198 リゼ、パレードを見学する(1/3)
式典当日。
数日間、四人でいっぱい話し合い、散策ルートをあらかじめ決めておいて、お付きの人たちをうまく撒いた。
学園から少し歩いた先の大通りで、ラッパの音と一緒に、光を弾くまぶしい白銀の鎧を身にまとった人たちが、列をなして進んでいく。
近づいていくにつれ、見物客が増えていき、なんとか道ばたの隙間に入れてもらって、覗き込むことができた。
マルグリット様を真ん中に、みんなで囲んで見物。
「騎士さんたちだぁ……」
「鎧、まぶしいですねぇ」
「お馬さんたち、面当てや胴体の飾りが多すぎて、シーツおばけみたいになってますわぁ」
「似てますねぇ!」
ベルベットと錦でできた騎士のオーナメント旗がバサバサし、兜のかざりについた絹の房が風になびく。
すごい……こんなにたくさん小道具用意するの、すごい大変だったろうなぁ……!
二カ月くらいかかるだろうなぁ、と感心していたら、チカチカとまぶしい光がわたしに当たった。なんだろうと思ってふいに見上げると、斜め後ろにちょっと歩いたあたりに、大きめの櫓で特等席が作ってあった。
座席に腰かける少女と目が合う。
鏡を片手ににっこり、こちらに手を振ったのは、ウラカ様だった。
嬉しくなって振り返したら、ちょいちょいと手招きを受けた。身振り手振りからすると、こっちにおいで、って言ってるみたい。
わたしはアニエスさんたちに呼びかけて、ともかくも特等席に行くことにした。
◇◇◇
ウラカ様は特等席で騎士さんたちを侍らせて、玉座に腰かけるお姫様みたいに、扇子を振り回して、優雅に座っていた。
「もう、冷たいわね。来るなら先におっしゃって? 皆様のお席もご用意しておきましたのに」
ウラカ様が騎士さんたちに合図して、椅子をみっつ用意してくれる。
……もうひとつ……と言いたいところだったけど、マルグリット様のことは秘密だからなぁ。
「わたしはいいですよぉ! 立ってた方がよく見えるので!」
ぼんやりと分かるマルグリット様の立ち位置に寄り、そっと背中を押すと、椅子に腰かけてくれたのが分かった。
とりあえずこれでよし。
ウラカ様は脇に用意されたテーブルから、クッキーや砂糖菓子が詰まったカゴを取り上げた。
「どうぞ」
お、お菓子をカゴごと!!
さすがは騎士団長のお嬢様。騎士団主催のイベントだとこうなっちゃうのかぁ。
「今日のウラカ様、お姫様みたいですね!」
「……リゼ様はお上手ね。ねえ、人数分持ってきてくださる?」
「しかもやさしい! 美少女!」
わたしが調子に乗って囃し立てたら、ふいにガッと腕を掴まれた。
「ねえ、わたくし、美人よね?」
「は、はい」
「どうしてわたくしにだけ縁談が来ないのかしら? わたくしの何が悪いというの?」
目が怖い。
すくみあがっていると、ウラカ様はぱっと笑顔になって、「冗談よ」と離してくれた。冗談だよね……?
「ゆっくりしていらして。祝別の式典なんて、外の行列ぐらいしか見所はありませんけどね」
「しゅくべつ……祝福?」
「そう。最近何かと物騒だから、お祓いみたいなことをしているの。罠や武器に神様の祝福をかけて、ネメシスの怒りを解くのよ」
「ネメ……シス……」
ウラカ様は白い目でわたしを見た。
「ご存じないの? あなた本当に魔道具師?」
「し、知ってます! 女神様ですよね?」
はい、とかわいく手を上げたのはディディエールさん。
「うちでもネメシス様のことは話に出ますわぁ。人の傲慢を嫌いますの。魔獣の生命を弄ぶような研究はタブーですわ」
「そうよ。近頃、立て続けに王都に魔獣が来ているでしょう? テウメッサの狐とか、ゴーレムとか」
「はい」
「退治するわたくしたちの武器や防具が、むやみに魔獣を惨殺するものとして、ネメシス様の怒りを買わないように、鎮魂の儀式をするのよ」
ネメシス様って、普通の神様とちょっと違う?
荒御魂的な存在なのかなぁ。
話だけ聞いてると邪神みたいだ。
「あの、ネメシス様の怒りって、本当にあるんですか?」
「記録はあるわよ」
とは、アニエスさん。
「六七○年、グリームフウィファル。『レージング』の濫用で、バイコーン・スレイプニル・ペガサスが乱獲されたとき、すべての【祝福魔法】が停止したと言われているわ。直近だとおよそ八十年前ね。『アロンの杖』が、魔獣に十の災いをもたらしたと、ネメシスの巫女が書き残しているわ」
……なんとなく聞いたことがあるかもしれない。
「そのときの詩がこうよ」
『魔獣に多くの血を流させて、刻んだ死骸を魔石に変えた。番の牙で工具を作り、その片割れの生皮を剥いだ』
思い出した。そんな話が魔道具図鑑に載っていた。
基本的に、強い魔獣の牙や爪は、人間が扱う鉄器では剥ぎ取ることができない。
だから自然と、その魔獣の牙や爪を加工したものを、工具として使うことになる。
ダイヤモンドを削るには、ダイヤモンドの工具がいるのだ。
番の片方を倒して、その番の牙で片割れの皮を剥ぐ。
合理的だけど、魔獣にとっては血も涙もない話だ。
怖いページだったのでいつもそこは薄目で見て、飛ばしていた。
「『高位の魔獣をぺてんにかけてはならない』聖典にもあるでしょう? だから光の女主神様のルキア様に祝福してもらうの。するとより下位のネメシス様のお怒りが解けるのよ」
「縦割り組織ってことですか?」
「そ、そうとも言えるのかしら……? あら? でも、ネメシスとルキアって、神話違いよね」
「ルキア様は光の創世神話で、ネメシス様はパラディオン神話ですわぁ」
パラディオン神話。
雷の主神、ゼウスとユピテルの神話だ。
それぞれ別の名前で呼ばれているけど、もとは同一の神様で、ふたつの神話をすべてひっくるめてそう呼ぶ。
どちらも同じパラディオンという木像を信仰の対象にしていたと言われている。
「そういえばそうですね。武器の祝福をするなら、戦と工芸の女神アテナ様の神殿がいいと思います」
伝承によると、パラディオンはアテナ様が人間に命じて作らせた木像、ということらしいけど、製作者の名前は伝わっていない。
アテナ様は知恵に戦に工芸にと、いろんな分野を司る女神様で、彼女と同一人物――同一女神? のミネルヴァ様は【万能】と呼ばれていた。
なので、魔道具師にとっても馴染みが深い女神様なのだ。
「でも、『高位の魔獣をぺてんにかけてはならない』って、ルキア様の聖典の教えよね。これも、ここ百年あまりで新たに付け加えられたとも聞いたけれど……」
うーん、とアニエスさんと一緒になって首をひねってしまう。
「あら、あなたたち、学校の授業をちゃんと受けているのね」
ウラカ様がにぱっとかわいい笑顔を見せてくれる。




