191 ディオール、捨て犬になる(3/3)
「君との会話がどうにも噛み合わないので困っている」
「わたしはこれでもがんばってるんですよぉ……!」
ない知恵絞って会話しているのに!
ディオール様はこういうとこ意地悪。
「かしこい方の人がかしこくない会話に合わせてくれたらいいと思います! 好きなことは! なんですか!!??」
「私は、あまり物にも執着がないんだが――」
そうでしょうねぇ! すっごく高いお洋服とかもちょっと汚れたらすぐ捨てちゃいますもんね!
あれは作る側としては悲しい光景だったりする。
貴族のコートやドレスってそういうものだから、しょうがないんだけどね。
「――しかし、君の作る魔道具はずっと好きだった」
思わぬ方向に話が転がった。
「とは、前にも何回か言わなかっただろうか」
うっすら記憶にあるようなないような……
「魔石を気に入ってくれてたって言ってましたよね。ありがとうございます」
「それだけじゃないんだが……」
ディオール様はなんだか決まりが悪そうだった。
「話せ話せとうるさいから、少し自分語りでもしてみようか」
気乗りしない様子で口を開く。
「……私は錬金術師の家系で、美術品に囲まれて育ったから、ものの善し悪しは人より分かるつもりでいた。実家が好事家の支援で成り立っていた関係もあって、素晴らしい才能には惜しみなく金を払って支援するべきだ、と親から刷り込まれてもいたんだよ。だから、自分なりにいいと思った物は買い集めるようにしていた。ただ――熱が入っていたかと言われるとそうでもない。半ば義務のように、もしくは、美術品の鑑定眼があって、魔術にも明るい自分の見識を試すぐらいのつもりで魔道具を選んでいた。うぬぼれていたからこその趣味だな。しかし――」
……おお……!
本当に自分語りしてる……!
とてもレアだ。
わたしはお話の中身より、そっちに感動しながらうんうんと熱心に相づちを打った。
「それでそれで?」
「いいものと好きな物は、また少し違うんだろう。君の作る物には不思議な牽引力があった。単純にどの品物も出来がいい。あんなに密でクラックの余地もない魔石は初めて見た。純度の高い魔石はたいてい魔獣から採取するが、それだって多少の異物や、欠け、割れは発生する。人の手でこれを作るのは途方もない奇跡だと思った。人より知識があると思っていたからこそ、君の作品のよさが分かるのは私だけだと勘違いして、惚れ込んだんだよ」
最後の台詞は、そこだけ聞くと熱い告白のようで、わたしは固まってしまった。
そ、そんなにわたしの魔道具が好きだったの……?
「いいものは評価されるべきだ。それは今も変わらず思っている。だが、それ以上に、何か――」
戸惑い気味のわたしには構わず、ディオール様が熱の入った様子で言う。
「目が離せないと思った。この職人がつくる物をもっと見てみたい。片端から集めて、あるものすべて手に入れてみたいと思った。夢中だったよ」
高めの熱量で喋っていたディオール様が、最後にそう結んで、ふいに黙りこくっているわたしの視線を気にし出した。
「……何とか言ってくれ。君はこういうことが聞きたかったんじゃないのか」
「は、はい」
圧倒されてしまったんです。
今日のディオール様は何でもよく喋ってくれるけど、ここまでの情熱をぶつけてくれるとは全然思ってなかった。
「すみません、なんかびっくりしちゃって……そんなに好きって言ってもらえるとは思ってなくて」
「何度かファンだと言った覚えはあるんだが」
「そ、それは聞いてました」
覚えてる。でも、ディオール様にとっては数あるお買い物のひとつで、一度着たら捨ててしまうお洋服みたいなものだと思っていた。
少しいいなと思っては手に入れ、飽きたらゴミ箱に投げ入れる。
そうやって気軽に消費してくれる人がいないと、継続的な売上が立たないので、わたしたち魔道具師はとても困る。
でも、本当なら、長く愛用してもらいたいに決まっているのだ。
ずっとお部屋のどこかに飾っておいてもらえるような、そういう品を作りたいと思ってしまう。
「自分で作ってるものが、いいものなのは最近分かってきてましたけど、ファンと言われても、あんまり……好きって思ってもらえるのは、なんか、不思議だなって。買ってくれた人の気持ちって、ふだんは見えないので、全然、ちゃんとした実感がありませんでした」
「そうなのか。ずいぶん注文したから、勝手に上客でいたつもりだった」
ディオール様は少し首を捻りつつ、何かひとりで合点したように頷いた。
「まあ、君にとっては客のひとりだから、印象にもなくて当然か」
「まさか! いっぱい買ってリピートしてくれた人のことを忘れるわけはありません。気に入ってもらえたんだって思うと、すごく、すごくうれしかったです。でも、直接気持ちを言ってもらえることは、全然なかったので……」
しかもディオール様って全然普段はそんなそぶりも見せないから、ギャップがありすぎた。
うれしいのと気恥ずかしいのとで、わたしは気持ちがぐちゃぐちゃになってしまった。
「あ、あの、じゃあ、……よかったら、何か、作りましょうか。プレゼントしますけど……」
「いらない」
一刀両断。
ぴぇ……!
どうしてぇ……?
せっかく褒めてもらったし、そんなに好きだって言ってもらえるなら、プレゼントしたら喜んでくれるかなって思ったのに、なんで断られたの……?
ディオール様の考えてることは、本当に全然分からない。
好きなのにいらないなんてことある……?
ちょっと傷ついたわたしに気づいているのかいないのか、ディオール様が淡々と続ける。
「どうしたわけか、制作者がここにいるんだ」
「そうなんですね……」
わたしが適当にあいづちを打つと、ディオール様は「聞いてないな……」と呆れ気味につぶやいた。
「君が手に入ったから満足だと言えば、さすがに通じるか?」
「はい……え?」
……え?
「やっぱり聞いてなかったか。まあいい」
「も、もっかい! もっかい言ってください!」
「気にしないでくれ。大したことじゃない」
「気になりますぅぅぅぅ!!! 何ですか、何だったんですか!? 教えてくださいよぉぉぉ!!」
食い下がるわたしに、ディオール様は噴き出した。
また人のこと笑ってるぅ……
「人の心だけは思うようにできない。そう言ったんだ」
「えっ、えっ」
それはさっき聞こえたのと全然違う気がする。
な、なに? なんで? どういうことなの?
――そこからもっと食い下がってみたけど、ディオール様はそれっきり何も教えてくれなかった。
ぐだぐだといろんなお話をしつつ、最後まで粘ってもダメだった。
こうして。
せっかく作ってもらったトークタイムも、全然仲良くなれた気がしないままで終わったのだった。
……仲良しの道は険しい。
「わたしはまだ諦めてませんからね」
負け惜しみみたいに、ディオール様に宣言する。
「? なんのことだ」
「ディオール様には絶対に仲良くしてもらいます」
わたしは熱い思いを込めて、ぐっとディオール様に向かって身を乗り出した。
「ディオール様の冷たいところも、別に嫌いじゃないですけど、仲よくなった方が絶対楽しいので!!」
今日もお話していて、なんだかよく分からない部分はあったし、ますますミステリアスな人だなぁ……? と思うところもあった。
でも、それ以上に知らない一面を見せてもらえたのが、わたしにはうれしかった。
素直なときのディオール様はかわいい。
もっと何でもお話できる仲になれたらいいと思う。
「今日のところはこれで引き下がりますが、また今度! ディオール様のことを教えてもらいます! 思ってること全部喋ってもらうので、覚悟しておいてください!!」
それでいつか、今日のお話もちゃんと説明してもらいます……!
まず、わたしの魔道具がいるって言ったりいらないって言ったりするところから詰めていきたい。
ど、どっちなの……?
「……だから、これ以上どうしろっていうんだ……」
困惑気味の呟きの意味も、わたしにはよく分からなかったのだった。
五章は以上でおしまいです。
次は六章『女神のオルゴール』編
順調にいけば明日かあさってには開始予定です




