197 リゼ、マルグリットたちと悪巧みをする
そんな素敵な感じでもなかったけど、マルグリット様の環境が過酷すぎて、何も言えなかった。
少なくてもわたしは、息をして喋ってもよかったもんなぁ。
「そういえば性懲りもなくベタベタしていたわね。大丈夫なの? 変なことされてない? 授業にかこつけて……」
「そういうのは特になかったんですが」
「そうなの? 本当に? ふたりっきりになると急に様子がおかしくなったりしない? リゼはよく分からなくても、一般的には許されないことだってあるわ。最近、挙動不審だったりすることはなかった?」
つい最近のことで思い浮かぶのは、ヘカトンケイルを倒したときや、ご実家のことだ。
「ちょっと落ち込むことがあって、かわいくなってました!」
三人とも、急に目がきらんとした。
「面白そうじゃない。詳しく聞かせてちょうだい」
簡単に説明して、わたしも思い出しホクホクしてしまった。
「――というわけで、素直なディオール様が見られました」
「おにーさまはお母様とお祖母様に勝てないのですわぁ」
「そうでした! かわいかったです」
心をくすぐられるものがありました。
「すごくよかったので、かわいいディオール様をもっと見たいです!」
仲良し同士は甘えたりするものだと、わたしは思う。
「でも、ディオール様が失敗するのを心待ちにするのも何か違うなって思うんですよねぇ……」
「私はどんどん失敗させればいいと思うのだけれど……あの男にはそれぐらいでちょうどいいわよ」
「でも、人としてちょっとって思ってしまうわよね」
「おにーさまは失敗なんてめったになさいませんわ」
むっとしているディディエールさんもまたかわゆし。
「作戦が必要です。それで考えたんですけど……ディオール様のお祖母様って、すっごく頼れる大人の女の人、って感じだったんですよ」
ディオール様が頭上がらなくなっちゃうのも分かる。
わたしもあんな風になれば、ディオール様ももっと違う顔を見せてくれるのでは?
「わたしも、ディオール様のお祖母様みたいに、もっと頼れる大人の女になれば、ディオール様も、こいつはなんて頼れる大人の女なんだ……って、喉をゴロゴロさせてくれるはずなんです」
「猫なの?」
はたと考えてしまった。
猫ちゃんっぽいかもしれない。
毛並みがよくて美人さんで冷たいところ。
それで、たまにすごく機嫌よく構ってくれる。
「気まぐれなところは猫ちゃんっぽいかも? 怒りっぽいですけど、たまによく分からない理由でいっぱい褒めてくれたりします! でも、たまにじゃなくていつも褒められたいですねぇ……!」
褒めてもらえたのは嬉しかったもんなぁ。
もっと褒められたい。
仲良しもするけど褒められたい……!
わたしはフェリルスさんと同じぐらい褒められたがりだった。
「大人の女の人を目指すには何から始めればいいんですか?」
「そうねぇ……」
アニエスさんがうーん、と唸る。
「悪くはないアイデアだけれど……」
「わたくしはありのままのリゼ様が好きよ。大人の女性とはもっと別の魅力があるように思いますけれど」
「そうそう」
マルグリット様たちから急に思わぬ方向の持ち上げをされ、わたしは照れてしまった。
「えっ……えへへ……」
「そのままで可愛いわよ。私がリゼならその才能を伸ばすわ」
「本当ですこと」
そばで聞いていたディディエールさんが、むうっとしながら言う。
「わたくしにはおねーさまのお気持ちが分かりますわぁ」
「早く大人になりたいですよねぇ……」
「背丈は十六くらいになると伸びにくくなるそうですし、そろそろもっとグーンと伸びたいですわぁ」
「すごく分かりますぅぅ……」
とはいえ、ディディエールさんにはまだ希望があると思うんだよね。
「ディディエールさんはもっと背も伸びるのでは? 骨格がそんな感じなので。えーと、背が伸びる人って、なんとなく平均的な女の子より手足が長いような感じとか、あったりするので……」
「わたくしには伸びしろがありますの? うれしゅうございますわぁ」
そしてわたしにはないんだよ!
悲しいね。
「リゼ様もディディエール様も、おふたりともとってもかわいいわ」
マルグリット様が囃し立てるのに、アニエスさんも頷いている。
「ふたりで並んでいると空間がかわいいわ」
「見た目も声もお人柄も、とってもおかわいらしい」
「いつまでもそのままでいてほしいわ」
「大人になんかならなくていいのよ」
褒めそやされて、わたしはなんだかどうでもよくなってきた。
「分かりました。このままで行きます」
「そうよ、その調子よ」
「リゼは素直なのもかわいいわ」
へへへへへ……
満足して終わったせいで、わたしは当初の目的をすっかり忘れてしまったのだった。
……しまった、これじゃディオール様と仲良くなれない。
◇◇◇
ディオール様とのマンツーマンレッスンから解放されてしばらくしたあと。
ポスターが学園のいたるところに掲示されるようになった。
『祝別の儀
猛き神々の御名において、我らサントラール騎士団は、剣を執り盾を掲げて、人々を救う助力とならんことを赦されてきた。
我らが民衆、我らが主君の生命を脅かす敵に対し、武器を携え立ち向かうことを、今一度神々に宣誓するため、ここに祝別の儀の開催を布告する。
――』
「これって何ですか?」
教室でディディエールさんに質問すると、どうも街で騎士団がパレードをするらしいことを教えてくれた。
サントラール騎士団主催で、キラキラの儀礼用のお洋服を着た騎士さんたちが街をぐるっと巡りつつ、神殿で祈祷を捧げるらしい。
「神様から武器に祝福をしていただくのですわ。そうすると、神様がその武器での魔獣の殺戮を容認してくださる、ということですの」
「【祝福魔法】をかけるお祭りってことでしょうか……?」
「おそらくそうですわぁ」
へえ~、そんなのがあるんだねぇ、なんて言い合いながらマルグリット様のお部屋(アルベルト王子も来るけど)に行くと、目をキラッキラさせたマルグリット様が、さっそくその話題を持ち掛けてきた。
「パレードですって! 楽しそうね! 見てみたいわ!」
乗り気のマルグリット様だけど、もちろん行けない。
群衆で溢れ返る場所に出向いて、どんな危ない目に遭うか分からないからねぇ。
「ねえ皆さん、ご覧になって? わたくしには秘密兵器があるのよ。お兄様からお借りしてきたの」
そう言ってマルグリット様が学園のかばんから取り出したのは……『無』だった。
何も見えない。
でも、わたしはびゃーっとなった。
「ま、マルグリット様……! そ、それは、危ないですよぉ!?」
うふっと可愛らしく微笑み、わたしを無視して、『無』を広げてみせる。
ばさっと頭から被ると、マルグリット様が消えてしまった。
「へえ……これが【姿隠しのマント】なのね」
「分かってしまいましたわぁ! 見えなければお忍びでも安全ということですのね」
ばさりとマントのフードを落として、マルグリット様は勝ちどきを上げるように、片腕を上げてみせた。
「ご安心なさって。わたくし、足音を一切立てずに歩けるの」
「暗殺者のそれ」
「ひとことも口を聞かずに、気配を殺して置物のようになるのも得意なの」
「悲しいスキル……!」
王女様って本当に大変なんだなぁ……
「お願い、わたくし、皆様と街を散策したいの! 絶対に誰にも気配を悟らせないわ! お願い、わたくしも連れてって!」
泣きを入れられて、アニエスさんがたじろぎつつ、言う。
「……そうね。マルグリット殿下の努力の成果は、ここで発揮していただくのもいいのかもしれないわね」
「アニエスさんまで!」
「お付きの方達をまく方法も考えなければいけませんわぁ。さ、おねーさまもご一緒に」
「ディディエールさんも……!?」
あ、危ないんじゃないかなぁぁぁ……
おろおろしている間に、三人とも行く気満々で話を進め始めたので――
「……あっ……わたしがいっぱい護符を作ればいい……かな……???」
わたしも考えるのをやめて、行くことにしたのだった。
――このあと、ものすごくたくさん護符を作った。




