21 危険への招待状
翌週、アルテミシアは学園に戻り、できあがった布をアルベルトに見せた。
「すばらしい! すべて魔力で編まれているのか……なんて画期的なんだ」
「あとはここに、周囲の環境をリアルタイムで取り込む技術があれば完璧なのですが……まだ研究のとっかかりすらつかめない状態です」
「いや、この布だけでもかなりの前進だよ」
アルベルトが感心したように言う。
「完璧なものでなくても、戦場に合わせて色を変えるだけで、伏兵戦は格段にやりやすくなる。もちろん、擬態の精度は高ければ高いほど望ましいけどね。そうだな、幻影系の魔術が得意な者も開発に巻き込めば、すぐにいいものができてくるはずだ。ともかくも、土台となるものを完成させてくれてありがとう」
アルベルトの喜んでいる顔が見られただけで、アルテミシアは幸せだった。
「とりあえず、この布の有用性を宣伝するために、パーティを開こう。そこで製作者の君のことも売り込もうじゃないか」
「まあ、ありがとうございます」
アルテミシアは着実に階段を上がっている。
栄光の王妃という名の階段を。
***
姉との地獄のお茶会からひと月。
時間の経過でだいぶ恐怖が薄れてきた。
「筋肉はっ!」
「裏切らないっ!」
独特な掛け声を出し合って、わたしとフェリルスさんは庭でランニングしていた。
「よぉぉぉぉぉし、走り方やめ! 今日は三キロも走るなんて、やるじゃないか!」
「あっ……ありがとうございます!」
フェリルスさんのお散歩係としても、わたしはちょっとずつ力をつけていた。
「歩くだけで死にかけていたとは思えん進歩だ! 褒美にっ! 俺をブラッシングする権利をやろうっ!!」
「ありがとうございますっ!!」
「俺の毛は病気に効くらしいからな! 集めて大事に取っておけっ!!」
「貴重なものをくださってありがとうございます!」
「よせそう褒めるな! ワオォォォーンッ!」
フェリルスさんとの会話はいつも大きな声でしないと怒られるので、最近会話のどもりやつっかえも取れてきた気がする。
「あーそこそこ! いい感じだぞリゼ! 顎の下だ! そう! そうそうそう!」
あおむけになり、身体をくねくね、しっぽぱたぱたしながら喜ぶフェリルスさん。
わたしはフェリルスさんのもっふもふの毛をたっぷり撫でさせてもらって満足だった。
魔狼の毛、あとで成分分析してみたい。
***
アルベルト第一王子から招待状が来た。
「え……わたし宛てですか? 公爵さまではなく?」
「おふたり宛てであると思いますが……確認してまいりましょうか?」
「お願いします」
クルミさんに行ってもらっている間、わたしは招待状を読んだ。
なんでも新種の魔織のお披露目会をするのだそうだ。
『夢の素材、純度百パーセントの魔力で編んだ魔織は可能性が無限大……』
純度百パーセントの魔力で編まれた魔織。
わたしは急に嫌な予感がしてきた。
クルミさんが公爵さまを連れて戻ってきてくれたので、わたしは公爵さまに「読んでください」と手渡した。
公爵さまは一通り読み終えると、いつもの無表情でわたしを見た。
「おそらく、原理としては君がこの間作っていた姿隠しのマントと同じなのだろうね」
「はい」
「これも君の発明品か?」
「……だと思います。お姉様は、以前からわたしの研究ノートから成果を盗んでいたので……」
姉は一瞬で自分の成果につなげたことを誇り、『あなたの要領が悪いのよ』といつもバカにしていた。
『このくらい誰にでも分かるでしょ?』とか、『この程度ちょっと調べればすぐにできるんだから偉そうにしないで』なんて言って。
人から盗んだ成果だから苦労が分からないのはしょうがない。
でも、少しくらい『ありがとう』とか『地道に研究できるなんて偉いわね』と言ってくれたら、わたしだって嫌な思いはしなくて済んだのに。
感謝しないどころか、無駄なことだとバカにするなんて、いくらなんでもあんまりだ。
「姉は昔から、地道な調査や研究に打ち込むわたしを馬鹿にしていました。だから、姉にあの布が作れたとは思えません」
「そうか。……悔しいな。卑怯者が評価されて、君が日陰にいる」
「いえ……公爵さまにそうおっしゃってもらえただけで、わたしは十分です」
わたしはあの家で、ずっとみじめだった。
でも今は、わたしのことを大切にしてくれる人たちがいる。
あの辛い日々が公爵さまに出会うためのものだったなら、わたしはとても報われている。
「それより問題は、あの魔織の研究が不完全だってことです。最悪、人死にが出るかもしれません」
「どういうことだ?」
「あの魔織、すごく、燃えやすいんです」
わたしはその場で【魔糸紡ぎ】をして、織り込み、十センチ四方くらいの魔織を作った。
「魔糸の構造的な問題で、ちょっとした火炎系の魔術に引火します。魔術の火を作って、少しずつ近づけてみてもらえませんか」
公爵さまは手元に火を持つと、少しずつわたしに近づけた。
十センチくらいのところで、ボッと魔織が燃え上がる。
魔織は一瞬で跡形もなく消えうせた。
「……お姉様、もしかしたら、引火防止の術式も一緒に組み込めたのかも? わたしはそこまで行かなかったんです。もしも行ったのなら、画期的な技術だと思います」
「できていなければ、最悪人死に、というわけだ」
公爵さまは、はぁ、とため息をついた。
「行って確かめるしかないな。王宮なら全域に魔術禁止の結界が組まれているから、そうそう事故にはならないと思うが……」
「中止にすることはできませんか?」
「それは無理だな。危険性を説いて耳を貸す相手じゃないだろうし、強権的に言うことを聞かせるコネもない」
万が一事故が起きてしまったらと思うと、わたしは黙っていられなかった。
「公爵さま、お願いがあります。魔道具を作れるように、少し製作道具を揃えてほしいんです」
公爵さまはとたんに不機嫌な顔つきになった。
「……君は病気療養中の身だぞ。まだ魔道具の製作は認められない」
「でも……」
わたしの発明したもので誰かに傷ついてほしくない。
「王宮は、魔術が禁止なんですよね? でも、魔道具ならどうですか?」
「……魔道具なら発動する」
そうだろうと思った。一般的な結界はそうなっているから。
「なら、万が一のときのための、魔道具を作っておきたいです。お願いします」
公爵さまはわたしの顔をじっと見つめていたけれど、急に手を伸ばしてきた。
「……だいぶ顔色がよくなったな」
頬に触れる。
「はい! とってもよくしていただいたので、元気になりました」
公爵さまは無表情を崩して、少し笑った。
「……必要なものを書き出してメイドに渡せ」
「クルミさんですね」
「ピエールでもいいが。だが、これだけは言っておく。無茶をするようなら、すぐに取り上げるからな」
「はい!」
言葉の上では怖かったけれど、公爵さまのやわらかい表情で、怒っていないことが分かった。
――久しぶりの魔道具づくりに向けて、わたしはその日一日、頭の中で回路を組み立てて過ごした。
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