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2 お肉が食べたかった


 魔道具づくりは難航を極めた。


 失敗作を放り投げる。ガラクタの入った箱は、カラーンといい音を立てた。


「できない……魔力紋の完全模倣なんて無理だよぅ……」


 どれも仕掛けは完璧。


 なのに、魔力紋の模倣が九割五分以上のものにならない。


 仕掛けはいいのだからと、よそに転売しようにも、意匠は王子のための一点もの。


 あとでリメイクするか、溶かして金属だけ再回収するか……どちらにしろ、現時点では完全なるジャンク品だ。


「せめて作業に集中できればいいのに……」


 合間合間に父母から言いつけられる雑用がえぐいぐらいの量なのだ。


 わたしは横に積み上げられた未加工の素材をちらりと見て、ため息をついた。


 たとえば魔織製のドレスは、一着作るのに、複数の職人がかかりきりで、最低でも一年かかるとされる。


 それなのに、一着売って得られるお金は、庶民がやっと数か月食べていけるだけの金額でしかない。


 一年かかるものを、デザインなんかでうまく誤魔化して、手を抜き材料を抜き、四着か五着仕上げて、初めて魔道具師の店は食べていける。


 わたしは一年でドレスを百着は作り、並行して他の魔道具も数えきれないくらい作っているけれど、家計はあいかわらず火の車だ。


 なぜなら、うちの店が稼ぐお金は、すべて姉が使ってしまうから。


 魔法学園にかかる授業料。

 ドレスや宝石、化粧料。

 移動の馬車と馭者代。


 王子の目に留まるほどの貴族令嬢に化けるには、とにかくお金がかかる。


 作業を放り出して、母親から差し入れられたパンをもそもそと食べる。


 近所のパン屋で一番安い、黒いパン。


 ジャムだのバターだのオリーブ油だのがなくても、高温炉のそばで軽くあぶれば、香ばしくておいしい。


 ……ちょっと嘘。


 本当は、わたしだって白いパンを食べたい。


 毎日食べ放題の姉が羨ましい。


 ……姉がうまく玉の輿に乗れたら、わたしも何不自由ない暮らしをさせてくれる約束になっている。


 もう少しだけがんばれば、きっとわたしにも白いパンが食べられる生活が待っているはずなんだ。


 がんばろう。


 近所の薬草売りのおばあさんが分けてくれた栄養補助の苦い粉薬を呑み込んで、また作業に戻った。


 おいしいパンが食べたい。


 おいしいお肉が食べたい。


 おいしいケーキが食べたい。


 わたしは目の前にニンジンをぶら下げられた馬だった。


 わたしだって、何百、何千と魔道具を作ってきた。


 雑用しかできない程度の実力しかなかったとしても、好きな気持ちは誰にも負けない。


 この『好き』を力に代えて、きっとわたしは最高のおいしいごはんにありついてみせる。


 この間姉が話してくれた、海岸育ちでほんのり塩味の牧草を食べて育った子牛のステーキを思い浮かべながら、わたしは一心不乱に作業をした。


***


 ずっと作業をしていた。


 何日経ったのかも覚えていない。


 でも、完成は唐突だった。


「で……できた……!」


 記録してある姉の魔力紋と照合。


 うん、完全一致。


 百パーセント。


 どこからどう見ても姉が作ったもの。


 わたしは歓声をあげる体力もなかったけれど、心の中では大喜びだった。開放感が半端じゃない。


 わたしはよれよれとした足取りで、まずは母親のところにそれを持っていった。


「できたの? ふぅん……」


 言われたとおりの品物で、出来栄えは完璧。


 なのに、母親はチラリと顔に嫌悪感を浮かべた。


「何か食べてもいいですか? できれば、お肉……」


 わたしは本当におなかがすいていたので、嫌な顔をしている母親を無視して聞いた。


 すると、母親は姉そっくりの眉を吊り上げた。


「お前、なんだか調子に乗ってないかい? すごいものを作ったつもりでいるのかもしれないけどねえ、こんな技、贋作師ぐらいにしか使い道はないんだよ」

「はい……その通りです」


 これは母親の言う通り、ただ魔力紋をそっくりに作るだけの技術だ。


 著名な魔道具師の作ったものに見せかけて、ニセモノを高く売るときぐらいしか活用しようのない能力で、人に自慢なんかしたら、この店ではニセモノを売ってるのかと思われてしまう。


 全然褒められない技術なのは、承知していた。


 でも、そんなことはどうでもいいから、お肉!


 お肉食べたい!


 わたしは真剣にお肉を必要としていたのに、母親は無情だった。


「まだ夕飯までは時間があるんだから、食事はそれまで我慢しなさい。それと、調子に乗った反省もしないといけないから、夕飯はしばらくパンと水だけにするんだよ」


 わたしはあまりのショックで、膝から崩れ落ちそうになった。


 お肉……


 お肉が食べたいから、がんばったのに……


 わたしは未練がましくグスグスと泣きながら、自分の部屋に戻った。


***


 わたしからの知らせを受け取った姉は、そそくさと帰宅してくると、魔道具をひったくるようにして検分を始めた。


「今度は大丈夫なんでしょうね?」

「ばっちりです。だから何か、食べ物を……お菓子を持っていたらお恵みを……」

「わたくしはお菓子なんて食べないわ。ぶくぶく太ってニキビができるし、砂糖で歯を悪くするもの。わたくしの美しいプロポーションは努力のたまものなのよ。お分かり?」


 意識の高い姉はフンとわたしを馬鹿にして、さっさと学園に戻っていった。


 わたしはおなかすいたなと思いながら、もそもそと黒いパンを食べて、また父母から言いつけられた雑用に戻った。


 早く仕上げないと、また殴られて、パンだけの生活が延長されてしまう。


 わたしの思考は、もはや『殴られたくない』と『お肉食べたい』に支配されていた。


 こういうのを『躾が完了した犬』って言うんだろうなぁと、あとで回想したときに思ったのは内緒の話だ。


***


 アルベルト王子はアルテミシアが持参した魔道具を、言葉の限りに称賛した。


「すばらしい……なんて美しい魔道具なんだ。このコンパクトな意匠の中に、これだけ高密度の術式が、さりげなく組み込まれている……小さな外装によくもこれだけの魔術を……なんて無駄がなく、圧縮された魔術なんだ……ああ、本当にすばらしいよ。単純に、アクセサリーとしても美しいじゃないか。機能性を損なわずに、美術品としても一級品に仕上げるなんて……」


 アルテミシアは王子の話を適当に聞き流した。


 妹と違って、アルテミシアは魔道具に興味がない。


「これを見せて、今度こそ国王陛下を説得してみせる」


 王子からの抱擁を受けて、アルテミシアはにんまりと微笑んだ。


「次世代の王妃は君以外に考えられない」


 魔道具に興味はなくても、見目麗しい王子に甘くささやかれるのは、非常に自尊心をくすぐられる行為だった。


 ――しばらくして、王子アルベルトと、元王女の孫娘アルテミシアの婚約が大々的に発表された。


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