりますので」
びっくりしたわたしに、ピエールくんが『しー』と動作で静かにするよう伝えてきた。
「内緒にしておいてくださいませ。出身が違うと、おかしな方に絡まれることもございますので」
それはそう。
勢いよく頷くと、ピエールくんは自分の目を指さした。
「ドワーフの身体的特性といたしまして、人よりも目や耳がいいのでございます」
「色が付いて見えるのも、そのおかげってことですか?」
「はい。熱源知覚というのでしょうか? 元来、ドワーフは日も射さぬ地下の坑道で暮らしておりますので、冷たく暗い世界に閉ざされております。そのため、人間には真っ暗闇にしか見えない状態でも、わずかな熱や、光源の青い色がはっきり見えるのでございます」
へぇぇ~~~……それは知らなかった。
熱が見えるってどういう感じなんだろう?
「熱って何色ですか?」
「赤や橙の……火やランプの色でございますね。明るい場所ではそうでもないのですが、暗闇ですと、体温のある動物や人などは、赤く燃えているように見えます」
「赤く……」
「皮膚の下の血の巡りなんかも、よく目を凝らすと見えることもございますよ」
わたしはその昔見せてもらった人体解剖図から、血管の配置を思い返して、ほあーっとなった。
あれが皮膚を透かして、赤く見えるのかぁ……
ちょっと聞いただけでは想像もつかない。
「カラスの羽も、僕にはあざやかな七色に見えるのですが、人には真っ黒だと感じるようでございますね」
は~~~~~……
でも確かに、カラスの羽って、光に当たるとちょっとだけ虹色に偏光して見える。
あの色がもっとくっきり見えるってことなのかなぁ。
わたしは手元のフタに視線を戻した。
この激シブの鉄色の金属も、ドワーフさんには綺麗な七色に見えてるってことなんだね。
「道理で、この箱、一見地味なのに、すっごく手が込んでるとは思ったんですよね」
「ドワーフならではのデザインでございますね。人の作品に、このような輝きの金属製品はあまりみられませんので、なんとなく感じるところがございます」
「なぁぁるほどぉ……!」
「たまにございますよ、市場などでも、骨董品に交ざっております」
それでディオール様にも目利きを頼まれたんだなぁ。なるほどぉ……
わたしは感心しっぱなしだった。
「知らなかったです……! 擬ドワーフ様式ならいくつか見ましたけど、本物は初めて見ました」
「めったに出回ることはございません。ドワーフは人と交易するのを極度に嫌っておりますから……ただ、まれに発掘されることもあるようでございます。ドワーフが放棄して、廃墟になった坑道がいくつかあると噂されております」
「発掘して持ってくる人がいるんですねぇ」
「もしくは、別の大陸から持ち込むこともあるようでございますね」
ニコニコしながら情報を教えてくれていたピエールくんが、最後にぽつりと付け加える。
「――僕も、生まれは海の向こうでございます」
ピエールくんが明かしてくれた過去に、わたしはこの日一番ぐらいに驚いた。
「えぇ!? すごいですね……! すごく遠いって聞きましたよ!?」
「ええ、運悪く人間に捕まりまして、遠路はるばる」
「連れてこられちゃったんですか?」
「はい。ディオール様に助けていただきました」
そんなドラマが……!
「ピエールくんも苦労してたんですねぇぇぇ……」
「それほどでも……ほんの一年ばかり旅して、強制労働させられただけでございます。禍福はあざなえる縄のごとしと申しましょうか」
あざ……? と首を傾げていたら、ピエールくんは「お気になさらず」と気遣わししげに声をかけてくれた。たぶん、通じてないのが通じたんだろうなぁ。
「でも、見た目だと全然分からないですね! ドワーフさんも人間と同じなんですねぇ」
「ドワーフ族は小柄である以外、見た目はまったくヒューマンと変わりません。ただ、坑道暮らしのものは髪も手足も真っ白でございます。外にいると日焼けするのですが。僕の髪も、ずいぶん日に焼けてしまいました」
桃色がかった髪の毛を引っ張るピエールくん。
髪の色って日焼けとかで変わるものなんだ……
世の中には知らないことがいっぱいだ。
わたしも洞窟で暮らしてたら白髪になるのかな?
「こちらの箱はどこから手に入れたものなのでございますか?」




