192 リゼ、ディオールの家にお呼ばれする
「きちんと紹介していなかったな」
と、ディオール様がすごく暗い顔で言った。
貴族のおうちによくある、広くて綺麗な応接間で、わたしはお茶を出してもらって、おもてなしを受けている。
正面の席にはディオール様が座っていて、お隣にはとても綺麗な女医さん。
ずっと前に、ウラカ様たちのヤケドあとの治療で協力してもらった人だ。
腕のいいお医者さんだとディオール様が紹介してくれた。
「あら、ディオール。名乗ってもいいの?」
「やむを得んからな」
「いやね、まぁだ思春期なの? しょうがない子」
打ち解けた雰囲気だ。
誰なんだろうと思っていると、その女医さんはわたしに向き直った。
「わたくしはディアーヌ・アゾット。アゾット家の者よ」
わたしは思わずふたりの顔を見比べて、唸ってしまう。
言われてみれば似てる……!
ははーん、さてはご家族の方?
「お姉様ですか?」
「はい。弟がいつもお世話になっております」
お姉様はにこにこしていて、とても感じがいい。
「ごめんなさいね、わたくしが姉だと知られるのが恥ずかしいみたいで、なかなか名乗らせてもらえないの」
「そうだったんですか? ……とてもお綺麗なので、全然恥ずかしくないと思うんですけど」
「あらあら可愛い子だわねぇ。いい子捕まえてきたじゃないの、ディオール」
ばしばしと隣のディオール様を遠慮なく叩いている。
ディオール様は嫌そうだけど、されるがまま。
「だから紹介したくないんだ……」
「なるほど……ディオール様も、お姉様に頭が上がらなかったんですね……!」
わたしとおんなじだ。
なんだか親近感が湧いてくる。
「姉じゃない」
ディオール様が毛虫でも見るかのように隣の美人さんを睨む。
「先代当主。つまり祖母だ」
わたしはしばらく、口をぱかーっと開けて、ディアーヌ様のお顔を凝視してしまった。
「な? 恥ずかしいだろう? これが祖母なんだぞ」
「え、ええ!? で、でも、若いのはいいことだと思いますよ!?」
「そんなわけあるか。君だってぎょっとしたはずだ」
「そ、それは、すごい、見えないって思って驚いただけなのでぇ……!」
お祖母様はころころ笑っている。
「もーねぇ、この子はわたくしに似ているでしょう? お姉様ですか? って言われるのが痛快でねぇ、一時期パーティーに連れ回していたことがあったのよぉ。そしたらすっかり嫌われてしまって。孫だって紹介するの禁止されちゃったのよね」
な、なるほどぉ……
「ディオール、私のことは紹介してくれないの?」
と、ソファの背もたれの後ろから身を乗り出して、きれいな女の人がディオール様の首元に腕を巻きつけた。
こっちもすごく親しげだ。
いちゃついているようにしか見えない。
「あ、もしかして、こちらがお姉様ですか? 似てますねぇ!」
「うふふふふふ、そう見えるかしらぁ?」
「……母だ」
ディオール様のお母様……ということは、ご当主様の奥様。
つまりこの人がアンリエット様?
「やめろ、離せ! うっとうしい!」
「やーねぇ、恥ずかしがっちゃって。いつまでたっても反抗期なんだから」
腕を無理やり引っぺがし、けっこう本気で怒っているディオール様に、けたけたとアンリエット様が笑う。
そしてわたしに、すっ……と、メイドさんがケーキを出してくれた。
まだ若い女の人だ。わたしよりちょっと年上くらい?
「いつもクルミがお世話になっております」
「……メイドの母親だ」
「お姉様ではなく!?」
アゾット家こわい……!!
ディアーヌ様が大爆笑しながら教えてくれる。
「うちは代々不老不死を研究しているの。年を取っても老いない研究から、最新の美容術を提供しているわ」
な、なるほど……?
不死の、ヴァンパイアみたいなのの研究をしてるってことかぁ。
確かにこのお屋敷だけ時間が流れてないのかな? ってくらいみんな若い。
わたしはハッとしてディオール様を見た。
前から思ってたけど、ディオール様は髪も肌もつやつやのピカピカだ。
「つまり、ディオール様も……?」
「だわよ、いつも新しい美容液なんかの実験台に使っているの。うちのはよく効くわよぉ。だてに三百年も美容ばっかりやっていないわ」
「でもディオールったらね、スキンケアを念入りにされすぎて、小さいころから『お人形さんみたい』『可愛い』『女の子みたい』って言われすぎて、イヤになっちゃったのよねぇ」
ディオール様はものすごく嫌そうな顔で、そっぽを向いている。
「でも、被検体なんて限られているじゃない? いつもなんだかんだで最後には協力してくれるのよね」
「そうそう。優しい子なのよ」
ディオール様は本当に嫌そうにしている。
そ、そっかぁ……
ご実家の研究だけはイヤだって言ってたけど、これのせいかぁ……
ふたりに頭が上がらないんだろうなぁ……
「……リゼは生体移植の件で連れてきたんだ。話を進めていいか?」
「せっかく来たのにつれないわねぇ」
「人の怪我に関することなんだ。一刻も早く進めるべきだろう」
「そうね、分かったわ」
ディオール様はわたしに視線をやった。
「祖母は医学をやっている。腕はいいから、何でも相談するといい」
「よろしくね、リゼちゃん」
「は、はい! よろしくお願いします……!」
「なんでも、ヘカトンケイルの腕を移植するのだとか?」
わたしは神妙にうなずいた。
魔獣【ヘカトンケイルの腕】。
魔獣から取れるパーツは通常のものよりも頑丈だったりと、不思議な効果がついているので、とっても便利に活用されている。
これも人間の腕に似てるけど、魔力がとても多く含まれているので、別物だ。
もしもわたしが魔力を分解する技をかけたら、干からびて消失してしまうかもしれない。
すごい魔道具師だったお祖母様の図鑑によると、これが事故で腕を失った人の再生に使える、ということだった。
使い方は分かったし、わたしにしかできない作業もある。
でも、お医者さんの監修があった方が何かと安心。
――というわけで、わたしはディオール様に連れられて、なんとご実家にやってきたのだった。
六章開始します。




