196 リゼ、オリーブオイルを食す
ディオール様が最近とても忙しそうだ。
わたしは学園でぼんやりしていた。
怒涛の詰め込み教育からも解放され、ふつうの授業を受けている。
しばらくはハーヴェイさんも安静にしていないといけない。ディオール様も忙しい。で、学園にいるのが安全だって言われたんだよね。
マルグリット様とアルベルト王子のそばをうろちょろしていろ、とはディオール様の命令。警備がすごいからね!
最近、以前にも増して警備がすごい。学園前に持ち物チェックされるし、通行証も確かめられる。
中と言わず門の外と言わず、衛兵さんでいっぱいだ。
あぁ~~~~……
……相変わらず授業は何を言っているのかよく分からない。
でも、座ってるだけでいいから、精神的な開放度が段違いだ。
癒やしを感じる……
ぼへーっとしながら授業を受け、わたしは最近、覚えた『内職』というのをちまちま始めた。
お洋服のラインナップは季節毎に変えている。ちょうど冬物を考えなきゃいけない時期だ。
温かい機能がついたお洋服を出していきたい。こういうことができますよ、という見本品とカタログを一式用意するのだ。
うちのお洋服は最初から温かい。
冬でもモスリン生地でいける! と言われるくらいあったかい。手放せないと言って毎年注文してくれる人もいるくらいだ。
お年を召した方なんかは特に寒いのが堪えるようで、デザインは無難でいいからとにかく機能をと言われることが多い。
最近、凝ったものばかり作っていたから、無難なものを充実させるのもいいかも?
流行りのドレスに興味がない人たちというのも実はいる。
最低限の品格を保っていればよく、手頃なお値段で、機能的……そういうのを求めてる人たちには、あらかじめ用意しておいたデザインから選んでもらうのが好評だ。
そして、そういうのこそわたしの本領だった。
量産は本当に得意なんだよね。
あとは、無難なデザインが、これでなかなか奥深く、難しい。
シンプルでエレガントで、誰が着てもそれなりになるけど、去年と少しだけあしらいが違う……だから着回しじゃない。絶妙な塩梅を図るのもデザインセンスのうち。
今年は紐が人気みたいだ。外套の首元を庶民みたいに紐で絞り上げたり、本来ならリボンがついている部分を紐に変えたりしているのをよく見かける。
貴族のお嬢様たちは流行に敏感なので、おそらくあれが最先端なのだと思う。
ドレスに応用するとしたら、パフスリーブを絞る紐なんかがいいのかなぁ。歴史的にも、そこに紐があるのは全然変じゃない。
パフスリーブは目立つので、あとは基本型でいいかな。
……よし。この調子であといくつか用意して……
――わたしは午前中の授業を、デザインパターンのラフスケッチで潰した。
◇◇◇
おひるごはん!
わたしはとても久しぶりに、王族専用の部屋に呼んでもらった。
王宮から毎日料理が運ばれてくるので、好きなサンドイッチ作り放題なのだ。
今日は新鮮なオリーブオイルをたっぷり使ったヘルシーサンドイッチ!
まろやかでちょっとフルーツみのあるオリーブオイルがとにかく美味しすぎた。パンは土台! オリーブオイルの土台です! 我々はオリーブオイルを食べるためにサンドイッチを作っているのです!
「リゼ様、いつにもまして食べているのね」
「寒くなると食欲が倍になるんですよね」
「冬眠の季節だものね」
「おねーさま、秋も食欲が倍になるっておっしゃってたのですわぁ」
「勉強するとすごくおなかがすくんですよね」
「脳ってカロリー使うものね」
「そういえば、テストのお勉強大変だったのですって?」
マルグリット様はそっと、オリーブの実を手づからパンに乗せてくれて、極薄で極上な生ハムをトッピングしてくれた。
「召し上がって」
マルグリットさま好き……
「今日は収穫したての野菜づくしよ。ぜひ召し上がれ」
朝方摘んだハーブにレタス、ラディッシュに、カボチャをよくすりつぶしたポタージュ……
シャキシャキの歯ごたえと瑞々しい葉っぱの香り、えぐみの少ないフレッシュな味わい! 苦味や渋みがないから、ほんのり甘さまで感じ取れる。
これはすごく早起きしないと買えないやつだなぁ。
朝市の一番乗りでしか買えない、そして次の朝にはもう鮮度が落ちていて楽しめない、新鮮で美味しいお野菜のお味!
やっぱり季節の野菜は最高だ。新鮮なものを生で食べると生き返る。生き血をすするヴァンパイアくらい生き返りますねぇ!
極上熟成のハムを挟むとよりおいしい。
おいしい野菜にはやはりお肉が必要です。
お肉が合わさることで完成されるのです。
「これってお城で出てくる料理なんですよね?」
「ええ、いつもの軽食よ」
これが『いつもの』だなんて、すごすぎる。
おうちで出てくる料理もすごいけど、お外でこれをいつでも食べられるのは、王様くらいだよねぇ。
「お城暮らしって素敵ですね」
「そうねぇ……」
「リゼ、そんなに簡単に言うものじゃないわよ。マルグリット殿下にも苦労があるの」
「そ、そうですよね、すみません」
「あら、いいのよ。いつでもいらして? ディナーでも何でもご馳走するわ」
「いきたいです!!」
「でも……」
マルグリット様から笑顔が消えた。
「わたくしの侍女は少々手厳しくてよ」
それからすうっと大きく息を吸って、
「マルグリット殿下、お召し物にソースが跳ねる食べ物は、召し上がってはいけません。それから、にんにく、骨のついた鳥のもも肉、精のつく牛肉のステーキなどは、血の気を多くして女性らしい気品を損ねますから、進められても断るようになさってください。背中を丸めたご自分の姿をご覧下さいませ、どんなにか醜く写ることでしょう」
わたしは思わず背筋を伸ばした。
「……やっぱりやめておこうかな?」
わたしなんて三秒で叩き出されそう。
「殿下の侍女は厳しいのですわぁ。わたくしは食べちゃだめなんて教わっておりませんし」
「王女殿下だから……というのを差し引いても、ちょっと異常ね。私もひととおり覚えたけれど、高位貴族の方ほど作法はゆるい気がするわ」
「わたくしは学園に無理を言って入れてもらえたおかげで、ようやくひと息つけたのよ。おかわいそうなのはお母様だわ。いつも置物に徹して、死んだ目をしていらっしゃるもの」
「置物」
「わたくしも将来ああなのかしら……ディナーのたびに、お父様と重臣たちがお話をなさっている横で、息を殺して、じっと黙って座っているの。それが二時間も続くのよ。ぬいぐるみでも置いておけばよろしいのに」
マルグリット様はゆううつそうにため息をついた。
「ごめんあそばせ、わたくしの愚痴に持っていってしまったわ。皆様にもたくさんあるわよね。リゼ様なんて、お勉強大変だったそうじゃない?」
「いやぁ……」
「ずっとあの仮面みたいな男に一方的な授業を受けさせられていたわよね」
「あれはあれでー……楽しいといえばたのしかった……です……」
アイスとかおごってもらったし……
数字はもうしばらく見たくないけど……
「まあ、おふたりで特別なレッスンをなさっていたの? なんだか素敵ね。恋人に仲よく教えてもらえるってどんな感じなのかしら」




