20 姉の暗躍
がむしゃらにうなずきつつ、わたしはアルベルト殿下の割と常識的な発言の数々を思い出していた。
悪い人じゃなさそうだったけどな。
お姉様に騙されてるのだとしたら、ちょっと気の毒なくらい。
わたしの物思いが顔色に出ていたのかどうかは分からない。
公爵さまはむすっとした顔で、さらに強い口調になった。
「君は私の命令だけ聞いていればいい。分かったな?」
「……はい」
公爵さまがいい人なのは間違いないので、それが確実かな、と思い直した。
すると、公爵さまは――
「よろしい」
ちょっとだけ、微笑んでくれたのだった。
……いつも笑っていてくれると、接しやすいんだけどなぁ。
***
――腹が立つ。何なのかしら、あの男!
アルテミシアは妹を取り戻せなかった。
それどころか、ロスピタリエ公爵から暗に脅しまでかけられる始末。
彼がお茶会の最中、わざとらしく妹の魔石を取り出したときなど、背筋がゾッとした。
アルテミシアは魔道具に興味がないが、デザイン関係は目利きができるので、それが妹の作風だということはひと目で分かった。そして、おそらくロスピタリエ公爵自身も、作者が妹だと気づいているのだろう。会話の端々にそれを匂わせていた。
彼は妹が魔道具づくりの天才だと、知っている。
何も知らないのは、アルベルトだけなのだ。
いつアルベルトに秘密を暴露されるのかと思うと、生きた心地がしなかった。
アルベルトが自分の魔石を出したときなど、もうダメかと思ったくらいだ。
魔力紋を機械で分析されてしまえば、そのふたつに妹の魔力紋がかすかに混ざっていることがバレてしまうところだったが、ロスピタリエ公爵はなぜかそうしようとはせず、アルテミシアにだけ分かるように脅しをかけてくるだけだった。
――殿下には知られたくない……のかしら?
ロスピタリエ公爵は現国王のお気に入りなので、第一王子の派閥に与する必要がない。
魔道具好きのアルベルトに妹の存在を悟らせたくないのは、彼も同様なのかもしれない。
もしも妹のことを知ったら、アルベルトはどうするだろう。
想像するだけで、黒い嫉妬の炎が燃え上がる。
――殿下が妹を好きになるなんてありえないわ! あんな冴えないうじうじした小娘、何の魅力もないじゃない? わたくしのほうが女として何もかも格上! 勝負にもならない!!
アルテミシアは小さいころから泣き虫でどんくさい妹が大嫌いだった。顔を見ると、無性にイジメてやりたくなるのだ。少しくらいはガッツを見せてやり返してくればいいのに、強く叩かれただけですぐにメソメソ泣き出すから、ますます不快になる。泣いていれば誰かが助けてくれるとでも思っているのだろうか? 本当に愚かなことだ。自分の運命を切り開くのは、自分の力以外にないというのに。
アルテミシアは手を尽くして、王子の婚約者にまで成り上がった。泣いていただけの妹に何ができた? 何もできなかったじゃないか。
あんなバカでグズで使えない娘は、アルテミシアの奴隷でもしているのがお似合いだ。ぐるぐるぐるぐる同じところを回るコマネズミみたいに、一生泣きながら魔道具でも作って暮らしていればいい。
せっかく妹に似合う舞台で飼い殺してあげようとしていたのに、ロスピタリエ公爵が邪魔をした。彼は何様のつもりなのだろう? 可哀想な女の子を助ける王子様?
ただ泣いていただけの愚かな娘が幸せを手にするなんて、そんなことは許さない。
絶対に取り戻して、泣き虫にふさわしいみじめな境遇に閉じ込めて、苛め抜いてやる。
――次はどうやって妹を取り返そうかしら。
アルテミシアが攻めあぐねている間にも、時間は刻々と過ぎていく。
王子から言いつけられた新作ドレスの期限が迫っていた。
「変色布の開発はどうだい?」
アルテミシアはもっともらしい事情を添えて、はかどっていないと伝えた。
アルベルトが美しい顔を曇らせる。
「珍しいね。君がこんなに手こずるなんて」
「リヴィエール魔道具店は、家族で支え合ってきたお店なのですわ。誰が欠けても、うまく行かなくなってしまうのです。わたくし一人ではやはりなかなか……」
「そう」
アルベルトは不思議と、いつも以上にアルテミシアの顔色をうかがうようなそぶりだった。
「……実際のところ、リゼルイーズ嬢はどのくらい優秀だったのだい?」
アルテミシアは間髪入れずにこりとして答える。
「あの子は雑用しかできませんわ」
アルベルトの美しい瞳と見つめ合うこと数秒。
「そうか。リゼルイーズ嬢も、早く戻ってくればいいんだが」
――もしかして、もう妹の才能に気づき始めている?
アルテミシアは焦りを深めた。
――まずいわね。そろそろ何かしらの成果は出さなければ。
アルテミシアは週末を利用して、妹のアトリエに来た。
妹のノートを漁る。
これは妹がまだ研究途中のものを記した落書き帳だ。
――ここに何かヒントがないかしら?
妹はグズで要領が悪いので、姉のアルテミシアが数日でできることに、何か月もかけていることがあるのだ。
以前も、妹がちんたらとレポートをためていたものを、アルテミシアがさっさと商品化してあげたことがある。
わが国の服は紐で細かく結び合わせて着るのが一般的だが、よその国にはもっと楽なスタイルが色々とあるようで、うまく取りれられないかと思案していたらしい。
アルテミシアは妹のまとめたものを丸ごと真似して、伸縮性のある生地や、複雑に噛み合う留め具の魔道具を社交界で流行らせた。
妹は安全性がどうのこうのと言っていたが、殴ったら大人しくなったし、アルテミシアは一躍脚光を浴びた。
以来、アルテミシアはときどき妹の書き残したものをチェックするようになった。
――もしかしたら、あのときみたいに、魔織の研究もどこかに書き残しているかもしれないわ。
しかし妹の残したノートは膨大だった。
全部読むとなると何日かかるだろう。
――やるしかないわ。
アルテミシアは飛ばし読みでチェックを入れ、全部に目を通した。しかし、目当ての記述は見つからなかった。
それどころか、魔織関係の書き込みがひとつもない。
妹はドレスを多く作っているので、製作途中のメモがひとつも残っていないなどということはありえないのに。
――隠しているのかしら?
以前のことで懲りて、アルテミシアに見つからないようにしている可能性はある。生意気で腹が立つ発想だが。
アルテミシアはアトリエをチェックして回り、やがて床下にさらにノートを発見した。
「……見つけた!」
そしてアルテミシアは、魔力だけで糸を紡ぐ術式の走り書きを見つけたのであった。
これこそアルベルトが探していたものだ。
記述式が丸ごと残っているのなら、アルテミシアにだってコピーで完成させられる。
――純度百パーセントの魔糸さえあれば、とりあえず研究の第一段階はクリアしているはずよ。
これを持っていけば、アルベルトも彼女の重要性を理解するだろう。
名誉の挽回もできる。
アルテミシアは残りの時間で、魔織のサンプルの作成に精魂を注いだ。
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